人生は毎日が始まり、と言う人が居たが、私も蓋しそうではないかと思う。昨日の午後はアポ通りにかつて証券会社に居た時の後輩がやって来た。彼は今ある人材派遣会社に属し、会社が中小企業庁のシニア人材確保を受託し、シニア人材確保のコンサルタントとして活動している。
 40数年前には同僚として3年ちょっとの間新規支店を開設する事業を共にした戦友といっても良い。その支店が3年と一月目にして全商品全店トップになったのを機にして私は会社を退職した。
 昨日も当時の思い出話に終始して彼の現在の仕事の話をしたのは本の僅かだったが、2時間あまり話に花が咲いた。彼は昭和42年の入社で私より3年後輩になるが40年41年は証券不況のために新入社員は募集しなかったので彼らは私としては初めての後輩だった。その後輩も私も現在は全く違う土俵で出会い、そしてこれからどんな付き合いになるかは分からないが、新しい何かが始まるような気がしている。
 私が何故証券会社を辞めたかの真相を彼に初めて説明をした。今やっていることをしたかったからだと言う事を彼は納得したらしい。私がやっていること全てに彼は凄いな凄いなと感嘆してくれた。
 当時の支店で新規開拓で活躍している者数人を我が家に集って慰労も兼ねて酒宴を開いたことがあった。先輩社員も二人がいたが彼らは要領を駆使するばかりで呼ぶには値しなかった。その時私には朝子と有子と言うふたりの娘が居たが二人のことも彼はよく覚えていた。温故知新、またまた新しい何かが始まる。
 今でも私は毎日が新規開拓だと思っている、人との出会いは人生の新規開拓だと常に思っている。その出会いがこれから先をどんどん変えていってくれる。
 彼と話をしている間に議員と役所の人から続いて電話が入った。私が開発した徘徊して行方不明になってしまうのを予防する、下着に名前や連絡先が分かるIDマークサービスに予算が付いたらしい。認知症患者はもちろん、認知予備軍とも言える人、認知症を恐れている高齢者に密かに下着に洗濯しても落ないインキでIDマークを印刷しておく、このサービスを区役所が始める、こんなサービスは全国でも初めてだろう。それに役立つのが私が開発した「なんでもくん」という事になる。
 私は区の産業振興課が企画したイベントでほぼ毎回のごとく区民の幼い子から老若男女に石に「ツキを呼ぶ 福石」と「なんでもくん」で印刷するのを体験してもらっている。その「なんでもくん」に区の予算がついたのだから嬉しくないはずがない、今まで自治体が「なんでもくん」を購入してくれたのは東京都の立川保健所だけだった。その立川保健所は今でも使ってくれていて最近インキの注文が入ったばかりだったが、地元の役所が採用してくれるのだから望外、いや人生最高の喜びといっても良いだろ。
 今日は我が社のスタッフが二組に分かれて新製品の「元氣源」の展示販売に出かける。そこでまた色んな人と出会う、それがまた次を占ってくれる。