昨日の「なんでもくん」研修者は大阪から心斎橋のサングラス専門の販売会社の方だった。研修前に大阪は私が青春時代を過ごした所で私の人生の基礎を築いた所でもあると話した。私が証券マンだった頃,阿倍野近鉄デパートの2階に営業所が有り、そこで6年間勤務していた。阿倍野筋には南海電鉄の阪堺線、平野線の始発駅が有り、私は平野線の桃が池と言う駅で降りて山坂町一帯が営業テリトリーになった。私が退職した後平野線は廃線になり今では道路になっている。そこいらの話をしたら駅名その他よくご存じで懐かしい思い出を話しになってしまった。
 以前もブログでこんな話をしたかも知れませんが、私が社会に出て初めて単独で飛び込み外交を開始したのが桃が池で、その駅前にあった産婦人科に入った。その婦人科の先生は私の名刺を取るなり私の頭越しに投げ捨てドアをぴしゃりと無言で閉めてしまった、瞬間えらい業界に入ってしまったと思ったし驚いた。その医院の2,30メーター先にテーラー植松と言う看板が目に入り、その店に冷たい仕打ちをかなぐり捨てて「こんにちわ、今日生まれて初めて営業に出て、今日初めてお宅を訪問しました。」と言ったら、「なんやてぇ、うちが生まれて初めてだと?よっしゃゲン付けたろ、何売っとんねん、こうたろ」と言うので「物売りではなく、月1万円の高利回りの債券積み立て預金をお勧めに来たのです。」と言ったら「よっしゃ、契約したろ」と言っていきなり契約してくれました。
 私は数分の間に世間の天国と地獄を味わったようで、世の中には嫌な奴も居れば素晴らしい人も居る、世の中捨てたもんじゃない、と妙に感動してしまった。瞬間に世の中を怖がることは無い、良いことが有ればいやな事もあると理解した。その日は初めて外交に出たのに2件契約が取れた、新人で1日2件もの契約が出来たのは恐らく私だけだったろうとおもう。その後植松さんとは長年親戚づきあいのようになった。
 世の中に期待が持てたから私は同僚や先輩の5倍は一日に飛び込もうと、一日60軒訪問するのを目標にした、その成果はたちまち出て、夏過ぎには社内に号外が伝わるよう大きな契約が出来た。私の人生の基礎は大阪でつくられたと言っても良いと思っている、
 研修者も良い話を聞いたと言って感動してくれた。「なんでもくん」で眼鏡の蔓やケースなどに印刷する体験をして貰った。どれも上手く行くので是非購入したいと言ってお帰りになった。昼食を近くのそば屋で取りながら「なんでもくん」導入で成功している企業何社もの話をしたが、自分も頑張ってやり遂げると言っていた。