私の66回目の誕生日だがだから如何だという事もない、子供が小さい頃は家中でケーキで祝ったり、子供手製の誕生日プレゼントがあったり楽しんだ事が思い出になってしまった。
 今日も朝一番で「なんでもくん」の研修客が来たり、月曜日着で欲しいと言う試作数点あり忙しい誕生日を迎えている。夕べも大手ゴルフボールメーカーの営業がなんとか助けて欲しいとホールインワン記念商品にプリントするのを頼まれ、時計付きの皮製のキーホルダーにHole IN One Memoryと印刷を40個印刷した。これは会社の仕事というより自分個人の趣味に近い、印刷冶具を如何作るかの工夫を楽しむもので、上手くいったので自分ひとり満悦するものだった、随分高く付く名入れ代だと思う。わずか40個だが埼玉県の上里から取りに来るので9時過ぎになってしまった。
 夕方には一昨日の電機部品への印刷が上手くいった会社の営業からお礼の電話があった。この仕事はかの大手電機メーカーの仕事で10年近く毎月10万個以上流れている物で、その仕事を請けている印刷屋が倒産し生産がストップしてしまい大問題になっていたそうだ。一ヶ月の猶予期間をもらって印刷屋を探し生産を開始するという約束をしてしまい、東京の部品メーカーも軽く出来る位に請けてしまったのだが何処も上手くいくところがなく、彼の首が掛かっているほど重大なモンだったと言う。来週から1日4000個を消化する予定表が来たが、量産用印刷冶具が来週の火曜日から製作できると言う状態で来週後半は大変な事になる。これから何年続くは判らないが当社の安定収入になるのは間違いが無かろう。
 この66歳という歳を迎えて新しい仕事が又一つ始まろうとしている、老け込んでいる暇は無い。今年からは多少問題のある子供たちへの教育に関する仕事も始まる、私の人生はこれから始まるといっても過言でない。
 私の祖母は67歳で老衰で亡くなったという、江戸時代の生まれだから、明治時代の平均寿命は40歳代だったと聞くから長命というほどでもないがまずまず長生きした方だったのだろう。明治維新は20,30代の若者が時代を動かしたというが今から考えてみれば年齢から見れば若いが当時としては充分成人している年齢だったのだろう。
 その後日本人は長寿になって行き今では世界最高の長寿国になっている。今の若者の代表ともいえるホリエモンを叩き潰してしまって良いのか悪いのか判らないが若い者が人間的に成長するのが遅くなっているのを感じる。高齢といわれる人達の中にも若い人は大勢いるだろう、「ころまるくん」のアッセンブリーの仕事で新しい雇用を始められるよう頑張ろう。