なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

10連休は終わった。

 令和1年一日は横浜の末娘家族と会社の娘家族総勢8人で予定通り浅草花屋敷に行った。車で行かずにツクバTXで行った方が早い、青井駅から10分ほどで浅草に着く。花屋敷が始まる前に行ったが左程待たないで入場で来た。孫たちは皆色んなものに乗って皆大満足、もしかすると末娘が一番満足した様子だった。彼女を幼い頃連れて行った事があるので懐かしかったのではないかと思う。総勢で飲みや横丁で食事をして帰ってきたら3時頃で帰って来た途端に予報通り大雨になったが皆ぬれずに済んだ。夕方まで一番下の孫以外は皆寝り込んで6時過ぎには皆帰って行った。
 2日は娘家族と予定通り菩提寺にお寺参りに行ったが、道路も寺もスキスキだった。お布施したり卒塔婆をお願いして帰ってきたがなんとなく気分がすっきりした。
 3日は家内の妹二人と横浜の関内で待ち合わせていた、私が宿泊を予約してあったホテルのレストランで食事をした後、手荷物を預け中華街に行ったが、変わった3階の喫茶店のベランダでコーヒーを楽しんでいた時突然何の祭りだか分からないが、爆竹を鳴らし鐘太鼓を叩いてる音が凄かったので、覗いたら獅子舞らしいので見に行ったが壮観だった。思いがけない光景に出会ったが何年か前にも龍が躍る祭りにも出会った事があった。鐘太鼓や爆竹の音で厄払いすると聞いたことがあるが、あの音を聞くと何か気分がすっきりしたと感じる。
 夕方関内の駅前の蕎麦屋で酒を飲んだり天ぷらを楽しんだ後、妹たちは帰って行った。私たちは翌朝早目にホテルを出て京浜東北線に乗ったが空いているので座る事が出来た。前の日も北千住からJRで品川まで行こうとしたら電車は満杯だったが、グリーン車を見たら何席かが空いていたのでグリーン車で座る事が出来た。品川に着いたら京浜東北線は空いていたので座る事が出来、関内迄座ったままで行けた。10連休中はどこもかしこも混んでいると思っていたが隙間があると思った。
 五日は家内と浅草に行き、まるごとニッポンでステンレス製の弁当箱を買って、浅草の飲み屋は何処も一杯だが、穴場を知っているので其処へ行ったらやはり席があった。その店は色んな日本酒を揃えていて、食材も洒落たものが多い。海鞘の塩辛や酢のものを取り、肉の薄切りのものを取った時隣に若い青年が一人飲んでいて、それ美味しそうですねと声を掛けて来た。家内は美味しいですよと言って彼に同じものを取ってやった。彼は弁護士だと言っていたが、何か事があったら声を掛けてくれと知り合いになってしまった。私が何をやっているかと聞くのでネットで丸山寛治と入れれば私の記事が色々出てきますよと言ったら、早速動画をスマホで見たようだった。私は最初はビールあとは日本酒の〆張鶴を何杯か飲んで酔ったようだったが満足して帰って来た。
 昨日は家内に何処かで探してきてくれとあるものを頼まれたが、東急ハンズに行けば有るのではないかと行ったが、見つからず。マルイやルミネの生活雑貨にも無く、成城石井で新茶やアボカドを買って戻って来た。ちょっとしたつまみも買ってきたので家で家内と飲んだ。
 仕事の令和時代の幕開けだが令和時代は経済的に見れば大変な時代になる、少子高齢化社会はますます進んで行くが己を律して果敢に挑むしかない。
  

平成時代には有難うございました、令和時代もよろしく。

 今日は令和1年5月1日です。昨日平成天皇が退位して今日令和天皇が即位します。昨日はほぼ一日中テレビで平成天皇の退位迄を見ていました。
 新しい時代に変わったと言っても私の仕事は何一つ変わる事は無いだろうと思います。平成時代にご愛顧頂いた皆様、ありがとうございます。令和時代もよろしくお願いします。時代が変わってもパッド印刷のニーズは増え続けると思います。私の「なんでもくん」ユーザーが益々活躍することは間違いないと思ってます。私のブログも昨日は大勢の方にアクセスして頂きました、有難うございます、休み明けが待ち遠しいです。
 今日は横浜に住む娘一家が来るのと近くに住む娘一家も来て何処かへ行こうと言う事になっています。未だ何処に行こうかは決まっていません。雨が止んだら浅草に行きたいと思っています。横浜の孫たちは未だ幼いので花屋敷で遊ばせてあげようかと思ってます。混むのは日本中どこへ行っても混んでるが都内は道路が空いているだろうと思う。
 今日は出掛けるので新天皇即位の儀式は見られないと思う。

平成最終の「なんでもくん」研修

 昨日「なんでもくん」を体験しに来た方はTシャツ印刷を仕事にしている方だった。アポなしで突然に訪れて呉れた方だった。
 自分の仕事に限界を感じていたらしいのですがネットで我が社のホームページを見てその機能を確認しに来たのだった。Tシャツ印刷をする人は多く単価競争が激しいので努力の割には利益が少ないのが悩みだったらしいのです。
 パッド印刷と言うのは知る人も少なく、知っている人もパッド印刷を外注すると版代も高く、少量の印刷には向いてないと思っていたが、我が社のホームページを見たら版を作るのも簡単そうだし、「なんでもくん」本体もそう高いものではない。それで昨日は「なんでもくん」確かめに来たのだった。
 自分である素材を見付けて透明のオリジナルのバッグを創っていたが、それに印刷が出来れば売れる商品になるだろうと感じたらしいのです。USBに自社ロゴが入っているのでそのロゴをパッド印刷用のポジを作って製版するところも見て貰い、その版で彼が持ってきたゴルフボールに印刷して見せた。
 ゴルフボールは黒インキで印刷したが、バッグはブルーの透明なので白インキで印刷したが、色替えが簡単に出来るのにも驚いて居た、同じ版で彼の創作した透明のバッグに印刷したが、左右27世硫菫で小さかったので、大きな版であれば10センチぐらいの大きさなら直ぐ版が出来ると言ったら、小さな版で印刷したのがワンポイント印刷になり自分で作ったデザインロゴが可愛らしいと喜んでいた。
 商品リストを持ち帰って自分の必要と思うものを選択して購入したいがどの位時間が掛かるかと言うので、当社は振り込みを確認したら次の日には発送する事になっていると説明した。
 昨日は5時半から「あだち新製品開発講座」があったので4時半頃に会社を出た。講座は出席者は一人都合で欠席したが定時に始められた。今年もいろんな技術を持っている人が多く、面白いものが開発出来そうで楽しみになる。昨日は時間がなく2社だけがテーマを発表できたが、やる気満々の人が多いので来月が楽しみなことになっている。

水性インキでパッド印刷

 一昨日ゴムケーブルでは有名な会社の方が水性インキ10色を持ってこられて、またケーブルも5種類も持ってこられて「なんでもくん」でテスト印刷した。ケーブルは5瀬僖い梁世気妊院璽屮襪亮囲3分の一位の長さの線と3瀬僖い留澆魄刷するテストをし
 「なんでもくん」で使用する版は水で現像するくらいだから水性インキには耐性が無いが、長時間使うのでなければそれなりの印刷は出来る。ケーブルそれぞれに10色の印刷をしてみたが、インキの乗りはやはり薄い、版に網を掛けずに製版した版で急遽印刷したがそれは多少濃く印刷が出来るのが分かった。色替え10回にも耐えて印刷は終了したが、樹脂版でなくスチール版で印刷した方が良いとお勧めした。スチール版は製版所に依頼しなければ出来ないが、版もドクターブレードも用意はできると言ったらそれでいきましょうと言う事になり、「なんでもくん」本体とパッドの見積書を送る事になった。
 その方達がお帰りになった後、初めての方がゴムに印刷したいので明日行きたいと言う電話が入った。ゴム会社の方が2日連続で来る事になった。
 それで昨日は来られたゴム屋さんも自動車のドア部品の成型品で、それに印刷テストしたいと言うので印刷図面が有るのでその図面を基にポジを娘が造って呉れた。それを基に製版して印刷したらこれで良しと言って印刷したもの1個を持ち帰り、40個ほど成型品は置いて行った。10個ほどの試作依頼だが見積書を出すことになった。お帰りになった方は「なんでもくん」にかなりの関心を持ち、ぜひ個人的に欲しいとも言っていた、
 今日は平成最後の仕事日になる、今日納期だったものは全て送った。休み明けが納期のものがあるがその仕事は令和と言う年号の初仕事になる。今日は平成最後に「なんでもくん」を見に来る人がいる。 
 今日の夕方は「あだち新製品開発講座」がある。今日が2度目の講座だが、最終は令和元年の12月になる。天皇陛下も退位の為の行事が続き、忙しい日々を送っておられるが、お元気そうで安堵している。私は10連休中は墓参りしたり、家内の妹達が居る横浜関内で三日にホテルが取れたので、そこに一泊して家内の妹達と二日間横浜であちこちで遊び、気分を新たにしようと思っている。
 10連休の後は令和時代と言う事で何か新しい気分で新年を迎えるような気持になっている。日本人の男女とも平気寿命が更新されたらしい。令和時代はますます人口が減り少子高齢社会が進んでいくだろう、そんな時代に何を創って何を売れば良いのか、「あだち新製品開発講座」が終わるころ何が開発されるか、それも楽しみになっている。
 












平成最後の週

 平成と言う年号が令和に変わる前の週になっている。今週は2件の「なんでもくん」研修があるが平成最後の研修になるのかと思うと感慨深いものもある。10連休と言う前代未聞のゴールデンウイークを迎えるが、どのように過ごすか浮かれた気分にどうしてもなれない。連休前に収める仕事が何件かあるが場合によれば連休中仕事と言う事になるかも知れない。
 連休中は都内の道路が走りやすい事になるだろうと予測しているが、都内のイベントや普段中々行くことの無い美術館や博物館に行くのも一興がある。区の生物館などにも行ってみたいと思っている。
 令和と言う時代に入ると東京オリンピックがあるが、過去の東京オリンピックが有った時、私は就職しての1年目だった。就職していきなり大阪に配属され、独身寮でオリンピックをテレビで見る事になったが、華やかなオリンピックをよそに景気が悪く経済環境は最悪の事態になっていた。その経済環境が悪い時に外交することで私は鍛えられた、不況だから仕事が出来ないと言う事ではないと私は体感した。
 不況だから世間は冷たく訪問先も良い所は少なく、新入社員が大阪には25名行ったが、1年経ったら5名に減っていた。ただ、私は人の5倍くらい一日に飛び込み外交を繰り返していた。日が経つにつれ顧客が増えて行き、当時では考えられなような記録を残すことが出来た。私以外の新人は皆定年まで勤めあげたが、私は10年目の時に新店舗の売り上げが全店トップになった時、これで良しとして退職願いを出し、自分が子供時から憧れていたものづくりの世界に身を置いた。
 来月の12日に元居た証券会社のOB会があるが、私に招待状が来ている。10年しか居なかった会社だが私の残した記録や記憶が残っているのだろうと思う、私も若い時に苦楽を共にした同僚が懐かしい。私等より離れた若い年代の人は少ない、ほとんどが高齢者だが、当時庶務課長だった90歳になっている人が歩くのが厳しくなって欠席すると聞いて残念に思うが、亡くなる人も増えているだろう。
 幹事をする人たちは皆元気で、後何年続くか分からないがこの会には最後まで出席する事になるだろう。
 
 
 

ハンガーにパッド印刷の依頼者が来た。

 昨日はハンガーのメーカーの方が色んな種類のハンガーに名入れ印刷の依頼で見えた。印刷依頼を請けるのは簡単だが、我が社の「なんでもくん」を導入して印刷を内製化して自社で印刷した方が良いのではないかと勧めてみた。版を作ってその会社のロゴを「なんでもくん」で直ぐ印刷して見せた。
 簡単に見ている目の前で印刷したので驚いていたが、「なんでもくん」の見積書を持ち帰った。印刷を我が社で請けるかどうか選択して貰う事にした。
 今日は午前午後と二グループの方が見える事になっている。両グループにパッド印刷とは何ぞやと言う説明をして欲しいと言う娘から頼まれた。

アナログ技術は楽しい。

 昨日はシルクスクリーン印刷でなければ印刷が不可能なものに印刷する仕事が有った。PP製の大きなケースで一梱包の段ボールに蓋と本体三組が入っているが、それを一人で持つのは難しいくらいの重さで、何を収納する為のケースなのか定かではないが、そのケースの下部にロゴ印刷する仕事だった。上部だったら何の問題も無くシルクスクリーン印刷の版で簡単に出来るのだが、印刷する場所に段差が有って狭くなっているので大きなシルクスクリーン印刷の版では印刷が出来ない。
 一部薄い板の特枠の版を特注で作ってもらい、狭い場所に大きなロゴを印刷するのに挑んだが、表面に粗いシボが有り、インキが薄いとシボの目が目立ってしまう。また、インキが薄いと滲みやすい。
 PP用のインキは通常のインキとは違った粘度でもあり、専用の溶剤で希釈しても滑らかな感じにはならない。しかし濃くないと滲みやすい、また刷り出しが版のきわでゴムスキージの厚さが9ミリあるから斜めに使うしかない。薄いゴムスキージもあるが硬さが合うのが無い。
 そこでサンダーでゴムスキージの片側を斜めに削った、その削る角度に工夫が要った。そして狭い刷り出しに力が入り濃いインキでもボ目の上が滑らかな印刷面になって呉れた。
 大きなケース自体も固定するのに工夫をした、横置きで刷り易いように台の高さも調節で来た。印刷がすきっと鮮明に印刷出来た時は嬉しい、狭い所に大きなロゴが綺麗に印刷が出来たので楽しくなってしまった。
 これでお客さんも喜んでくれるに違いない、この仕事も他所では上手く行かなかったものらしい、我が社を指名してくるお客さんの期待に応えたいとはいつも思っている。

久しぶりの日比谷公園散策

 昨日は中学校時代の同窓会が有って集合場所が有楽町日比谷口だったが日比谷改札口は改修工事のため閉鎖されていた。仕方なく銀座口に回ったら5人が直ぐ見つかった。一人は未だ車中だと連絡取れたが一人は携帯電話が繋がらない、その人はほとんど偶然とも言える感じで見つかった。
 皆高齢者だからよぼよぼしているのは幹事役だけが車を頼りに歩くのみで、他は皆しっかりした足取りで話に夢中で気が付くと幹事役だけが遅れてしまって歩調を遅らすように前を歩く者に声を掛けた。
 会場はシーボニアメンズクラブだと言うので向かったが予約が1時だと言うので日比谷公園内のコーヒーショップで時間つぶしをした。
 日比谷公園内を歩くのは何十年ぶりだったろうか、5,60年振りだろうと思う。昔は何人かのガールフレンドとデートを楽しむことが有った。小学校の時は日比谷公会堂で合唱会で歌ったことが有った懐かしい所でもある。
 日比谷公園を囲むビル街は当時と全く違う高層ビルに変わってしまっていた。銀座は時には行くけど日比谷公園まで足を延ばすことはない。銀座も様変わりしているが、若い頃のような情緒的な雰囲気を味わう事は無くなっている。
 学生時代には銀座松屋デパートでアルバイトを高校生の時の同級生と定期的にやっていた。その同級生の姉が松屋に務めていた関係で楽な仕事で仕入れた商品を売り場に配送する係りだったが、あの頃の銀座は楽しかった。二人で休み時間にあちこちを覗いたり、銀座の噂を耳にしたり面白かった。その内デパートは時給があまり良くなかったので私は家庭教師のアルバイトに変わって行った。
 日比谷公園を歩いただけで昔の思い出がよみがえってきた、と言う事は私も随分年寄りになっていると言う事だろう。来月は元証券マンだった頃の会社のOB会がある、入社配属された頃食課長だった人が90歳を超えている今年も元気な姿を見せてくれるだろうか、年々参加者が減っている。最初は50人くらいはいたと思うが今年は20人ほどだと聞いている。

パッド印刷の可能性には夢がある。

 昨日は「なんでもくん」のフルセットを購入された方が引き取りに来ながら自社製品数点を持ってきて、それらに印刷テストをしていった。
 小さなパッケージを製作する会社ですが、素材がポリカボネート、アクリル、PP,ステンレスなどで、それらに社名の小さなロゴを印刷するのを練習した。製版は先日来社された時にレクチャーしたのですが、製版は復習の意味で確認してもらった。
 まず、ポリカボネートは当社の供給するインキに希釈剤で粘度調節するのをしってもらって、印刷位置を確定する方法を学習した。アクリルやPP、ステンレスに印刷する場合はインキに硬化剤を6パーセント入れて密着強化する。PPの場合は前処理剤でプライマー処理をする。
 粘度調節は希釈剤を10%くらい入れてから良く撹拌し、ヘラですくってヘラから糸を引くような状態まで調節すること、それに版全体にインキがインキ返しで被さる量のインキを版に乗せる事から印刷を開始するのを理解してもらった。印刷がかすれたら2度押しすると綺麗になる事もして貰った。また、IPアルコールで拭き直して再度印刷する事も出来る。
 それら一通り経験してもらったが、社長さんも社員の方も回を重ねるたびに上手に印刷するのを見て安堵しました。社長さんは喫煙者で自分のアイコスのケースにも印刷していた。前回お出でになった時の印刷が綺麗に残っていましたが、その時はインキに硬化剤を入れないでレクチャーしたので、溶剤で拭き消して、今回は硬化剤の入ったインキで印刷したので、時間が経てば溶剤にも溶けなくなるだろう。一通り終わった時に皮の名刺ケースに印刷してみれば良かったのにと言うので革小物には問題なく印刷出来ますよと自社に戻ったら試してくださいと言っておいた。
 終わった後、丁度線香に印刷しているのを見て、我が社が通常のパッド印刷機でも印刷している、しかもUVインキで印刷しているので、「なんでもくん」では出来ないかと質問された。
 UV仕様の「なんでもくん」もあるが、UVインキは温度で粘度調節するので高くなる、そればかりでなくUV乾燥機が必要になる。UV乾燥機は結構高額で我が社のなどは5百万円以上はする、チョットした名入れ印刷をするのには現実的ではないと答えて置いた。
 今日は私の中学校時代の同窓会が有楽町で有る、しかも11時からと言うので、帰ってくるのが夕方近くになってしまうだろう。
 

今日は「なんでもくん」の研修がある。

 昨日は足立区の産業経済部の部長さんから課長さん、ものづくり振興課の皆さんが揃って工場見学にお見えになった。場内が仕事が集中していて整理整頓出来てなくてめちゃめちゃな状態になっているので見て頂くのが恥ずかしかったが今当社がやっている仕事の内容は一通り見て頂いた。区内の足立ブランド認定工場を一通り訪問して下さるらしいのですが、次に訪問されるところは整然としている会社だから安堵するだろうと思う。
 今日は「なんでもくん」を引き取りに来る方が居るが、一通り版製作から印刷までレクチャーして欲しいと言うので、お帰りになる時は印刷のプロになってもらえると思う。新しい「なんでもくん」ユーザーが増える事が一番楽しい、新しい繋がりが広がりパッド印刷の同志が増えて行く、アナログ技術が心と心が繋げるからです。その会社の発展に役立つ事が一番楽しいし嬉しい。ある会社は事業が発展し社名迄変わった。パッド印刷の持つ高付加価値性を十分生かしてくれている。
 今日見える方達にも従来とは違う会社に変える位努力をして欲しいと念を込めてレクチャーするつもりです。

久しぶりに朝風呂に入った。

 私は滅多に風呂に入ることが無い。我が家の風呂は循環風呂で24時間何時でも入れる事になっているが、これは家内が風呂好きだからです。私は風呂に入っても石鹸を使って洗うことが無い、石鹸は体中の垢を落としてしまうからです。垢も皮膚の一部であって体を外敵や体の保温に役立ち体を守ってくれている大切なものと知っているからです。お蔭さんで私は風邪をひくことが全くありません。
 今朝もオムロンの体組計に乗ったら、BMI,体脂肪も基準値で体年齢は53歳と表示が出ている。体年齢はこの十年くらいあまり変わったことが無い。一時63キロぐらいに太った時があった、その時年齢に近い値が出たが、絶食したりして酒もよく飲むが、飲んだら食うな食ったら飲むなを貫いている。酒と食べ物を同時に大量に取り込んだら肝臓も参ってしまうだろうと思うからです。
 体重は若い時と同じくらいの59キロ前後になっている。私は具合が悪いからと言って医者に行くことが全くありません。区から無料の健康診断の誘いも来るが、3年ほど前に一度だけ冷やかしに診断したら基準値を超えるものは何もなかった。今年も肺炎のワクチン接種の勧めがあったが、ワクチンなど恐ろしいものと思っている。
 私は自分の体のメカニズムを知っている、また「食は医なり,医は食なり」とヒポクラテスの言う事を守っている。薬は飲むな、月に一度くらい食べない日があれば病気になる事は無いとも言っている。
 自分の体は自分しか守れない、自分の健康を他に委ねない。自分の免疫力は自分でしか出来ない事を知っている。
 最近「空腹こそ最強のクスリ」と言う本を見た、16時間くらい食べない日をつくれと言っている。この本で言っていることは私と同じでよい本だと思う。「がん、認知症、糖尿病、高血圧、内臓脂肪、疲れ・だるさ、老化」を克服できると言っている、一読の価値はあると思う。
 

今日から「あだち新製品開発講座」が始まります。

 私はこの講座の副講師を務めて10年になります。受講者の新製品開発のお手伝いをするのですが、これまでの経験を生かして参考意見を言わせてもらっています。
 受講企業の会社訪問もさせて貰いますが、その企業の得意の技術や素晴らしい設備などを見るにつけ私が学習する事が多いのです。
 自社技術や設備を得意先からの仕事に役立ているだけの事が多いのです。その作業を繰り返してるのが仕事だと思っている所が多いのです。
 仕事とは何ぞやと言う事を理解してもらい、自分の強みを生かした新しいマーケットや自分ならではのマーケットを創造することを知って貰います。
 この講座を受講して大成功している人にも経験を生かした講師として講話して貰っています。この講座に新入社員に参加して貰い社員教育に役立てている企業もあります。
 半年余りの講座を受けて人が人として成長する様を見るのが楽しみになっています。

パッド印刷に関心のある人は増えている。

 昨日当社の前で入ろうか入るまいか逡巡している人が居たらしい、家内がそれを見て声を掛けて入る事を勧めたと言ってたが、恐る恐る入って来た。
 話を聞いたら我が社が何を仕事にしているかを知りたかったらしい。外に見えるように「試作工場」と言う小看板を配置あるのをたびたび見ていたのでのだろう。この人は名のある住宅の改装をする会社の営業マンで、客先に向かう途中にある我が社に関心を持っていたらしい。
 この方は自分の趣味で革小物を作っているらしく、その革小物に印刷が出来ないかと考えていたらしい。社内に入って色々なものに印刷してあるのを見せて何にでも印刷が出来る事を知って貰った。
 時間が有ると言うのでその人の会社名の版を作って印刷もして見せた。10分足らずで版から印刷するまでも見せた。そして前もって予約して貰えれば土曜日には時間貸で印刷も出来ますよと言ったら、土曜日も勤務だが、有給休暇を取って来てみたいと言っていた。自分が造ったものに名入れ印刷が出来ると知り、先行きが楽しみになった、出来ればそれを販売する事も考えていると言っていた。
 午後には今東京駅に居るがこれからそちらに伺いたいがと言う電話が入った。大丈夫ですよと答えたが、この方は地方から東京に来た人だと思った。日暮里駅から日暮里舎人ライナーに乗れば10分少々で江北駅に着きますと言ったら直ぐ行くと言うので、日暮里何時何分発のものに乗るか連絡すれば駅まで迎えに行くと言って置いた。そうしたら程なく電話が入り駅まで迎えに行ったら、神戸の方で所沢に要件があって来たらしいが、ついでに我が社のパッド印刷に関心があったので寄ってみたと言っていた。
 早速その人の販売しているプラスチックのスプーンような物に版を作って印刷して見せたら、「なんでもくん」の購入価格はどれほどになるかと聞き、早速欲しいがその前に息子を連れてくるから一から教えてやって欲しいと言って帰って行った。あらかじめ我が社のホームページを見てからお出でになると良いですよとは言っておいた。これまでは印刷を外注していたらしいが、内製化出来るのを知って喜んでいた。雰囲気的には直ぐ来たいと言う感じだった。
 
 

5色印刷は受け冶具がものを言う。

 我が社には長年続いている定期的な仕事がある。その仕事は家内が担当をしてまして当社の重要な仕事に一つになってます。長年やっていても何処か更に印刷し易くより品質を揚げたいと工夫する。
 今回は版を作り直し冶具の装填方法も変更して見たいと言うのでその冶具を効率よく配置する方法を根本から変えた。精細な5色印刷するので位置が狂う事は避けなければならない。横を縦に変えるような変更だったので大変な作業にもなってしまった。
 肉眼で合わすのは無理でルーペを覗きながら位置を確定する、ルーペの文字も目盛りも私は老眼になっているので、ハズキルーペを重ねて見るのですが、指のちょっとした動きでも狂ってしまうので中々位置を確定できない、それを何とか位置を確定できたが神経が疲れた。途中で電話が入って中断したりしていると一からやり直さなければならなくなってしまう。時間が掛かったが何とか出来上がった。
 今日はその印刷テストをするが、以前より良いものになるか、効率も良くなるかやってみたい。ところが今出張中で居ない、それにおまけに右腕と言っても良い職員が昨日途中で風邪の症状が悪くなり早引けしたが、2,3日休むことになりそうだ。最近の異常とも思える天候の変化に体調を狂わせたのかも知れない、これまで体調が悪いと言って休むことなどなかったと思う。
 異常な天候の低温が桜の満開を長引かせた、そのお陰で春の千本桜まつりは大変な人出で大賑わいだった、雪合戦も想像以上の賑わいで区の職員も大喜び、雪玉製造機の生みの親の大塚先生も喜んでいた。

爽やかな「なんでもくん」研修が出来た。

 昨日お見えになった方は創業23年目の会社の社長さんで、私と同じようなサラリーマンでしたが一念発起して独立した方だった。金属加工部品を一個からでも造るニーズに応えている会社で、その一個のもへの印刷依頼が有った時は外部委託で応えていたらしいのですが、一個でも版代や印刷代が高く掛かるのを承知していました。
 今回お出でになる切っ掛けは当社に20センチ角のプラスチック容器の4面に印刷する見積もりを依頼されて見積書を送りました。4面それぞれに版代が掛かり、一面づつの印刷代もそれなりに掛かってしまう。社長さんは私のブログを時々読んでいて自社で印刷は可能だと知っていました。それを自社で印刷が出来るだろうと言う事でお見えになったのでした。
 社長さんと同道していた社員は中国人の若い美形の女性ですが、中国方面の仕事は彼女が担当している実力のある方のようでした。
 20センチ角のものを印刷するには通常の「なんでもくんANG-4」では無理で、それを改造したものが有って20センチ角のでも印刷出来る仕様になっている「なんでもくん」を用意しておきましたが、今回はそれでなく標準機で印刷体験したいと言う希望でした。
 標準の「なんでもくん」に替えてレクチャーする事になりましたが、製版は通常私がやって見せてから自分でやってもらうのが常ですが、昨日は私が指示した通りに自分でポジと版をバキュームクランプにセットしてもらって、ポジ1分網掛け3分で焼き付け、水で現像、乾燥まで全て自分でやってもらった。後露光は昨日は天気が良く太陽光で出来ることも知って貰った。その後露光は露光機でやる場合は5分以上露光しなければなりませんが、太陽光だとほんの数分で済んでしまう。彼は喫煙者なので外で一服する間に完全露光が済んでしまった。
 場内に戻り、版のセットの仕方を教え、印刷する何かを持って見えてないので彼の喫煙具のアイコスに印刷してもらった。印刷位置が決まるまでIPアルコールで何度も拭きなおして、気に入った位置を確定し、二人に印刷体験をして貰った。二人とも印刷するコツも知った、アイコスには新しいバージョンのものが有ってそれにも印刷してもらった。その後版を洗浄し、印刷修了の清掃の仕方もしってもらった。
 レクチャーが終わった後、彼の会社は神奈川県の相模原市で、私がサラリーマンだった頃3年ほど相模大野に居たので懐かしい話もできた。また中国人女性は、天津市の生まれで、私が初めて中国に行って天津市の有名な大きな寺院で線香に印刷する設備の交渉に行った時泊まったホテルなどよく知っていた。天津での思い出話なども出来た。お陰様で爽やかな気分になれた。

パッド印刷の可能性は面白い事ばかり

 昨日は畳表のゴザに印字したいと言うニーズに応えるべく新兵器を開発した。畳には等級があるらしく今までシャチハタのハンコで印字していたが、それがはっきりと印字出来ないばかりでなく畳屋さんに届く前に消えてしまうらしい。ハンコは凸版なので畳みの目に乗るインキの量も少なく、読み取るのも難しいし、畳表には微かに粉が付いているので落ちやすい。
 足立ブランド認定企業でもある畳屋さんが畳表を加工したグッズを開発したものが有った、そこで畳表にパッド印刷でネーミングするのに役立ったことがあった。パッド印刷は凹版なので凸版よりインキの量も多くしかも柔らかいシリコンパッドだからわずかだが畳の目にも入る。手で触ったくらいではインキも落ちない。
 先日熊本の畳の製造に関る方々がお見えになった時、パッド印刷方式の畳表に印字する機械を造って欲しいと頼まれていた。6月にはこちらから出かける事になっている。ぱっど枚数が多いのでどういう方式が良いのか現場を見てみないと分からないが、とりあえず手でぺたぺた簡単に押せる方が良いだろ思い、パッドに直接ハンドルを取り付け、手でインキを拾って押してみたら簡単に印字は出来た。
 昨日はタイミングよく「なんでもくん」ユーザーでもあるジリリタさんが見えて、木工が得意だと言うのでハンドル部分を造ってもらう事にした。私が簡単に付けたものより製品らしくなるだろう。これはパッド印刷と言うより、パッドハンコと言っても良いかもしれない。パッド印刷をしていると色んな面白ことに出くわす、だから面白くてしょうがない。
 昨日は先日ゴムケーブルに印刷試作をした所が、ゴムに印刷が出来るのが分かったから、今度ゴムケーブルを持って見えて印刷するのを見たい、またやってみたいと言うので、岩手県からお見えになるので日程は先方の都合の良い日に決めた。

日銀短観

 日銀が4月一日に発表した3月日銀短観は、景況感大幅悪化「大企業製造業は現政権最大低下−世界経済に減速懸念」とあった。3か月後は更に悪化すると言ってる。新元号でお祝い気分で世間は賑わっているが、新元号に変わる5月も景況感は悪い事になっているようだ。
 景況感は昨年から元々良くなかったが、我が社の取引している「なんでもくん」ユーザーは景気とは関係なく成長していて呉れている。何故そう言う事が出来るのかと言えば毎日消耗品のリピート注文が入らない日は無いからです。
 元々これまでの仕事を繰り返して継続していても先細りになると言う危機感を持っている人は多かった。その現状打破するのにはどうしたら良いのかと考えた時、印刷の持つ付加価値性に気付いた人が自社製品に印刷が入っているのと入って無いのとでは価値観がまるで違ったものになると気が付くのです。印刷方法をネットで探したらパッド印刷が良いと分かったが、従来機器は高く現実的ではない、そこで投資リスクの少ないリーズナブルな「なんでもくん」を見つけた人達が多くいます。
 現実に印刷を入れたら自社製品が売りに売れて生産が間に合わなくなってしまった所もあります。今は製造所を増設したので消耗品を発送する所が2か所になっています。
 過去には自分で開発したものが世界特許も取るような商品を開発して売れに売れてきたが、その商品にはパッド印刷でなければ印刷出来ないものだったのです。そこで近間のパッド印刷業者に印刷依頼していたのですが、その印刷が出来上がってこなければ出荷出来ない状態なのでパッド印刷を内製化出来ないかとネットで探したのが「なんでもくん」だったのです。
 社長が我が社に何度かお見えになって親しい間柄になったのですが、当時経理担当だった人に我が社の「なんでもくん」研修に来させてパッド印刷の内製化に成功しました。その人は今では工場長になっていますが、インキの注文も毎月2キロは購入して頂いてます。その他版や洗浄剤なども半端でない数量になっています。パッドも10個も注文が入った時は在庫していたパッドが払拭してしてしまって一時欠品状態になったのには驚かされました。今では相当大きな会社になっています。それも他には真似できない特許製品で世界中に売れているからです。社長のアイデアですが、人の役に立つものを開発したからです。
 私は「あだち新製品開発講座」の講師になって10年経ちますが、自分の頭で考え自分の製品を開発する事を手伝っています。新製品には知財権を設定し自分の強みとし、自分独自のマーケットを創造する事を教えています。受講者には途轍もないマーケットを創造した何にん人もいます。
 今月12日からこの講座が始まります、募集は10日が締め切りですが、足立区に知り合いのある人は紹介してあげてください、他区から参加する人も居ます。面白い講座です、よろしくお願いいたします。
 

 

新しい年号が決まった、令和だと言う。

 新年号が令和になった。私に祖母は江戸時代の文久の生まれだと言う、私の母は明治の最後の年の生まれだった。長女は大正12年生まれ、長兄は昭和元年生まれで私も私の子等も昭和の生まれだった。私の孫たちは平成の生まれです。
 西暦で生まれ年を言うより年号で言う方が歴史を感じさせてくれる。昭和時代は太平洋戦争があり過酷な時代でもあったが、日本は敗戦し、戦前と戦後に分けられる。戦後生き残った人達は生きる事に一生懸命だったが、全てを失ったので人と人の繋がりが強くなり、人情溢れる時代だった様におもえる。
 戦後生き残った日本人は知恵と努力で経済を引っ張って行った。高度の成長期を経て果てはバブル時代まで演出してしまった。バブルが崩壊して平成時代になった。平成時代はバブルを清算するような時代だったようにも思える。平成時代の後半から人口が減り始め少子高齢化の時代になってしまった。
 人口が減り始めている少子高齢化の時代は経済運営も難しい事になっている。持つ者と持たない者の格差が大きくなってしまっている。令和の時代はどのようになってゆくのか、夢がある時代を構築できるか褌を締め直さなければならない状況になっていると思う。新元号を祝う人が多いが、これをきっかけに何か新しい事が始まる事に期待したい。
 私は元号が変わったからと言って変わる事は無い、ただひたすらにパッド印刷の伝道師として人の夢のお手伝いをして行くつもりでいる。パッド印刷で成功している人を見ると元気が出る。新元号が印刷の仕事を一時は増やすだろう、それを使って飛躍して欲しいと思う。

NHKの朝ドラが変わった。

 私はNHKの朝ドラ「おしん」を見た時からずっと毎回見ている。このドラマから人気タレントになっている人を多く輩出している。おしんを演じた小林綾子さんなどその後女優として活躍している。
 前回の「まんぷく」も十分楽しませてくれた。日清食品の創始者がモデルになっているので、いろんな試練の場面があったが、最終的には大成功すると知っているのでどんな辛い場面でも安心して見ていられた。
 月曜日から「なつぞら」と言うドラマが始まるが、私は大分前から題名は知っていた。何故ならこのドラマの題字をある靴数種類何足かにパッド印刷の依頼があった。その時この題字を印刷する事は絶対に世間には漏らさないで欲しいと念を押されていた。どの放送局か知る由も無かったが、いずれにしても放送が始まる前に知られないように、当社に出入りする人誰の目にも止まらないように注意していた。
 靴は普通の靴でなく印刷し難いものだったので当社に依頼が来たのだろう、パッド印刷を仕事にしていると面白い仕事に出会う事が多い。テレビ局の取材も何回もあった、そのお陰で「なんでもくん」の売れ行きが集中する事も何回かあった。
 反響が一番凄かったのが、「ぶらり途中下車の旅」だった。「日暮里舎人ライナー」が出来あがったばかりの頃で、私がバラの花に印刷して見せたので花屋さんが何軒も来た。またパッド印刷とはどんなものかと、ほとんど野次馬的な冷やかしの人が連日見えていたが、何人かは「なんでもくん」の購入に繋がった。米粒に印刷して見せたので、ネットで米粒に印刷と検索すると「ぶらり途中下車」の時の映像を見る事が出来る。それで精細な仕事がパッド印刷で出来ると色んな企業の開発技術者が来たり、米粒に印刷して欲しいと言う依頼も来た。米粒にPRを印刷して「世界最小の広告」と言って電通がJRの主要な駅で広告掲示板で公開したのが話題になったこともある。
 パッド印刷、特に「なんでもくん」と言う卓上手動式のパッド印刷機は他には無い当社独自のもので、何にでも印刷が出来てしまう。また、製版も短時間で誰にでも出来てしまうのが特徴で、少量多品種のものへの印刷では威力を発揮する。形のあるもの何にでも印刷が出来ると面白いし楽しい、だから大好きになってしまう、私はパッド印刷を何十年もやっているが、飽きることが無い。
 最近本屋に寄ったら、「好き」を仕事にして生きると言う本を見つけた。堀江貴文さんの著書でマンガで、これからは「好き」でなければ稼げない、と言って「行動する事だけが価値を持つ」と言うことをマンガで描写している。次世代を生きる参考書と言っても良いだろう。
 私は4月から始まる「あだち新製品開発講座」の副講師を何年もやっているが、この講座でも何時でも言うのが「行動を起こせ」行動をしなければ結果が出ないと言う事で、「自分で考えたものを創る」その結果が始まりになる。頭の中だけで考えていても何も起こらないと言っている。自分の創ったものだから好きになれる、好きだと飽きることが無くなり、好きだからいくらやっても疲れない。ちょっとでも進化すると嬉しくてたまらない、ますます好きになる。
 私はパッド印刷が大好きで毎日が楽しくてしょうがない、好きな事をやっているから病気になることも無いのだろう、何十年もの間具合が悪いと言って医者に行くことも無い。私はパッド印刷が好きでその技術を人に教えるのがまた好きなのだ。パッド印刷で成功する人は少なくない、その結果がまた大好きで色んな人との繋がりが出来る。印刷が上手く行っていると言う報告を聞くと嬉しくてたまらない、今週も「なんでもくん」研修に来る人が居る。また新しい仲間が増えるかと思うと楽しくて仕方がない。
 今日から新しい年度が始まる、5月には年号も変わる。新しい時代が始まるような気がして張り切らなければと思っている。
 
 
 
 
 

足立区長から感謝状を頂いた。

 3月25日に区のシティプロモーション課の方が区長の感謝状を携えてやって来ました。「貴社は足立区の大学生地域活動プラットフォームに参加し地域と大学生のつながりを広めることに貢献されましたここに深く感謝の意を表します」3月25日 足立区長 近藤やよいと表して有った。近藤区長が提唱している「協創社会のプラットフォーム」を構築しようと言う呼びかけに応えていた。それに感謝されたのだろう。私は足立区で生まれ、足立区で育った足立大好き人間になっている。長年足立区に住んでいるが今まで近藤区長以上の人とは出会ってない、近く改選があるらしいが区長はまだ若い、何期目になるか知らないが次期にも期待したい。
 我が社には大学生に限らづ中学生も来る、今年も仙台の宮城野中学生が5月に来る事になっている。あらが締め中学生の名前の版を作っておいて持っているものに自分の名前を印刷してもらったり、自分の名前のハンコを作ったりして貰う。良い記念の土産として皆大喜びして帰る、そして必ず礼状を送ってくる。その礼状が一人づつ感じたことが違う文章を読むのが面白いし楽しみでもある。私は大学生にでも中学生にでもものづくりの楽しさを伝える。
 パッド印刷などと言う印刷技法を知るべくも無いが、それを体験すると皆嬌声を挙げて喜ぶ、展示会を含めるともう何千人の人に喜んでもらったか分からない。それでも私はパッド印刷に飽きが来ない。
 昨日に続き今日も大きなバケツに印刷する、これはシルクスクリーン印刷だが、印刷のし難い部分に印刷するので印刷のテクニックが要る。版の作り方にも工夫が要る、何処に持って行っても断られた代物らしいが、我が社では毎年決まった時期に来る仕事として楽しませてくれている。
 一昨日「あだちものづくりゼミナール」の定例会があったが、このゼミの半数は女性でもある、女性もものづくりの感覚は男と違った感覚が有るのが面白い。
 このゼミのお陰で足立で「雪合戦」が舎人公園の千本桜祭りで初公開される、このゼミで開発された「雪玉製造機」が切っ掛けになっている。従来の雪玉製造機は女性など扱える代物ではなかった。我々の雪玉製造機は女性でも子供でも作れる、この雪玉製造機は世界に売れるものになる可能性もある。また地域に雪合戦のチームが増えてゆくだろう、足立のイベントとして定着する事になるかも知れない。
 一つのもづくりが地域から世界へと広がってゆくのが面白いし楽しい。 
 
プロフィール

パッド印刷の伝道師

なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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