なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

連日環七大渋滞

 昨日は足立区役所で10時から足立ブランド認定証授与式に出席する務めがあったので、会社に行き家内を会社に降ろし、直ぐ区役所に向かう予定だった。前日天気が快晴だったので西新井陸橋、江北陸橋とも雪は凍結など無いだろうと思い出かけたら、我が家の近辺は普通通り車が走っていたのに青井6丁目辺りから渋滞が始まり、動かなくなってしまった。青井6丁目から環七に並行してるわき道に入り、4号線近くまではスムースに行ったが、4号線を突っ切る信号で環七を避けてる車が多く、信号4階待ちほどで通り抜けた。
 ところが旧道に出る所に渋滞が有り、選択を失敗したと思ったが、信号直前にクレーン車が止まり片道を塞いで交互通行になっていたので渋滞してたのだった。よりによってこんな時に工事をしているのに腹が立ったが、クランク状の信号を取りぬけると西新井駅東口まではスムースに走れたが、時計は9時を過ぎていた。そこから環七に出て会社に着く時間が読めない、申し訳ないが家内に降りてもらって西新井駅の西口に出てタクシーかバスで会社に行って貰うことにした。
 私は東口から取って返し区役所に着いたのは9時20分で、式典が始まる時間には早すぎたので4階の産業振興課に寄ったら一人職員を残し全員会場の方に出向いていた。そこで少し時間つぶしにお茶など頂いて35分位に会場に入ったが、その時認定式に出る会社から環七を通り抜けるのに時間が読めないと電話が入っていた。
 会場に入ったら既に2社ほど区長に説明する為の展示テーブルに展示品をセットしていた。2社とも私とは旧知の企業で、そこに到着した企業も私の良く知る会社だった。ややしばらくして足立ブランド推進事業委員長の東京電機大学の阿高名誉教授が見え、もう一社がきたが、電話のあった1社は時間内に来られなかった。
 軽くリハーサルをして、定時になったので区長も入場し、式典は始まった。一社を除いて各社に「認定証」が手渡され、各社の挨拶が始まったころ遅刻していた会社も来て授与式は終わった。
 阿高教授の各社の審査の講評を聞いた後、チーム「FC足立」交流会の会長の私が来賓として祝辞を述べさせてもらい、今後の活動なども紹介し、式典は終わった。
 足立区長に展示されている製品を見てもらいながら各社の技術を説明し、見終わってから記念撮影、区長と手を重ねての写真なども、主催者側や足立朝日に記者が撮影して会は終わった。
 式が終わった後、阿高教授を梅島駅に送った後会社に向かったが、会社に着いたのは11時45分位だった。そこで娘に1時から始まる「あだちメッセ出展説明」に出席して貰うので車を乗りだしてもらった。家内も会社に着いたのはバスもタクシーも無くやっと来た国際興業のバスに乗れたが、動かないバスを降りて江北陸橋から歩いて帰って来たので11時頃だったと言っていた。
 帰りの時間になっても環七の渋滞は変わらず、ナビの言うとおりに走ったが、渋滞は避けたが時間は大分掛かった。今日はどうなのか気掛かりでもある。
 

昨日は雪かきに精を出した。

 私が借りてる駐車場は露天駐車場だから雪が降ると車は雪に包まれてしまう、自宅は集合住宅だから三十台以上が整然と並んでいる。それを9階から眺めるとそれなりの景観を楽しめるが現実的には雪を払って乗車するには雪を払わなければならない。
 出勤前に雪を払っておこうと室内の天井をなど高いところを清掃する器具が有ったのでそれを持ち出し駐車場に行ったが、未だ人が歩かない新雪に足を踏み入れるとかなり深い。ゴム長靴が有ったはずなのに探すのも面倒だから革のブーツを履いていった。
 車の屋根の雪を払うのにも一度に払うわけにいかず小刻みに落とすしかなかった。側面にも雪がかなり付着していたがそれも道具で払い落とすくらい雪の量が多かった。細かい所は手で払ったが時間にすれば30分以上は掛かったろう。
 隣に駐車している人も出掛けるのだろう、布で側面の雪を払っていたが天井は無理だろうから道具を貸してあげた。私の車より大分小さいので同じくらいに終わったが、早速出掛けて行った。
 会社の近くに住む娘から電話が入り、孫が入試の願書を出すので早朝に出かけたが、環七は大渋滞で動いてない、バスも来ない、今日は会社を休みにしたらどうかと言っていた。
 納期が迫っているものもあり、全休にすることはできないと思い、環七を見たら少しは動いていた。多少遅れても会社に出かけることにしたが、普段であれば15分ほどで着くのにおよそ1時間ほど掛かって会社に着いた。陸橋の上の雪が融けないのでスリップし易い、坂道は滑り止めを装着してないと難しい、凍結してなければ走る要領はある。私は全くスリップすることなく通り抜けた。
 着いたら早速区役所の産業振興課から電話が入り、今日の足立ブランドの認定式についての打ち合わせや、2月1日の鹿沼のビジネスマッチングに付いての打ち合わせがあった。それにパッド印刷やシルクスクリーン印刷の見積もり依頼の電話やメールでの問い合わせが4件ほどあったりした。休んでいたら仕事を逃してしまう事になったかも知れない。
 3時過ぎには仕事の手を止めて、我が社の前に車は1台しか停められないので前に借りている駐車場の雪を払う作業をした。借りてる駐車場には日が当たらないので融けることは無いので雪を退かさなければならない。
 前日車を停めてないので雪の量が半端でない、覚悟して雪かきをしたが、スコップで掬った雪を駐車の邪魔にならない所に積み上げなければならない。昨日は朝から筋肉労働を強いられた。
 昨日は今日がどうなるかを確かめるために雪掻きが終わった後、後は娘に任せ4時過ぎには会社を出た。江北陸橋、西新井陸橋とも雪は道路端に少し残っているだけだったが道路は濡れている、それが凍結するかも知れないが、昨日のようにはならないだろうと期待している。足立ブランド認定式は10時からなので遅れるわけにはいかない、事情に因ったら直接区役所に行かなければならないだろう。
 自然には人は敵わない、TY放送では北陸もかなり積雪している言っていたが、先日お世話になった長岡の方に電話したら、私達が世話になった日以降に雨が降ったり晴れたりして雪が解けてしまったと言っていた。そうかと思うと草津温泉の近くで突如噴火があって、何人かの犠牲者が出たと言うニュースが有った。誰がそんなことを予測しただろう、自然と言うのは恐ろしい。今もテレビで富山、新潟に1メートルの積雪があると予報をしている。予報が外れることを願う。

足立区 第12回産学連携交流会With東京電機大学

 金曜日の午後には3時に始まる「足立区 第12回産学連携交流会With東京電機大学」に行ってきました。講演会の内容に「カーボンナノチューブとその応用」と言うのが有り、それを聞きたいと思い参加したのです。
 カーボンナノチューブを発見したのは名城大学院理工学研究科の終身教授になっている飯島澄夫さんですが、飯島さんは足立区立第四中学校卒で私と同級生だったことがある人です。飯島さんは埼玉県の越谷の人でしたが足立4中に越境入学したのです。私も本来十中が地域校でしたが越境入学しました。世界のビート・タケシもお母さんが教育熱心な人で、小学校(梅一)も四中も私の後輩で彼も越境入学者です。当時の四中は進学校で近県でも超有名だったのです。
 飯島君とは入学式で隣り合わせになりましたが、初めて会った彼から声をかけられ、いきなり「君、成績が良いんでしょう?」と言われたのが印象に残ってます。
 当時の足立4中には近県から大勢越境入学した人が多く、飯島君とは1年生の時同級だったのです。彼は上野高校に進学し、私は江北高校に進学しました。上野高校には15人、江北高校へは120人も入学したので高校に行っても見た顔ばっかりで少しも緊張感がありませんでした。当時の江北高校の教諭連は江北の方が上野より学力が上だと自慢していました。
 飯島君は東京電気通信大学に進んで卒業後、電子顕微鏡に取りつかれたと言う話を聞いたことがあります。結局電子顕微鏡を自分で創ってしまったと言う話も何かで見ました。
 彼は文化勲章を受けましたが、再々ノーベル賞にはノミネートされています。今度こそと期待してますが、中々実現しません。カーボンナノチューブが実用化され、世界中にその有効な技術が伝われば、ノーベル賞は間違いがないと思っています。
 今回のセミナーで
第1話は「カーボンナノチューブの応用」とあるのでどんな風に応用されているのに関心が
ありました。
 東京電大の理工学部の助教が電気特性と応用例技術を色々説明してくれましたが、
成型可能なものなので何か具体的な製品を見せてくれればなと思った。宇宙エレベーターなど夢が 有って良いなと思っているが何時実現できるか分からない。
第2話は「複数の熱物性値を同時決定するための測定法の開発」
 この話はまるで縁が無いもので理解し難い説明でした。
第3話は「熱で探る物質の世界ー熱の測定法と材料開発への応用」
 この話も私が研究者でないのではないので面白くは感じなかった。
第4話は「簡便・迅速・高精度な粘度測定法の開発」
 この話は私も印刷インキの粘度で悩むこともあるので面白い話だった。
 終わった後の名刺交換会は色んな人と会話が出来楽しかった、最近当社にお見えになってあるビッグビジネスに発展するかも知れない二人にも出会った、今週我が社にお出でになることになっている。懇親会費は1000円だったがビールも飲み放題つまみ類も寿司も食べ放題、豪勢な立食パーティーと言う感じだった。
 

素晴らしかった長岡行2

 日曜日の長岡の夜間は降雪30僂發△辰燭、早朝から雪は止み上空の雲に日の光が反射して徐々に明るくなった。天気予報に反してやがて雲は一掃され快晴になってしまった、10時にホテルに迎えに来て頂き酒造所巡りが始まった。
 ホテルニューオータニの朝食はバイキングだがご当地の食材、特にご飯は抜群に美味しかった。流石に近年の雪国の除雪システムは素晴らしい、主だった道路は融雪装置が稼働し積雪などしてない。夜中の積雪は30センチほどあったはずなのにのに道路上は全く雪は無い、おまけに天候は快晴だったので昼過ぎには道路は乾いた状態で平常通りに走行で来た。有料道路など100キロ位のスピードで走れていた。昔のようなタイヤチェーンを巻いていて走る車は無く、普通の道路を走るのと全く変わりない。
 山の麓までの広い雪原を見て家内など大感激、生まれて初めて白一色の大雪原見たのは私も同じ、雪の下には酒米やコメの田が眠っているのだろう。春には緑の田圃に変わるのだろう。
 山の麓に小さく工場らしき建物が見え、そこに行ったら酒造りの工場だった。工場の近くに八海山の社員食堂が有り、一般の人も入れるようになっていた。メニューは日替わり定食が有って、私らが入った時は一人分しかなかった、肉と魚のメニューが有ったので私ら夫婦は魚を選んだが、その魚は鰈だったが大きな切り身でそれだけで腹が満たされるような大きさだった。ご飯はコシヒカリだろう,何杯でもお替り自由で、味噌汁も何杯でもお代わりできるようになっていた。
 満腹した昼食後は人気の久保田の酒蔵や玉川酒造の酒蔵を見学し、玉川酒造
土産物を少しづつ購入し、越後湯沢駅まで送って頂いた。上野に着いたのは5時過ぎだったが兎に角中身の濃い二日だった。
 このような珠玉のような2日間をプレゼントしてくれた方と縁を作ってくれたのも、「なんでもくん」が無ければあり得なかっただろう、我ながら自分を褒めてやりたい気分になった二日間だった。これからも一層パッド印刷の伝道に励む勇気を頂いた。

素晴らしかった長岡行

 「なんでもくん」「ころまるくん」ユーザーでもある新潟県長岡市の特殊印刷屋さんからの招聘を受け2日間、家内と二人で長岡を満喫してきました。
 送って頂いた上越線の乗車券はグリーン車で最高の席、行きも帰りもグリーン車だった。出掛ける前のの新潟地方の天気予報では降雪予報や気温予報は厳しいものだったので覚悟して行きましたが、気温も降雪も言われるほど厳しくなく、駅に着くなり宿泊先の「ホテルニューオータニ長岡」に案内され荷物を部屋に置いてから昼食に名物のへぎ蕎麦を食べに行ってから会社に案内されました。
 4名ほどの作業員を前にパッド印刷「なんでもくん」の開発の経緯やパッド印刷の可能性について話させてもらい、製版も実演し、製版も社長だけにさせるのでなく自分達でも積極的やる事を勧めた。場内のドライラックには何種類かのシルクスクリーン印刷で満杯で忙しい会社であることは直ぐに分かった。忙しい合間に私を呼んだのは全員が何でも出来る社員になって欲しいから私をあえて呼んで話を聞かせたかったからだろうと思う。
 長岡は色んな企業の集積地の一面もあり、仕事はふんだんに有る所だろうと思う。パッド印刷するような印刷屋は長岡には此処しかない、今では長岡の造形大学の学生も勉強に来るほど有名にもなっている。
 社長はこの土日を休みにしたいので、徹夜してでも急ぎの仕事を済ませようと思っていたが、ある印刷方法と治具を駆使したら、2時間で終わってしまったと言う。治具つくりの名人と言っても良いのではないかと思う。
 話は2時間そこそこにして社長の長岡の銘酒案内が始まった。長岡駅にもどり利き酒コーナーに案内された。
IMG_1132
長岡には酒蔵が90蔵位あり、それぞれの特徴を生かした酒造りをしている。東京でも有名な酒全てが利き酒コーナーには揃っていた。社長おすすめの酒を5種類ほど飲んだがどれも旨かった。
 その後に社長行きつけの山葵と言う飲み処に案内された。
山葵
長岡は魚介類も豊富で鍋も寒ブリのシャブシャブや私の好きな牡蠣も変わった味付けで絶品と言っても良かった。
 一升瓶でボトルキープしていた酒も旨く楽しい酒会だった。二日目は長岡は快晴で天気予報は全くはずれ、昨日の体験を書くとしたら途轍も無く長くなってしまうので今日はここで終わる。

 


 

新製品にロゴ印刷

 昨日仙台からお見えの方はデザイナーでおそらく二人で共同開発した製品を売り出し、新会社を設立したように見受けられた。東京に用件があり2社ほど訪問した後に見えたらしい。
 開発した製品は特別なベルトで依然そのベルトにロゴ印刷をする試作印刷を依頼された事があった。ごつごつとした布製のベルトだったが、凹凸ある所に綺麗にパッド印刷でロゴ印刷が出来ていた。おそらく介護医療現場で使うのかも知れないが、アルコール等の溶剤に強い印刷を望んでいた。
 試作印刷したロゴを少し変えたデータをお持ちになっていた。夕方近くで5時寸前だったが、折角遠いところからお見えになったので「なんでもくん」で印刷するのを経験して頂こうと閉店時間を過延長して版を作るところから印刷まで見て頂き、ご自身達にも印刷を体験して頂いた。
 今回は量産が纏まったらその分は我が社で印刷して欲しい、その後の分から自社で「なんでもくん」を購入し社内で印刷する事にしたいと言うのでメールで見積書を送ることにした。時間も遅くなったので娘が江北駅まで送って差し上げ、その後家内が今日長岡に出かけるので防寒用のものを購入して行きたいと言うのでアリオに寄った。娘が今日明日と車を使いたいと言うので、私は入れ歯の固定材が切れていたのでアリオで探したが無いので近くのドラッグストアに寄って購入し娘に我が家まで送ってもらった。
 土日は長岡に行くが新潟方面は降雪が激しく、鉄道が動けなくなって11時間以上も乗客が車内に閉じ込まれているとの報道があったが、上越の方は差ほどではないらしいので新幹線は正常に走っているらしい。降雪もピークは過ぎているだろうから出掛けるのは問題なかろう。
 久し振りの雪国行だから楽しみにしている。東京に住んでいる人から見れば豪雪は大変だろうと思うが、雪国の人は日常的な事で慣れている。私も若い頃米沢での豪雪には何度も出会い、スノウホワイトなども経験している。冬季でも毎月2度や3度米沢の電話機製造会社に行き来していた、雪が懐かしい感じもする。
 2日間雪国を楽しませてくれるお客さんの厚情に幸せを感じる、パッド印刷を続けていて本当に良かったと感謝している。

極精細印刷成功でお帰りになった。

 昨日お見えになった方は超有名なインキジェットプリンターのメーカーの開発部の方だった。我が社手持ちの版でテストしたいと言うので、300線の網点で表現してある極精細な画像で先方が持って見えた接着液5液全てで印刷をした。
 最初は我が社で使っている「なんでもくん」用のインキでガラス板の上に印刷して見せたら、この版で行きましょうと言うことになった。
 持って見えた数種類のガラスのコーティングの違うテンプレートにそれぞれ印刷したが、どれも上手く印刷が出来て感動していた。それぞれ手持ちされたルーペで確認されていたが、どれも満足していた。UV硬化のものや熱硬化のものばかりだったので版上で乾燥する事が無かったので印刷しやすかった。
 「なんでもくん」の価格だったら経費で帰ると言ってお帰りになったが、足取りも軽そうだった。
 

「未来クラブ」定例会

 昨日は「未来クラブ」定例会があった。昨日は珍しい人が出席したり、欠かさず出席していた人が欠席したり、不思議な現象もあった。
 昨年末に「足立ブランド」に認定された「パッケージアート」の小林さん、「TASKものづくり大賞」に入選した「スタッフデザイン」の田口さんの2企業が紹介され、正月らしい目出度い事から始まった。
 久し振りに出席した「あだち百景」主幹のTPSの鈴木さんが懐かしい資料を持参してくれた。1999年に「未来クラブ」の有志が集まり「未来都市あだち」と言う会社を立ち上げ、電気自動車のレンタル会社を起業した時の新聞記事や当時の「あだち産業まつり」今では「あだちものづくりフェスタ」と言うが、そこで電動スクーターなども展示し、評判にはなった時の写真を持って来てくれそれを回覧した。
 今でもそうだが当時の未来クラブのメンバーは地域活性に何をやろうか、何をやったら多くの人が集まるかと常に考え、直ぐに行動を起こす事が多かった。横浜の「ラーメン博物館」を見学しに行ったり、「キャナルシティ博多」を見学に行ったりして、足立区を活性化するには何をやればよいかの参考にした。電気自動車のレンタル会社は10年は早すぎた、先走って頓挫してしまったが楽しい思い出として残ってる。
 昨日の会の各社の近況報告では厳しい現実を吐露するところもあったが、とにかく今年はこう頑張ると発表していた。
 新しい取り組みとして「未来クラブ」はTOKYO町工場HUBの古川さんと足立区の中小企業と一橋大学が企画しているカナダの大学生とコラボで工場見学とワークショップを来月14日に実現するイベントを成功させようと言うことになった。
 「未来クラブ」についての記事を書くとどうしても長くなってしまう。

量産体制を構築

 昨年末に入荷した2,000本のボトルへのロゴ印刷を開始する段取りを昨日は構築した。ステンレスボトルですが送って来た段ボール数も半端でなく置く場所は店頭のショールームの壁沿いに積み上げておいた。重いダンボール箱を場内に昨日は半数の1,000本を運び入れ、開梱して印刷できるようにするため作業者は追われた。
 私はそのボトルの受け治具を造り、乾燥用の治具を造ることに専念した。金属印刷だから当然焼き付けと言う作業が伴う、それを手順良く出来るようにするのが私の仕事になる。指定された印刷位置を確定できる受け治具を造らねばならない。
 そのボトルのメーカーの有名ロゴが下部に既に入っている、横長のロゴの中心から注ぎ口までの中間に10センチ程の長さのロゴを印刷する指定されている。10センチの長さと大きめのマークパッド印刷とすれば大きい面積だ、パッドの選定にも試しながら決める。また既に入っているロゴ位置が確定してないのでそれに合わせる治具を造るのには工夫が要る。
 通常注ぎ口の真下に入っていれば位置確定す治具を造るのは簡単だが、如何言う印刷をしたのか分からないが一個づつがづれている、だから目検討で正確に位置を確定する定規付きの治具が必要になってしまった。
 一応昨日は印刷テストまで終えたので、今日から量産に入ることが出来る。来客や電話対応をしながらの治具作りだったから昨日は忙しなかった。
 

新年は今日から本格稼働

 今日が仕事始めと言っても良いだろう。今年の正月の過ごし方は例年に無い時間を過ごさせてもらった。体も心もリニューアル出来たような感じもしている。
 平成時代は今年一年で終わる、今年は時代の変わり目、激動の年になるかも知れない。だが私の仕事としては昨年同様にパッド印刷に明け暮れることには変わりがないだろう。
 昨年は面白い1年だった、「なんでもくん」は色んな場面で活用されていると思うが、特筆すべきは世界最小の広告、こればかりは「なんでもくん」が無かったら出来得ない仕事だった。この記事が「なんでもくん」の凄さを感じさせユーザーを増やす切っ掛けにもなっている。極精細の印刷相談で二日後に見える超有名な電機メーカーの技術者もこの記事を見たのではないかと思える。
 今年も静岡の中学校の生徒が工場見学に来ることは決まっているが、2月にはカナダの大学生10名が工場見学に来ることもほぼ決まっている。外国人の目にパッド印刷がどのように映るか、どのような反応を示すか興味津々、胸がワクワクしている。
 5日の日には区役所の前の広場で出初式を見た後、文化ホールでの新年名刺交換会に参加した。足立ブランドのFC会長として招待されたのだったが、新しい出会いが無くがっかりしてしまった。
 近藤区長の足立区の展望の話は明るく嬉しかったが、出席者の大多数が区の町会長連だった。ほとんどが高齢者で私が名刺交換したのは弁護士の人とある町会長だったが、立食パーティだったので立っているのが苦痛らしくその内椅子を持って来て座ってしまった。地元で育ったので区役所周りの古い昔の話は同町出来たが、歳を聞いて驚いた、私と同じ位だろうと思っていたが、なんと10歳も若い、仕事をリタイアしていてやることが無いので町会の仕事をしているらしかった。私の健康さあらためて感謝する次第だった。
 若い人と言えば「未来クラブ」のメンバーでもある区議2人と若い都議と握手する位だった。早々に引き上げようと思ったが、タクシー乗り場は長蛇の列、バスも「ときめき」の編集長に声を掛けられのはぐってしまった。待つのもバカバカらしいので会社には戻らずに環七沿いを歩いて家に帰って来た。飲みっぱなしの正月だったから少しは運動になっただろう。
 

懐かしい弘川寺

 元日は大阪に住む調子が悪いと言う娘一家を除いて横浜の娘と区内に住む娘の孫達が集まり我が家での新年会だった。狭い我が家に毎年孫達7人が来てくれるが、時々新年会場は大黒寿司を使っていたが元旦は休んでいるのでぎゅうぎゅう詰め状態で狭い我が家で新年を祝った。今年は5人だったが孫たちの成長の早さには驚かされる。
 大阪の娘に電話してみたら体調がよくなったらしく、以前私が証券マンだった頃のお客さんだった弘川寺に初詣に行くと言っていた。昨日電話で聞いたら弘川寺に行ってきたが素晴らしい所だと感激していた。弘川寺は西行法師の終焉の地で古墳がある。弘川寺を紹介するブログがあるのでリンクしておきます。
 私も2006年に弘川寺に41年ぶりに行ったことがあった。その時のブログに弘川寺に行った感激を書いている。
 今日から会社に出るが、お陰様で私の健康は変わりない、元気に社業に挑める。一層のパッド印刷の普及を押し続けて行こうと思っている。
 今日の読売新聞のトップ記事は老人ホームでの事故死が増えているとある、国に報告されている事故は1割にとどまっているらしいが、誤飲や転倒によるものが多いとのことです。
 私も高齢者の一人ですが、この何十年の間でも具合が悪くて会社を休んだと言うことが1日たりとも無い。数年前に突風にあおられて転倒したことがあるが、その怪我も自分で治してしまった。酔って転倒して硬膜下血腫で救急車で運ばれ手術をしたが、それもあっと言う間に治ってしまった。病院の世話になったのはそれ1件だけで病気になったことはない。元気に仕事を楽しんでいれば自己免疫力で病気にはならないと自分の体に感謝と自信を持っている。
 一般に病人が増えているが病気の原因は過食にあると思っている。私は過食だけには気を使っている。それから体を冷やさない、体を温める事には気遣っている。

謹賀新年

 新年明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました、今年もものづくりとパッド印刷を普及する事に専心します。本年もよろしくお願い致します。

「未来クラブ」のメンバーが足立ブランド」に認定された。

 年末恒例の足立ブランド認定事業が認定作業を終え申請企業に通知する時期が来た。月曜日に異業種交流会「未来クラブ」のメンバー「螢僖奪院璽献◆璽函廚両林さんから認定されましたと報告があった。「未来クラブ」のメンバーには「足立ブランド」認定企業が多いがまた1社増えた。益々「未来クラブ」が充実してゆくようで会長としては喜ばしい事と思っている。
 「TASKものづくり大賞」にも「未来クラブ」から応募している企業もあるが、その結果はそろそろ通知が来る時期になっている。おそらく入選しているだろうと思えるものもある。新年の9日の「未来クラブ」定例会は祝賀会のような事になるだろう、とにかく目出度い。
 昨日は最近未来クラブにも入会している「TOKYO町工場HUB」の古川さんが見えた。先週一橋大学から外国人大学生の足立区の町工場見学後にワークショップを開催したいと言う申し出が突如あったと言う。あまりにも急な申し出だったが、それを実現する事で足立区の町工場の技術を世界に発信する良いチャンスではないかと思い、早速足立区の産業振興課に企画書の概要を届けに行った。
 役所も年末の忙しない時期で部長も課長も係長にもお会いする事は出来なかったが、「未来クラブ」が関与する事業として大まかな話は職員にお伝えしておいたので年内には目を通して頂けるものとは思っている。年初の「未来クラブ」定例会で具体的な対応を協議する事になるだろう。
 今年度の「なんでもくん」の最終購入者は六大学の著名な大学の理工学部で、一昨日納入したものに不足分が有ったので昨日発送したの納品は完了した。教授と学生が見えた時に大まかな研究目的は拝聴したが、大学の研究室で新技術開発に「なんでもくん」が活用されるかと思うと私の胸もワクワクする。是非成功して貰いたいと祈っている。
 昨日は国内でも有数なカメラとコピー機のメーカーの技術部の方から電話が入り、メールで問い合わせのあった接着剤(熱硬化性、UV硬化性)を微細パターンでガラスに印刷が出来るかと言う事だったが、接着剤とガラスを持って見えてその場でパッド印刷の実験をしてみたらどうでしょうと答えた。早速年初に我が社にお出で頂くことになった。
 微細と言ってもコンマ1醒碓未箸言うほどのものだった、ミリ単位だったら問題ないだろう。「なんでもくん」はミクロン単位のパターン印刷もUV硬化性のものだったら容易に出来る。そんな経験も何度か経験している。これが今年の最終の問い合わせになるかも知れない。
 ガラスのビーカーにシルクスクリーン印刷が出来るかと言う問い合わせが3日ほど前に有ったが、ビーカーの口が広がっているので希望の大きさのパターンを印刷出来るかどうか現物を見てみないと分からないと応えていたので今日着くかもしれない。シルクスクリーン印刷にこだわりがあるのか、パッド印刷では駄目なのか、あるいはパッド印刷と言うのをご存知ないのかも知れない。いずれにしても現物を見てから判断しようと思っている。







 

「なんでもくん」で量産が出来る。

 昨日の午後は「なんでもくん」の古いユーザーが社員教育のために若い社員と会長職の人二人がやって来た。このユーザーは今当社で発売している「なんでもくん」の前身ともいえる古い「なんでもくん」を持ち込んで来た。
 私が「なんでもくん」を開発したのを知り10年以上前に目を付け、最初に購入してくれたのだった。だがそれを使う人が無く長年放置されていたようで当時の姿そのままのものを見た時には懐かしさを感じたくらい古いものだった。まだ開発途中のものだったのだが、印刷面積が小さく、さらに大きな面積の印刷が出来るように改良する前の「なんでもくん」だったのです。印刷そのものは印刷面積小さいだけで機能的には今のものと違いは全くない。
 会長の考えではその機械を下請けに出して活用しようと言う目論見だったのです。その社員に下請けに印刷を指導できる位の技量を持って欲しいと教育のために来たのでした。
 その若い人社員は何度か来社して製版も身に付けてくれていたかと思ったら今一飲み込んでいなかった。造って来ていた版は現像する時に水洗いをし過ぎて網目が潰れていたので印刷が滲んでしまう状態だった。
 以前に来た時と同じように今回も製版の仕方をレクチャーした。前回来た時も注意したはずなのにそれが出来ないでいた。前回と同じように水洗いをするタイミングを教えたら良い版が出来たが、私としてはレクチャーするのは3度目なので多少がっかりしてしまった。私の言うことが通じてない、今回は会長が一部始終撮影していたので社に戻って失敗しても動画を見ればわかるだろう。
 昨日作った版と会長はルーペを覗かせ自分一人で作ったものとの違いを確認させていた。今度こそは飲み込んでくれたのではないかと思っている。
 その版を古い「なんでもくん」にセットして、持って来ていた自社製品400個をその場で印刷する事になった。会長が出し入れをし、彼がパッドを操作することにした。最初はパッド操作についてもアドバイスをしたが、印刷がスムースに進むことになった。会長はタイマーをかけ1分に何個印刷が出来るかを計測していた。1分で35個は出来ると計っていたが、2時間ちょっとで400何個かの印刷は仕上がった。
 おそらくその会社にはスイス製の半自動のパッド印刷機はあるが、それよりははるかに早く仕上がったのだろうと思う。半自動のパッド印刷機だと出来ても800個くらいだろう、その倍以上の能力が「なんでもくん」にはある。最近「なんでもくんANG-4」も購入しているから、古い「なんでもくん」は下請けに貸し出すのだろうと思う。彼に下請けを指導することが出来るかと多少疑念を持つが、今度は𠮟咤激励する会長がついているから問題はないと思える。
 帰りには笑顔を見せて嬉しそうに帰ったから、何とかなるだろうと期待したい。この会社はこの時期にでも成長し続け、社屋も以前とは違う場所に新築し、引っ越しを終えたばかりだと言う。この会社の会長は社員教育が上手いので社員も増え続けている。
 この会社の現在の主だった社員は「あだち新製品開発講座」の当初から会長と共に参加してました。新人社員だった人達が現在では会社の中核を担っています。昨日来た社員も来年度の開発講座に会長は参加させるだろう。

いよいよ今年最終週

 今年の仕事のめどがほぼ決まったので連休は久し振りに家の事に目を向けた。日頃家内から物を片付けない、だらしないなどといつも言われていたが、確かに私は自分でも片付け方が下手だと自戒している。会社のテーブルもいつもごちゃごちゃと雑然している。
 土曜日はいつも直ぐ使わないものを何でも押し込んでいた所が有るので、そこを整理しようと入っているものをすべて出したら、ごみの山のような状態だった。
 私が住む住宅はゴミ捨て場が整然とあり、管理人が休日の日以外いつでもゴミは捨てられる。燃えるゴミはダストシュートからいつでも投げ捨てられる。粗大ゴミも管理人に申し込めばいつでも捨てられる。ここに移り住んできた時からごみ処理には感動してしまった。それまでは住んでいたところはゴミを出す日が決まっていて毎日出るゴミを数日留め置かなければならない。
 もちろん会社ではゴミ捨ての日は決まっており毎日選別してゴミ出しはしているが、今住んでいるところは燃えないゴミ、資源ゴミ、粗大ゴミと整然と捨てられる。清掃も行き届いているので気持ちが良い。生ゴミはダストシュートに捨てるが施設が確りしているので腐敗臭など嗅いだこともない。
 土曜日はゴミ捨て場に5往復した位のものが詰まっていた。大部分捨てるものだったが、工具類は捨てなかった、一部使用しても良いようなものは残したが、それを仕分けして収納するように棚を二つばかり作る必要があると思い、材料は買い出しに行った。
 必要と思われるものだけを収納したら大分余裕空間が出来た。今度は本棚を整理しようと思った休日だった。

一個づつへの名入れニーズが多くある。

 今週中に名入れをしなければならないものが数点ある。大きな高価そうなレンチ1本づつに個人名を入れるものがある。先日ただ1っ点の写真額2か所に印刷するものがある。洗面器の底にその土地固有の温泉マークを入れるものもあります。
 レンチも数万円するような高価なものですが、一本づつ個人名が入ります。何らかの記念品だと思いますが頂いた人は感動するに違いないと思います。
 写真額などは買えば千何百円かのものだと思いますが、ある記録を今年作った有名ゴルファーが自分の名が入っている記念に写真と共に贈られたそうです。それを物凄く選手からも喜ばれたと言ってメールで挨拶がありました。送り主はスポンサーだと思いますがその名入れもしてるのです。贈った記念としてスポンサーも持っていたいと言ってリピート注文です。
 たった1個の印刷で商売になるかと疑問に思う人は多いと思いますが、短時間で版を作り短時間で印刷処理が出来ればそれなりの仕事になる。それを実現するのが「なんでもくん」の印刷システムです。
 1月に国際フォーラム「町工場見本市」に出展しますが、今回はパソコン、プリンターを持ち込み、その場で10数分で印刷が完了するのを体験してもらおうと企画しております。
 体験者ニーズが多かったら、1度に20版位は製版出来ますので多くの人に印刷体験をして貰えると思います。そのスピード感は体験して見なけれ分からないでしょう。ボールペンにその人の名と町工場見本市と入れれば体験の記念品にもなると思います。
 先日奈良からお出での方は塾経営の方だったのですが、塾生の名を使う持ち物全てに名入れサービスをする事も出来ます。
 人は人から贈り物を頂いた時にそれに自分の名が記してあるだけで固有のものに変身します、それを喜ぶ人は多い、こう言うニーズは世の中には多くあるのを実感しております。
 

「なんでもくんANG-3」と「じざいくん」

 奈良県からお出での方達は8時間以上車(ベンツ)を運転してやって来た。本業は塾経営の方達だった。いきなり私が製版するところを見て頂いた、その版は148センチ角の大きな版で場内の半自動のパッド印刷機で使うもので、版は大きくても小さくても手順は同じものなのでしっかり見てもらった。
 彼らの会社名のポジフィルムで作り、同じ手順で彼らに作ってもらったが、上手に出来た。その版を「なんでもくん」にセットし印刷するところを見てもらって、彼らが持って見えたボールペンに印刷するのを見せ、彼らにもやってもらったが、ドクターでインキを掻く要領も何度かするうちに飲み込んでもらった。パッドを押すタイミングも最初は上手くいかなかったが直ぐに慣れてもらった。ボールペン外にけん玉も持って見えていたのでそれにも綺麗に印刷は出来た。受け治具を造れば何本でも同じ印刷が手早く出来る事も知ってもらった。
 彼らが印刷したいものは小さなものが多く、当初は「なんでもくんANG4」を購入予定だったが、小さいな「なんでもくんANG-3」の方が良いだろうと言うことになった。クリアファイルのような物にはパッド印刷よりシルクスクリーン印刷の「じざいくん」方が良いのではないかと言うことになった。
 昼食後に「じざいくん」の製版をレクチャーする事になった。「なんでもくん」の露光システムに合う大きさのシルクスクリーン印刷用の版を開発している。それをセット出来る「じざいくん」と言うシルクスクリーン印刷ホルダーも開発している。クリアファイルのような薄いものから箱なのどの高さが違うものに高さを自在に合わせることが出来るので「じざいくん」と命名した。
 午後にはシルクスクリーンの版に感光ゾルをステンレスバケットで塗布する事をレクチャーした。私がやったように彼らにもやってもらったが、私が指示したように器用に綺麗な塗布が出来た。それをヘヤードライヤーで乾燥し、版の裏側にシルクスクリーン用のポジのふちに軽くセロテープで張り位置を決めバキュームクランプのガラス面に置き、その上にハレーション防止の黒いシートを乗せ、バキュームホースで密着させ、ランプ光に当てるようにひっくり返して露光機の下に入れ、5分間露光する。その後水槽の中に浸けて陰影が出てきたら製版用のスポンジで軽く擦りながら未露光部分が綺麗に抜けたら、吸水布で水を吸い取り、へヤードライヤーで乾燥する。そのご後5分露光して版をしっかり固める。
 その版を「じざいくん」にセットして印刷を開始する。昨日はメジャーの目盛印刷をして試し刷りをした。
 二通りのセットを車に積んでお帰りになった。交代で運転するとは言っていましたが、8時間も運転するのは疲れるだろうと心配したが、若い3人は大丈夫だと元気に帰って行った。
 

「なんでもくん」を今日来て今日持ち帰るにも対応

 昨日はパッド印刷に関する問い合わせが集中的に続いた。「なんでもくん」についての問い合わせやこんなものに印刷したいが印刷が出来るかと言う問い合わせが何件も続いて来ている。
 いつも電話対応する娘が近くの「足立工業高校」の授業のために行って留守だったので、工場内で急ぎの仕事に追われている家内も電話対応に追われてしまって仕事がはかどらない状況になってしまった。不思議なことに忙しい時に限って集中して電話が続く時が年に何回かある。
 二本の電話が同時に入り、ネットで我が社のホームページを見て問い合わせしていると言う人と電話で対応して片方には折り返し電話しますと対応していた。
 中でも昨日初めて電話をして来た方が、今日来て今日「なんでもくん」を持ち帰りたいと言う、荷としてはどんな車で行けば良いのかとか、奈良県なので今日の夜半に3人でお出でになり「なんでもくん」の研修も受けたいので早朝には着きたい、費用はどれほど用意して行けばよいのかと問われたりする人も居た。その場で手配はしたので今日の昼にはもちかえって頂く用意は出来た。
 年末の挨拶に見えた付き合いとしては大切なお客さんとも落ち着いて話をする間が無く申し訳ないことになってしまった。
 夕方近くには以前からパソコンが重くなって動きが悪いので近くのパソコン名人にメンテナンスを頼んでいた。その方がデスクトップにあるデータが要るものか要らないものかと問われ、それらに答えている時も次々に電話が入る、それに応えながらも名人は要らないソフトなどアンインストールしたり、ドロップボックスに目一杯溜まっていたデータもごみ箱に捨て、要るものは残し後は全て削除して貰った。イラストレーターなどいつもイライラするほど遅く参っていたが、随分と早く立ち上がるようになったし、他はサクサクと動くようになった。パソコンが無ければ仕事にならない、今日からイライラすることが無くなる、メールボックスもスッキリした。
 そういえば来年出張講演を依頼するメールが入っていた。2,3時間の講演だがパッド印刷の伝道師としては嬉しい話です。1月の土曜日に新潟県まで行き、講演後近くの酒造所や温泉まで案内して頂ける。新潟の方々にパッド印刷はどう言うものか、特殊印刷の高付加価値性を知って頂き、
どれほど自分の事業にパッド印刷が役立つものかを知って頂く、講演依頼された方の所がパッド印刷の伝道所になる期待もある。この方は印刷業としては大成功している一人でもある。
 昨日の問い合わせの中にもシリコンゴムのブレスレットに印刷が出来ないかと言うのもあった。もちろん出来ますと答えたが、先方は平な面だけでなくアールがかった所まで印刷が可能かと言うので、パッド印刷は少々のアールなど問題なく印刷が出来ると答えたら、ぜひ行ってものを見てもらい、それに印刷してみてもらいたいと言うのでお出で下さいと応えておいた。我が社の店頭には200度以上加熱できる電気オーブンがある、それで焼き付けたらどんなに引っ張ろうが擦ろうが印刷が落ちることはない。それを見ると皆感動する。
 シリコンゴムにパッド印刷が出来る所などあまり無いだろう、あるいは全く無いかも知れない。平面にシルク印刷したブレスレットは見たことはあるが、シリコン製のキッチングッズ等に直接印刷したものは見たことが無い。新しいマーケットがそんなところにあるのに誰も手を付けない。
 パッド印刷が無限の可能性を持っている事を知ってもらいたいと思いパッド印刷の伝道師と自称している。

パッド印刷のニーズは多い

 此のところ連日のようにパッド印刷の問い合わせが続いている。風呂桶の底に印刷出来るかとか桐箱の蓋に大きな面積のパッド印刷が出来ないかと言うのもある。両方とも120瀬僖ぐ幣紊梁腓なシリコンパッドが無ければ出来ないような代物で通常のパッド印刷機では印刷が出来ない。
 当社には大型の「なんでもくん」があるので風呂桶の底への印刷は何度か経験している。桐箱などはシルクスクリーン印刷で出来るのではないかと思うのだが一部文字の書体が明朝体の小さな文字があるのでパッド印刷でなければできないと思っているのではないかと思う。
 データを送ってくれたので昨日帰り際にシルクスクリーン印刷の版を製版してみたが、明朝体の横棒が抜けているかどうか時間で予約している所が有り出掛けなければならないので確かめる時間が無かった。今日の午前に会社に行って試し刷りをしてみようと思っている。
 人工芝生のアイホンケースの内側には先方の希望する大きさの印刷は出来た。こればかりはパッド印刷でなければ出来ない、これも我が社の仕事になりそうだ。人工芝には印刷が出来ないのでメーカー名のロゴ表示を内側に大きめにと内容表示もしておきたいのだろう。
 小さなゴムタイヤへの2色印刷も決まった、これもパッド印刷でなければ出来ないデザインだったので先方には喜ばれた、これも仕事になりそうだ。
 畳への印刷も上手くいった、この畳はカードのケース入れになる。カードは玩具らしいが造ると直ぐ完売になる人気商品らしい。一見お洒落なハンドバックのように見える、ちょっとやそっとではインキも落ちないような印刷だから、デザインを考えて女性用のハンドバックとして発売出来なかと思ったりする。 

パッド印刷は色んな産業現場で活きている。

 連日色んな企業からパッド印刷の試作依頼が有る。今まで目にしたことも無いような商品にパッド印刷が出来るかとの問い合わせがある。いとも簡単なものもあれば難敵だと思うようなものが有ったりするが、それらを上手くクリヤした時の嬉しさや面白さはやっている者でなければ味わえない。こんな風に全国から依頼されていると世の中には色んな業種が有ることを知り、色んな技術が有ることも知る。
 アイホンケースにも色んなものが有り、人工芝生で覆われているものが有る、芝生に印刷するのではなくケースの内側に印刷が出来るかの相談だった。凹んだ所に印刷が出来るかとの問い合わせだったが、かなり大きな印刷面積だったが上手くいった。
 女性の履くハイヒールのヒール内側部分全体に印刷が出来るかの相談もあったが、これはパッドの形状が合わないと全面的には印刷は無理で、出来る範囲に印刷したものは送って置いた。全面に印刷するには特殊なパッドを作らねばならないと言ったらそれを作る見積もりをして欲しいと言う依頼があった。
 今日は畳への印刷依頼が入っている、これは足立区の畳屋さんで親しく付き合っている方で、今回は2度目の注文になる。天然素材にはインキが密着し難いものがあるが、今回は前回よりも強固に密着するように前処理をして印刷してみようと思っている。新しい前処理剤で金属、ガラス、アクリル等にも使える、畳にはどんな結果が出るか楽しみにしている。畳にどんな加工をしても印刷は全く落ちることはないと言うものにしたいと思っている。
 畳と言えば私は畳生活をしている、我が家は全室畳を敷いている。食事をする時は正座している。パソコンを使っている時は胡坐をかいているが、立ち上がる時に使われる足の内転筋を衰えさせない為にそうしている。最近は高齢者が和式トイレに入って立ち上がれなくなって1時間後に救出されたと言うような事を聞いたことがある。最近は若い人でも和式トイレで立ち上がれなくなって助けてもらったと言う話も聞いた。洋式の生活が胴長短足の日本人の体型も変化させている、足が長くなってスタイルの良い若者になっているが、体力は昔の若者より弱くなっているのではないかと危惧している。
 長寿で有名な双子の金さん銀さんも亡くなるまで布団の上げ下ろしは自分でやっていたと聞く。私は時々ごろ寝をしてしまうが、なるべく自分で敷いた布団で寝る努力はしている。会社では椅子生活を余儀なくされているが、家に帰ってからは畳生活をしている。私にとっては健康のために良いと思っている。
 
 
livedoor プロフィール
なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました
livedoor 天気
livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました
デザイン創造塾
Recent Comments
Categories
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ