私は今の仕事をする前10年ほど証券会社の営業マンでした。その頃の3年上の先輩からの電話が入ったのです。会社を辞めた時以来付き合いはずっと続いています。私は10年間しか在籍してませんでしたが私はOB会には毎年招待状が来ています。OB会でこの先輩とは毎年会っています。OB会では私より若い人が大勢いますが私を知らない人は居ません。10年しか居なかった会社ですが、私が残した誰も破れない記録や記憶が残っているからでしょう。92歳になる先輩もいますが私の事は少しも忘れていません。彼は喫煙者で私も喫煙者ですから今年も喫煙室で色んな思い出話や今やっている事など話し合ったのを思い出します。
 私が現在も仕事を継続していられるのは証券会社での体験が生きているからだと思います。以前ブログに書いたこともありますが、私が生まれて初めて社会に出て、飛び込み外交の一軒目の産婦人科の医院に入った時、その医者は、名刺を受け取るなり、名刺を私の頭越えに投げ捨てドアをピシャリと閉めてしまいました。その瞬間、えらい業界に入ってしまったと後悔がよぎったのですが、気を取り直して2,30メートル先にある「テーラー植松」と言う洋服の仕立て屋さんに入り「今日生まれて初めて社会に出て初めてお宅を伺いました」と言ったら「何やて、うちが初めて?何売っとんねん」言われたので「売ってるのではなく利回りの良い1万円づつの債券積み立てを勧めています。」と言ったら「よっしゃ!おいちゃんが験付けたるわ、契約したろ」と言っていきなり契約して呉れました。
 世の中にはあの医者のような嫌な奴も居れば、植松さんのような素晴らしい人も居る、世の中そんな悪いものでもないと世の中に夢を持つことが出来ました。それから私は同僚の5倍以上訪問する事が出来るようになりました。新人では出来ないような大商いや一日に23件もの契約を獲得する事など人の出来ない事が出来るようになりました。
 今日の先輩の電話では最近の景気が良くないのを心配して電話を呉れたのだと思う。私は確かに景気は良くない一面もありますが仕事がなくなるようなことはありません。毎日忙しく仕事をしていますと安心してもらった。その時、先月の28日に、東京都から「地域の匠」として感謝状を贈呈されたと話したら、「そりゃ凄い!おめでとう」と言ってくれた。パッド印刷を通じて足立区と言う地域で人の仕事や事業の発展に寄与したりアドバイスを繰り返していた。地域の子等に仕事の面白さを伝えたりしていたことが私を地域の匠として区が推薦してくれたのだろうと思うとも先輩にも話しました。この先輩のように私と言う人間に気遣ってくれてる人が居ると言うのは嬉しい事であり幸せな事だと感謝しています。