なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

初めての経験

 昨日は1メートルの長さのLANケーブルの7か所に印刷する事に挑んだ。ロゴ2種類、2か所、絵柄3か所、印刷位置も克明に指示されていてどのような印刷の受け冶具を創れば良いのかを昨年末から考え造っておいた。
 送って来てあった印刷素材には既に印刷されていた文字が有り、2か所結束されてる針金を解き、印刷されている文字を拭き落とす作業で一昨日数は百本だが一日を費やしてしまった。
 昨日作り置いてあった受け冶具に装填してしてみて驚いたが一本づつの長さがまちまちで長いのもあれば短いのもある。指示された印刷位置に正確に印刷するのは無理だと言う事が分かった。そこで一端を基準にして印刷するしかない事になった。依頼先の人もこんな事情を全く知らないで出してきている。今日はそんな事情を報告しようと思っているが、取あえず印刷をしてみた。
 1メートルの受け冶具をスライドさせるためのレールは2メートル近くある。それは昨年末ドイトで幅8センチで2メートルの長さの板を見つけ購入し、幅を5センチに切って残りの3センチはガイドになるよう張り付けて置いた。そのレールに印刷位置をメモリのように計算した通りに描いておいた。それが有効なメモリだと言う事は分かった。一端を基準にして印刷するほかなかったが色違いのロゴを印刷する事に挑んだが、長い2メートル近いレールをパッド印刷機の受け台に固定するのだが、受け台は幅20センチほどしか無い、それを安定した状態にするには如何な方法があるか試したかったが、昨年末から仕事が詰まっていて試す時間が無かった、板の厚さが1センチほどしか無かったので両端がふわふわ動く、それを固定するにも工夫が要った。1メートルのケーブルに印刷すると言うのは初めての体験だ。ケーブルの一部に印刷するのは何度もあったが今回のは初めての事になる。
 そんなこんなで印刷が可能な状態にはなった。週明けには仕上げる予定だが、本当は3連休中に少しでも進めて置きたいと思ったが、明日から新潟に出張して「なんでもくん」の出張研修を予定している。これも日帰りで出来るかどうか、新潟駅まで車で9時に迎えに来ると言っていたが、そこから車で1時間ほど掛かると言っているのでどんな雪深い所か分からない、とにかく寒いので防寒の装いで来てくれとメールで言っていた。
 これまで行ったことの無い未知の世界に行くようでこれも楽しい事でもある。明日は6時に出て上野駅で娘と落ちあい新幹線で新潟に向かう。どんな人たちと新しい繋がりが出来るか嬉しい出来事でもある。
 
 

昨日は「未来クラブ」定例会が有った。

 昨日は初年度最初の「未来クラブ」定例会が有った。新入会員の自己紹介が有ったりして、またまたユニークなメンバーが増えた。「足立メッセ」や「あだち異業種フォーラム」についての討議が有った。各社の月報告が圧巻だった、元気を貰う報告が多く有り、刺激が強く懇親会も炎上した感じだった。私も言わずもがなの話をしてしまった、今後悔している。
 私もいつもよりアルコールを飲み過ぎた、帰りに大黒寿司に余ったら、ここも大盛況だった。カラオケで私も何曲か歌わされ、帰宅時間が遅くなり、寝すぎてしまった。
 今朝はいつもより起きるのが遅くなりブログを書く時間が少なく、詳しい報告は後日にしたい。

今週は過密なスケジュールが目一杯

 今日から1メートルのLANケーブルに7か所に印刷する仕事が始まる。印刷の配置も指定が有り、1メートルのケーブルを1メートルの冶具に固定し、その冶具を指定された位置にスライドさせながら印刷するしかない。絵柄は1種類だが3か所、文字は会社ロゴと絵柄名の文字2か所づつ、合計7か所になる。長年パッド印刷をしてきているが、ケーブルに印刷する事は何度も経験しているが、それらは端末に印刷するものなので簡単だった。
 今回のは1メートルの中に文字や絵柄を印刷する位置が確定されている。本数は僅か僅か100本だが、冶具に入れたり外したりかなり手のかかる仕事になる。この仕事だけでなく昨年から納期が予約されている仕事も何点かある。
 3連休が有るので連休を利用すれば何とかなると思ってはいたが、土曜日には私と娘が新潟県に出張して「なんでもくん」研修をしなければならない。機械類は今日発送して置けば研修には問題無さそうだが、日帰りできるかどうかが問題だ。また。昨年末ギリギリに研修を受けた人が代金を振り込んできた、だから今日は「なんでもくん」2台出荷と言う事になる。セットにも時間が掛かるので益々時間が欲しいところでもある。
 出張先は非営利稼働法人で障害者の施設らしい。土曜日の朝8時に新潟駅まで迎えに来て呉れると言うのだが、その施設まで車で1時間掛かると言うのだから大変な事になっている。メールで兎に角暖かい格好でお出でくださいと有ったがかなり雪深い所なのかもしれない。新幹線の切符は昨日娘が買って来てくれているので問題ないが、帰れる時間が決まってない。研修して問題なく印刷が出来るようになって呉れれば良いのだが、こればかりは先方に行って何人の人にレクチャーすれば良いのか分からない。
 以前盛岡から阿古湾近くまで出張したことがあるがその時はホテルを予約していた。次の日には阿古湾を観光して帰ったが、その1年後に東北の3・11の震災が有り、テレビで泊まったホテルが津波に流される場面を見た時、ゾッとしたことを覚えている。今回は泊まりになる事は無いだろうが、日帰りで帰ってきたい。
 朝6時に出掛ければ新幹線に乗れる、天候次第だが交通トラブルが無いように願っている。
 

波乱万丈の幕開け

 我が社の平成時代最後の正月の開業は波乱万丈の始業になった。私個人にとっても明るい幕開けと言っても良いだろう。
 内容を書くには後日詳しくブログに書こうと思っている、今朝は目覚めが遅くブログにての公開は残念ながら無理だろう。場内の仕事も今週から来週にかけてタイトな時間を過ごすことになるだろう。連日「なんでもくん」の出荷も続くだろう。
 足立区の新年名刺交換会で久し振りで国歌「君が代」「足立区歌」を斉唱した。足立区の産業経済部長とも新年の挨拶をしたが、昨年末の懇話会がヒントになり、部長が凄い提案をしてくれた。一気に今年が明るい年になるような提案が有った。今後の展開はブログを通じてでも書くことになるだろう。

正月休みが終わり、稼働し始める。

 正月三が日は駅伝三昧、元日はニューイヤー駅伝、2日3日は箱根駅伝を楽しんだ。ニューイヤー駅伝は毎年コニカミノルタを応援する。何故なら私の娘の亭主がコニカミノルタに勤めている、結婚式には駅伝チームの一人が代表で出席してくれていたのを思い出す。
 箱根駅伝は我が母校法政大学がシード権を得ているので応援している、今年も5位だったが山登りでは青木選手の7人抜きで楽しませてくれた。復路もそれなりに安定した走りでシード権を得たので安堵した。ただ三日は昼から孫たちが来ての新年会で大騒ぎになるので、駅伝の後半はゴールを確かめるだけになってしまう。母校は今年も5位をキープした。
 それにしても孫達の成長の速さには驚く、ついこの前までは皆が集まっても我が家で新年会が出来たが、孫が大学生や高校生になり、孫娘の一人など私の身長を超えている。今年は大阪の堺に在住している娘一家は参加できなかった。息子がサッカーの試合か何かがあるらしく来られなくなってしまった。この子は3月にはイタリーにサッカー留学する。その時我が家に来る事になっている、何故なら成田空港からイタリーに向かうからで我が家に一泊する事になっている。
 今年も大黒寿司が3日に部屋を開けてくれた。家内は元旦に買い物し、煮つけと野菜サラダを作る事に専念した。子供たちが毎年楽しみにしてくれている。
 カラオケが始まったらマイクを取り合うが如く次々歌が飛び出す。私が歌ったのは口開けの1っ曲だけだった。喧噪な中でも家内がお年玉の授与を始めたら皆神妙に受け取っていた。家内は以前は百円単位でも皆喜んでいたが、今では千円単位になってしまったと言っていた。お年玉の袋は昨年末に家内と文房具屋に行って選択して置いた、孫たちはそれぞれ違うデザインに喜んでいた。
 宴たけなわだったが、私も酔いが回っていたが末娘の今年小学校に行く子がサッカークラブに入っていると言うので近くの公園に行って持参していたサッカーボールでその実力を確かめる為に行って驚いてしまった。私がキーパー役で孫にシュートさせたら捕球できずに私はひっくり返ってしまった。酔っているとは言え反射能力の衰えに驚かされた、普段の運動不足が響いているのを実感した。筋力の衰えを補うために今年から生活習慣にストレッチをすることを入れる事にしようと決意した。
 新年会も4時間くらいで終わりにしたが、末娘が酒も飲まず運転して帰ると言って大黒寿司前まで車を持ってきたが、その車を見て驚いてしまった。大きなベンツで7人乗りだと言う、あんな大きなベンツを見るのは初めてだった。昨年まではBMWだったが、末娘が運転も慣れたので自家用車を1台にする事にしたらしい、亭主のご両親も一緒に乗る事が出来るようにしたのだろう。
 4日には例年の如く初詣に我が屋の菩提寺に行ったが、これも驚きだった。例年檀家で車止めは一杯になっているので覚悟して行ったが、今年は1台も車が無い。悠々車を駐車できたが、一人も檀家が来てない、3が日の内に何軒かは来たらしく墓に花が添えられていたが疎らだった。
 住職に挨拶し、お布施をし話を聞いたが、住職が喋り始めたが止まらない、極端な時代の変化について得々と話していた。年賀状も少なく皆メールになってしまっている。若い人の寺離れが夥しい事になっている。私は生まれて直ぐ父親を亡くしている。母親が祥月命日にはお父さんの所へ行きましょうと言って墓参りに来た、私はお父さんと言うのはお寺の坊さんの事を言うのではないかと思ったりしていた時期が有った。
 この寺は1,500年くらいの歴史がある寺で、私の祖父さんや祖母も、その親も代々親しんだ寺だと懐かしく、本堂の席には自分の親父も座ったりしていたと思うと繋がりを感じていた。2年ほど前にこの寺も代替わりしたと聞いていたが、その代替わりした坊さんにお目に掛ったことが無い。
 地方の寺が跡取りが居ない、檀家が居なくなってしまったと言って廃寺になっている所も多いとは聞いていた。若者の仏教離れが言われているが、我が菩提寺も檀家の後継者不足が始まっているのかも知れない。少子高齢化社会がそうさせているのか、まず寂しい墓参りだった。
 五日には会社に向かったが、環七が異常な交通渋滞状態になり、一時間やそこらで行ける感じがしないので家に戻ってしまった。新年は7日からと決まっているので今日から会社は始動するが、午後には区役所の賀詞交歓会にFC足立を代表して出席する。例年各町会、自治会、各業界の方々が見えるがいつものような賑わいを期待している。
 
 

 
 

人生100年時代

 今や日本は人口は減り続け少子高齢社会になっている。世界でも日本民族が最長寿命になっている、しかも人生100年時代と言っている。その百年を如何に生きるかが問われるときでもある。
 年末の「朝まで生テレビ」と言う番組で各界の有識者がこれからの日本の経済その他を論じ合っていたが、結論としては混迷する時代だと思わざるを得なかった。世界各国も流動的でどんな事が起こるか分からない。
 行く先の見えない暗夜を行くようなものでしかない。そんな時100年前の明治維新に日本変える若者たちの指針となった儒学者佐藤一歳の言志四録を思い出す。
 有名な一説に「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め」と有る。この1燈と言うのは自分の信念でありまた自信でもあり、アイデンティティーでもある。自分をシッカリ確立して居たら憂うることなど無い、明かりで見える所を進んでゆけば良いと言う事だと思う。
 また一歳翁は「少(わか)くして学べば、則(すなわ)ち壮にして為(な)すこと有り。壮にして学べば、 則ち老いて衰(おとろ)えず。老(お)いて学べば、則ち死して朽(く)ちず。」とも言っている。
 私もいつの間にか高齢者になっている。年老いても学ぶことも多い、ましてや最近は分からない言葉や分からない事象が多い、学ばざるを得ない。理解できないことも多いが自分なりに消化するしかないが、老いて人に教えられることも多い。また私ならではの経験を人に伝える事も私のミッションにしている。100歳までは道が遠いいが、健康であれば難しい事でもないだろうと心に決めた。
 「あだち新製品開発講座」で佐藤一歳翁の言葉を話したことがあるが、それを聞いて目覚めたと言って自分の会社の指針を変えたと言う人も現れている。私も少しは足立区のために役立っているのかも知れない。
 足立区に生まれ足立区で学び足立区で生きている、足立区大好き人間だが、足立区に足を運んでくれる人に感謝している。毎年の事だが、この五月に仙台の中学生が就学旅行で足立区のもづくり体験に来る。ものづくりに関心を持つ子を育てるのも私の役務と思っている。





明けましておめでとうございます。

私のブログをお読みの皆様
 明けましておめでとう御座います。
昨年は色々お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。
 皆様の今年が輝く1年になる事を祈念しております。
 

大晦日に思う事

 今年も今日で終わり、明日から新年になりますが、振り返ればこの1年は素晴らしい1年だったと感じています。株式会社安心堂として足立区と言う地域社会で活動する事が出来た幸せと当社と関わりのあった全ての方々に感謝します。
 お陰様で全国から多くの方が足立区に足を運んで下さり、多くの事業者の方々と繋がりができました。足立区の行政にもものづくり支援のため全国に情報発信できるチャンスを再々作ってもらっていました、そのお陰も有ると思い感謝しています。
 今年も例年の如く「パッド印刷」だ「なんでもくん」だと一年中過ごして来ましたが、お陰様で健康で一日たりとも休むことなく過ごせました。ものづくりは一人で出来るものではなく地域のものづくりの仲間の協力がなければ出来上がりません。「足立ブランドのFC足立」「異業種交流会未来クラブ」「足立異業種連絡協議会」等、まさに足立区は協創社会と言っても良いでしょう。支援支持をして頂いた全ての方々に御礼申し上げます。
 人口が減る日本は少子高齢者社会に変化してます、産業構造も変化せざるを得ません。変化する社会で如何に生きてゆくかが一番の課題になる時代ですが、世の中が何を必要とし何を喜んでくれるかを知ることがものづくりの根本だと思っています。
 今年も多くの人にパッド印刷とは何か「なんでもくん」とは何かを知って頂きました。印刷の持つ高付加価値性にも気づいて頂き、喜んで下さる人も多かった。指示支援を下さる方も多かった、充実した1年だったと感謝しています。「なんでもくん」ユーザーの方々の一層のご繁栄を祈念しています。
 パッド印刷の伝道師として来年も活動してゆくつもりです、このブログを読んで頂いた方々も良い新年をお迎えする事を祈念しております。
 来年もよろしくお願いいたします。 

ゆく河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず、

 世の中は常に変化している、諸行無常と言う言葉もある。鴨長明の方丈記を読んだ事があるが、日本の今年の漢字は「災」だが、平安時代にも同じような事で、今の時代と少しも変わらない事が起こっている。
 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」
 一日置くと平成時代最後の正月になる。新しい年号はまだ発表されてないが、新しい年は飛躍の年にしたいと思っている。
 「災」とは縁がなく、今年もお陰様で健康そのもので、楽しく素晴らしい1年を過ごせた。年末ぎりぎりの日にも神戸の方が「なんでもくん」持ち帰ってくれて、正月中に仕事をすると言っていた。また、新年の8日に初荷として「なんでもくん」を出荷することが出来る。「なんでもくん」研修に見えた時、凄い!凄い!と感動して下すった若い方で直ぐにでも使い始めいたのだろう。
 「なんでもくん」を購入したばかりの方が、一日に何回も電話が来て何度もアドバイスしたが、製版も印刷も順調に出来たと言って喜んでいた。その方から地元のお茶を1キロも送って来た、余ほど嬉しかったに違いない。仕事を創出する事の喜びが次々の仕事に繋がってゆく、ぜひ頑張って欲しいと思っている。
 今年は何十人もの方が見えて順調に使い始めている、それに消耗品のリピート注文が増え続けているが一番嬉しい事で、パッド印刷の威力を発揮してくれてる人が多くいる。新年も今年のように少量多品種の物への印刷ニーズが増え続け、多くの人が見える事を願ってやまない。
 「未来クラブ」の年初の定例会に新入会員が3社ほどある。「未来クラブ」の勢いが止まらない、足立区のものづくりがますます増えて盛んになる事を願ってやまない。
 孫たちが三日に来る、皆大きく育ってしまって狭い我が家には入りきらない、大黒寿司が新年会場になる。3月にイタリーにサッカー留学する大阪の孫は来られない、サッカーの試合が有るのかも知れない。横浜の孫もサッカーを始めた、孫たちは皆順調に育っている。

パワフルな今年最終の「なんでもくん」研修者

 昨日の研修者はパワフルな方で神戸を夜中の12時に出発して昨日の早朝8時には我が社の近くのコンビニで仮眠をしたと言っていた。
 この方は金属を切るホール鋸のメーカーの方で金属を切る鋸のコンサルタントでもあり、金属の裁断や切り抜きの異能の持ち主と言っても良いような方だった。
 パッド印刷も何十年か前から経験しており、パッド印刷にはある意味精通している方だったが、印刷ロゴ文字の縦サイズ横サイズがパッド印刷で微かな変形をも許容出来ない人だった。
 我が社のプリンターで出力する文字の天地左右をコンマ0,1ミリサイズで指定し、出力したポジを拡大鏡で精査し、変更を指示していた。
 出力したポジで製版し、持って見えたホール鋸のカバーに印刷したり、平鋸にロゴを印刷したりして納得したらしく、「なんでもくん」本体で使用するドクターブレードやインキ、洗浄溶剤や希釈溶剤、硬化剤等を注文し、製版した文字版やポジも持ち帰った。
 昼近いので食事を誘ったが、このまま帰ると言ってお帰りになった。お年を伺ったら69歳と言っていたが、そのパワフルな所作には年齢を感じさせなかった。正月中には仕上げなければならないものが有ると言ってこの年末に神戸から疾走して来たのだが、その経験知や知力には驚かさせられた。
 今年も我が社には全国からいろいろな方がお出でくださって充実した一年だった。世の中には色々な仕事が有り、知らないことも色々学ばせてもらったり、また一歩成長させてもらったような気がする。
 今日は一年の締めくくり、新年を迎える支度をしなければと思っている。 1月にも来社する方からの予約も数件入っている、新年も明るい幕開けになる事を念願している。
 
 
 
   

明日も「なんでもくん」研修を受けに来る人がいる。

 明日も兵庫県から「なんでもくん」研修を受けに来る方が居る。研修後に「なんでもくん」を持ち帰り正月にかけて印刷したいものが有ると言う。それは鉄パイプに印刷したい希望だがそのパイプのどの部分に印刷をしたいのかは定かになってない。
 この年が押し詰まってでもやらなければならない仕事はその会社の命運に掛かっているのかも知れない。私もかつて正月三が日に仕事をしたことがある、どうしてもその仕事をやり遂げなければならない事情が有ったからで、その仕事が今日の私を作ったのかも知れない。
 押し詰まったこの場で必要なものを取り揃えられるかどうか、来られる人の期待に応えるつもりでは居る。「なんでもくん」開発者としては嬉しい限りで、来られる人の成功を心から願う。
 年内に収める仕事はほぼ終わった。来年度には新潟へ出張して「なんでもくん」研修をして欲しいと言う案件もある。未だはっきりと応えるとは返事してないが今日には答えなければならないと思っている。年末にかけて「なんでもくん」にまつわる消耗品の注文が集中している、これは嬉しい現象でそれだけ「なんでもくん」が有効活用している人が多いと言う事になる。我が社独くなあるパッドなど欠品状態になってしまった。一社で5個も注文して来たのでしばらく待っていただいて昨日発送出来た。
 あと二日頑張って新年を迎えようと思うが、今年もすす払いは出来なくなるかもしれない。また年賀状にも手を付けてない。正月休みに年賀状は書こうと思っている。
 

「なんでもくん」で印刷して凄い!凄い!を連発

 一昨日「なんでもくん」研修に見えた方はかなり前に「なんでもくん」を購入したが、その時本業が突如忙しくなり、「なんでもくん」使う暇がなくなってしまい、長い間使わず仕舞いになってしまっていたとの事だった。 
 一昨日は一人若い方を連れて来てその人にレクチャーして欲しいとの事だった。その人は別会社の方で若い人だった。
 今販売したいものが有るが、それに社名を刷り込まなければ販売できないので是非印刷を教えて欲しいとの事だった。持って見えたものはアスリートがはくとバランスが取れ調子が上がるパンツだと言う。
 幅の広い布地のゴムベルトで、あるロゴが既に印刷してあるがそのロゴの下の狭い所に自社ロゴを印刷した印刷機と言って、印刷データを持って見えていたのでポジを作り、製版を体験してもらい版を作った。布地に印刷する時は網を掛けず、1分露光して洗い出す、ほんの数分で版が出来てしまうのにも驚いていたが、私がそのパンツをラボジャッキに両面テープを張り付け、そのベルトを張り付け、その上にセロテープを張り、何度か印刷して位置出ししてセロテープを剥がし印刷をした。一度押したのでは色が薄いので2度3度と重ね刷りをしたが、それを見るたびに凄い!凄い!声を上げていた。
 3度重ねると細い文字の白色がはっきり鮮明になるので。この機械は凄い 何でこんな価格で販売しているのか、もっと高くても絶対売れると感動していた。
 自分でも印刷して見たが何度も重ね刷りが出来てしまうのには驚いていた。ガイドに沿って余分な力を入れなければ何度でも重ね刷りが出来る。自分で印刷して、この印刷機私も欲しいと言って見積書を持ち帰った。

「なんでもくん」で仕事を得る

 昨日「なんでもくん」研修を二人で受けに来られた方々のお一人は以前「なんでもくん」を見に来たことがある方でした。昨日連れてきた人に自社製造のゴルフシャフトに印刷をする仕事を提供するために「なんでもくん」を購入させるために連れて来たのだった。
 早速エプソンのカラリオでポジフィルムを製作し、そのポジを使って製版することをいきなり自分で出来るようにバキュームクランプにセットする事から全て自分でやってもらい、露光する事も現像する事も指導した。
 小さな版で洗い出しから水切り乾燥まで自分でやってもらい「made in japan」の版が綺麗に出来た。
その版をセットする事、印刷インキに硬化剤を入れる事、「なんでもくん」を操作する事も私が教える通りに、黒いシャフトの印刷位置を確定するための仮冶具にセットし最初は白インキで、前処理剤を塗布したものとしないもの印刷してもらった。白インキをインキ洗浄剤で洗った後、同じように黒インキで白いシャフトに印刷して貰った。希釈罪でインキの粘度調節も指導しましたが、すべて飲み込んだようだった。
 当然ゴルフクラブシャフトだけでなく色々なゴルフ商品はじめ何にでも印刷する事になるでしょう、新しい仕事を得た事になります。今後長い付き合いになるのよう頑張って欲しいと思います。
 今日は「なんでもくん」一式を購入して持っているが長いこと使わなかったので忘れてしまい再研修をお願いしたいと言う方が来る。使ってないと言うのはどう言う事情だか分からないが勿体ない事で時々こう言う方がいる。使っていた社員が退社してしまって任せっぱなしだったので使い方が分からないと言うケースが多い。
 今年もいよいよ押し詰まって来てしまったが、駆け込みで持ち込む仕事など有ったりして3連休している暇など無くなりそうだ。
 今日は「ものづくりゼミナール」の忘年会が有る。このゼミナールは「あだち新製品開発講座」の卒業生の会で数人仕事の都合で参加できない人も居るが、18名で忘年の宴を楽しむ。
 この「ものゼミ」は開発講座の大塚講師がボランティアで参加してくれていて、「ものゼミ」のメンバー数社で大塚先生の設計した「雪玉製造機」をつくり、知財権も得て、これが売れて利益を出している。忘年会費も半額で飲み放題食い放題になっている。こう言う面白い会もあるから足立のものづくりは面白い。

今年最後の「なんでもくん」研修

 今日は今年最終の「なんでもくん」研修になるだろう。どんな企業が何を求めてお出でになるか楽しみな事になる。年末の何かと忙しい時間を割いて来られるのだから余ほどの目的意識があるに違いない。新年に向かって新しい目的をお持ちの方だと思う。
 今年も何社のもの方が「なんでもくん」研修に来られ、パッド印刷の技術を得られて事業を新展開されたところが多い。少量多品種の物への印刷ニーズは増えるばかりだが、その少量の物への印刷を実現する「なんでもくん」の有効性は他に無いものだと実感させてくれている。
 今日も名古屋から見えた方の所に「なんでもくん」システムの全てを出荷する事になっている。標準以上の数量のもの注文されている。研修を受けただけで何をどうするか理解されているようだ。
 パッド印刷はいろんな仕事を創出する、今日は1メートルのLANケーブルの7か所に2色印刷する見積を出さねばならなくなっている。私としても初めてのチャレンジで見積もりを午前中には出さねばならない事になっている。1メートルのケーブルを長く受ける冶具を作ってみたが、どのように印刷するかは私の構想にはある。見積もりが通れば先方も喜ぶだろう、予算が有るので見積次第で印刷する本数も決まる。
 これが上手く出来れば、新しい仕事に繋がるかもしれない、何とか頑張ってみようと思っている。

 私はこの歌が大好きです。時々大黒寿司のカラオケで歌います。
 「人生楽ありゃ苦もあるさ 涙の後には虹も出る 歩いてゆくんだしっかりと 自分の道をふみしめて
 人生勇気が必要だ くじけりゃ誰かが先に行く あとから来たのに追い越され 泣くのがいやならさあ歩け
 人生涙と笑顔あり そんなに悪くはないもんだ なんにもしないで生きるより 何かを求めて生きようよ」
 今日も何かを求めて生きようと思っている。

印刷には冶具づくりが肝要

 印刷依頼が有ると必ずと言って良いほど印刷する媒体のサンプルを要求させて頂いてます。それは印刷を要求された媒体がどのような形のものか、またインキが密着するものかテストしたいからです。
 今日の午前は一見単純な紙袋のようですが、10センチ四方位の硬い素材で畳まれていますが印刷するには平面部に印刷するには太い下げ紐に結び目が有り、それが下げ紐のストッパーになっている、それが邪魔をして平面部を得るのが難しい、その瘤状の結び玉を避ける冶具を造らねばならない。それにはかなりの工夫が要る。印刷面積にも変更が有り、大きく印刷したい要望が入った。ますます冶具に工夫が要る事になった。今日はその印刷冶具を作るため出社する。
 もう一件1メートルのLANケーブルに3色印刷の印刷をして欲しいと言うのが有った。文字と絵柄を1メートル内に配置する、テスト印刷は過日に9センチほどの絵柄を10センチおきに印刷したものを出しているが、クライアントが気に入ったようで今回ような3色の色を使ったケーブルの見積を出して欲しいとの事だった。
 試作の時とは随分変わってしまっている、文字と絵柄の配置位置も確定している。そこで1メートルのケーブルをはめ込む冶具を作りその冶具を動かすことで位置を確定し、何度か印刷してゆけば出来ない事も無いだろうと思う。手間は掛かるが仕事にはなりそうだが場内の者はお断りした方が良いと言う意見もあった。1メートルの冶具を動かして位置取りをするのが我が社の場内で可能かどうかを試してみたくなった。今日プラスチックの加工屋に行ってその冶具を作ってもらおうと思っている。
 一昨日雑誌社の取材で色んなアイテムに印刷したが、その担当の方からメールが入った。そのメールの一部を書き出してみます。長時間の取材に対する礼の言葉に続き、「印刷物が変わるたびに、どうやったらうまく刷れるか? 次々にいろいろなものを駆使して工夫をこらし どんどん刷られて、素敵なグッズが誕生していく様子に感動しました。」とあった。
 私が人が喜んでくれたり感動してくれる事に私自身が喜んでいます。昨日も「なんでもくん」ユーザーから消耗品の注文と共に喜びの声を耳にすると私は幸せを感じてしまう。その喜びが私の背中を押してくれます、だから今日も会社に出てゆくのです。

少量多品種の印刷で「なんでもくん」大活躍!!

 昨日の午後はある有名な雑誌社の取材が有った。娘のアイデアで主催する貸工場のシステムがこの仕事を誘ったのだが、その有効性が証明されたようで嬉しかった。その雑誌社がある卓抜な女性デザイナーを起用して、そのデザイナーがデザインした洒落た画像もユニークな作品でデザインの面白さを痛感させてくれた。
 そのデザイナーもパッド印刷など未体験だったが、数種類のデザインデータを元に製版することから始まったが、すべて自分で製版して印刷をする事までを娘が指導する事になった。優秀なデザイナーだけあって娘の指導通りに自分で製版体験してもらったが流石に見込みも早く何種類もの刷版が出来上がった。
 持って見えたアイテム数も半端でなく、カラフルなマグネットの大きさの違う画鋲数種類、ユニークな紙製の容器、紙製のコースター、紙コップ、スチール製の小物入れ、透明なプラスチック瓶、側面に印刷するカラフルなブロックメモ等々その他、10数種類のアイテムに印刷する事を娘が指導した通りに出来た。乾燥するために並べた全てを見たがこれは壮観だった。
 私も長い間「なんでもくん」研修をしてきているが、これほどの種類の違うものに短時間で印刷したのを見るのは初めてだった。改めて「なんでもくん」と言うパッド印刷機の威力に我ながら驚いた。版替え色替えも簡単にこれほどスピーディーに出来る事など想像以上だった。
 持って見えたものの中に布製の小さなバックが有った。これには地色がグレーでしかも白と赤の2色印刷を試みたいと言うので、これはパッド印刷よりシルクスクリーン印刷の方が良いでしょうと「じざいくん」で印刷する事になった。一つの版に赤用版ポジと白用版ポジを「じざいくん」用の感光ゾルを塗り置いてあったシルク版に張り付け5分ほどライトボックスで焼き付けて水で現像した。それをヘアドライヤーで乾燥したが、10分にも満たない時間で「じざいくん」にセットした。バックの中に厚い板を挿入し、位置を決めて白印刷をした。部数は3部だったがデザイナーの方にスキージの持ち方、引き方も指導し自分で印刷する事をレクチャーした。2色目の赤印刷が白印刷とぴったり合わせて印刷する方法も伝授したが、少し色ずれが有った方が味が出ると言って二つ目と三つめは多少づらして印刷したが、自分の思った通りの味が出たと言って大喜び、デザイナーの感覚には感心してしまう。
 同行した雑誌社のカメラマンがセットした所や印刷している場面、出来上がった製品一つづつカメラに収めていたが、どのように雑誌に掲載されるのか見るのが楽しみなった。
 デザイナーの方は仕事の都合で5時にはお帰りになったが、初めてのパッド印刷の体験でしかもあれだけの種類の印刷したのに疲れも見せずにこなしたのには大満足していたが、遣り甲斐を感じたに違いない。美しい顔が笑顔で一杯と言う感じでお帰りになった。
 居残った雑誌社の担当の方は鉛筆に印刷を試み、数匹の帽子をかぶった雀が泳いでいる様が可愛いと楽しんでくれた。
 私は印刷についての問い合わせの電話が続いたり、印刷に関係の無い相談事が有ったりして中座することが多かったが、娘自身もレクチャーを楽しみながらやっている様子だったので安堵した。
 雑誌社の方もデザイナーの方も皆パッド印刷を楽しんでくれたに違いない、長時間皆が楽しんだ、良い一日だったと思っている。
 
 

「足立ものづくり展」初日

 今年の「足立ものづくり展」は例年より来場者が少なく思える。開場のセレモニー集まっている人も例年よりは少なめに感じた。今年一番の寒い日のせいか人出も少ないのだろう。平日と言う事もあり、一般の人では余ほど暇を持て余している人しか来ないのではないかとおもう。年金生活者は支給日直前で財布の中が軽いものになっている人も多いだろう。
 区の職員も例年だと昼の休憩時間や帰り時間に大勢が時間を気にしながらもっと買い物をしてくれていたように思う。私の「元気源」は区の職員には人気が有りリピーターも居る。元産経部の部長さんは4足ほどまとめ買いしてくれた。今日で「元気源」は売り切れになるだろう、その前に取っといてくれと言う方が二人ほどいた。
 線香もファンが居て毎年まとめ買いをして呉れる人が居たが、今年はまだ見えない。今日お出でになかも知れないがあてにはならない。足立ブランドの連中や異業種の連中も人が来ないとこぼしていた。
 年末と言うのに環七も例年よりはるかに車が少ないが、「未来クラブ」の医療器具屋は8日のCSのショップジャパンで耳かきが1,500万円も売れたと言う報告が有った、来年の4月に再度出演する予約が有ったと言う。これを聞くだけでも今の日本は消費構造が変化していると思わざるを得ないが今日は「未来クラブ」の忘年会があるが三祐の武勇伝を聞くことになるだろう。
 今日は5時で終了になるが、隣のプリントアートさんは「なんでもくん」で焼き印のように印刷していて直ぐかぶりつけるようなどら焼きの錘や容器を展示していたが人の目を引く、色んな焼き印が有り可愛い焼き印のものの予約を受けていた。この人は女性のダンスシューズに花柄を印刷したのが好評で昨日も4足注文が入ったと言っていた。この人はデザイナーだが何でも自作してしまう天才人だと思う、「なんでもくん」をフル活用している。
 今日一日は退屈しないように何か考えようと思う。

今日と明日は「足立ものづくり展」

 11日12日は地場産業工業製品のものづくり展で足立区の工業連合会やあだち異業種連絡協議会、足立ブランドの企業が自社製品を展示即売する。13,14日は足立伝統工芸振興会が展示即売します。
 我が社は足立ブランドコーナーで「元気源」と文字入り線香「焚経香」を展示即売する事になっていますが、人気のバランスインソール「元気源」を販売する予定だったのですが、「元気源」の在庫が払拭してしまい、大した数量を販売することが出来なくなってしまいました。先着何人かに販売する事で売り切れとなってしまいます。在庫もそれなりに有ったのですが最近購入する人が集中して在庫がなくなってしまったのです。
 リニューアルして新しい「元気源」を製作する予定だったのが間に合わず、「元気源」ファンには申し訳ないことになってしまいました。
 搬入日は10日でしたが仕事都合で時間が取れず、今日搬入する事になってしまいましたが、「元気源」は予約販売する事にするつもりです。
 

「あだち新製品開発講座」の修了式

 12月7日に平成30年度「あだち新製品開発講座」の4月から11月の月に2日のセミナーで参加企業が開発した12製品の発表会と修了式が有りました。
 1、交通安全ベル 2、電子タバコセットホルダー 3、金網茶漉しセット 4、醤油さし 5、醤油さし 6、災害被災者パーティション 7、スマフォ用文書入力台 8、切り抜き文字看板 9、防災ゲーム 10、知育玩具お手玉 11、トラベルスタンプノート 12、紙製名刺ケース。
 以上の新製品の開発者のプレゼンテーションが有りました。開発製品の開発テーマの目の付け所が良いか、市場性、技術力、革新性、審美性、商品魅力等々評価がされ、発表が分かり易いか、楽しく引き込まれる発表か、聞いた人が買いたくなるものかも評価される事になる。
 私は自分が毎日朝煎茶を入れて飲む、3番目の金網茶漉しセットなど商品化されたら直ぐに買いたい。従来の茶漉しは単なる網目だが、網目に模様が有り、見た目が美しい。それに茶を煎じた後茶殻がスポッと捨てる事が出来る、茶殻が網目に絡んで残ることがない構造になっている。
 醤油さしも2種類あったが、双方とも「オリンピックは参加することに意義があるが、醤油は酸化することに意義がない」と洒落ていたが、醤油が空気に晒されることなく、新鮮さを保持できる構造になっている。容器がデザインされて洒落たものになり、テーブル上を飾るものになる。
 トラベルスタンプノート、紙製名刺ケースもそれぞれ自社技術を活用して開発したもので消費者が買ってみたい衝動に駆られるものになっている。重量フレキションプレス所の開発商品でアイコスをセットするホルダーは既に販売されていてかなり注文が入っているらしい。
 私は副講師として質疑応答で大塚講師と共に開発者の質問に答える事になっていたが、私はこの8か月間で皆が考え続ける習性が身に着いたと思う、この講座が終了でなく新しい出発だと言う事を自覚して欲しいと話した。毎日が新しい出発だと知ってもらう事が出来たと思う。
 足立区の産業振興課課長が終了書を授与した後、受講者含めての13名での懇親会は賑わって素晴らしいセミナーだったのが実感できた。 

今日は「あだち新製品開発講座」の発表会

 半年にわたり区内の中小企業の社員や経営者も含め10社ほどが自社技術を生かし、新しいマーケットを創造するために新製品を開発し、自社の強みを発揮する為の講座でもある。
 その製品を評価して貰うため「TASKものづくり大賞」に応募します。専門審査員や一般消費者の評価を得るために12月7日に青海の公園で展示する、今月末には入選品が決定される。
 開発に成功した所も開発途中の所もある。特に会社が忙しく開発途中でも発表会で経過を発表するので知財権だけは予め確保しておく方法も講座で学習している。意匠登録を済ませているものも数点ある。
 私も過去には6年連続で入選したこともある、「はんこ屋さんゴッコ」は大賞を得ている。開発したものは皆製品化して現在もオリジナル商品として販売している。バランスインソール「元気源」などは人気のある商品になっている。この2,3年は創りたいものも何点かあるが作る時間がないので構想だけになっている。
 開発講座の補助講師を9年務めたが予算の都合で来年度は常任でなくなる可能性もあるので創る時間が出来るようになるかも知れない。
 私はパッド印刷の技術を世の中に広めるために「なんでもくん」を開発し、その技術を自社の強みにしてもらうために「なんでもくん」研修を続けている。印刷についての知識が全くない方でも、パソコンが有り、安価なインキジェットプリンターを持て居れば、パッド印刷印刷の技術をものにできる。昨日は「なんでもくん」ユーザーだが、印刷が出来ることで自社開発の商品が世の中に広まる結果になった人が居る。商品が大きめのものだから人気商品になり印刷するにも現在の場所が狭いのと人手が少ないので、娘が内職グループも紹介し、我が社の時間外に印刷する場を提供してあげる事になった。昨夜は私は「あだち異業種連絡協議会」の定例会に出ていたので仕事ぶりを見る事が出来なかったが、印刷は手慣れたものなっている。今朝会社に行くのも楽しみなる。長尺の長いものだが400個仕上げると言っていた。人の会社が成長するを見るのも嬉しいものである。
 
 
 
 
プロフィール

パッド印刷の伝道師

なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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