なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

今日も朝一番から「なんでもくん」研修がある。

 今日一番に来られる方は大分前に予約を入れていた方ですが、水曜日が時間が取れると言うので先週は既に他の方の予約が入っており今日になりました。
 パッド印刷に関心がある方なのでお会いするのが楽しみです。皆さん遠方から見える方多いのですが、今週の土曜日にも岩手県の方が東京に出張で来るので土曜日に私に会いたいと言うので、休日ですが9時過ぎにお出で頂く事になっています。この方の印刷したい目的は分かっています。自社で開発したものを金属板に印刷したいと言う事です。
 今週は明日から「足立メッセ」に出展していますが、初日の午後は1時から5時近くまで大商談会と言うイベントで一社20分づつ商談室で7社の方にパッド印刷と言うものを説明しようと思っています。ご希望の方には「なんでもくん」を体験してもらう事も出展ブースで出来ます。この商談会では「なんでもくん」と言うパッド印刷機はどんな生産現場でも役に立ち、アイデア次第では新しい事業展開や新製品開発が出来るので、パッド印刷の持つ可能性を知って貰おうと思っています。
 このブログをお読みの方で時間のある方は来千住のマルイの11階での明日、明後日の「足立メッセ」会場にお出でください、お待ちしてま〜す。

昨日もあるパッド印刷の依頼が有った。

 昨日も初めてのお客さんから電話が入った。そのお客さんはある大手飲料会社から依頼された錫製のタンブラーへのロゴ印刷を頼まれたが、近くの印刷会社で印刷したものを納入したら印刷が落ちてしまった、ちゃんと印刷が出来る所を探せと言われたと言う。それでネット内を隈なく探したら、名入れ印刷の駆け込み寺と言われる安心堂を見つけたので電話をしたと言う。
 駆け込み寺と言ったのは自らでなく、やはり他所何社かで出来ないような難しい印刷を持ち込んだお客さんが、当社でキチンと印刷が出来たので、助かったそのお客さんが安心堂は名入れ印刷の駆け込み寺みたいなもんだと言ったのでした。
 今回のものは表面が凸凹のあるもので、回転シルクでは難しかったのか、インキの密着が良くなかったのか、どちらか分かりませんが、錫と言う金属は普通の金属とは違って、高温で焼き付ける事が出ないのです。100℃以下で乾燥をさせねばなりません。
 凹凸面への印刷はパッド印刷で大丈夫だと思ってますが、今日持って来てもらって現物を見てからでないと何とも言えないのが本音です。
 他にも書きたい記事は有りますが、他の機会にします。私のブログ更新も昨日で4200回を超えました。12年近くは書いていると言う事です。読んで頂く方には感謝しています。後何年続けられるかは分かりませんが、元気でいるうちは続けるでしょう。人生100年の時代と言われてますが、先はまだまだ遠い、平櫛田中さんは「60,70は鼻たれ小僧、男盛りは百から百から、」と言って107歳まで創作活動をしていたと聞くと人と言うのは結構長生きするものだと感じます。

連日パッド印刷への問い合わせが続く。

 相変わらず少量多品種のものへの印刷ニーズは多い。毎日のようにこう言うものへ印刷が可能かとか極少量のものへの印刷を請けられるかとか問い合わせがくる。また技術的な問い合わせも時々ある、自社で研究開発したいが印刷技術で応えられるかと言うのもある。インキでなく接着剤を印刷出来るかと言うのもある。接着剤でもインキに近い粘度にすることが可能であれば出来ますと答える事もある。水のように薄いものでも乾燥させて何度か重ね刷りをすれば接着剤として可能になるものもある、こうなると我が社と共同開発すると言う事になる。そんな時パッド印刷の可能性の深さを知る、そんな素材にでも印刷する事にチャレンジ出来るから印刷は面白い。
 印刷する事でものの付加価値が全く違うものになる。印刷デザイン次第で商品価値がまるで変ってしまうものが多い。私らのグループに属するデザイン会社の人が靴に印刷する事で新しいマーケットを創る事に成功している人も居る。ダンスシューズにチョットしたデザインの花を印刷するだけでお洒落な靴に変貌する、ダンサーが要望するデザインを印刷するだけでダンスそのものが付加価値で変わるのかも知れない。ただの一足のも能力への印刷対応が出来る「なんでもくん」システムの面白さでもある。
 今週は木曜日から「足立メッセ」があるが、その場でも印刷が新しい仕事を創出するものとして、パッド印刷の可能性を来場者の人に理解してもらおうと思っている。J:COMのステージの出演したり、大商談会でもパッド印刷の有効性を説こうと思っている。
 時間のある人は北千住のマルイの11階に来てみてください、いろんな技術の会社が出展しているのでビジネスチャンスがあるかも知れません。今の時代同じ仕事を繰り返しているだけでは萎んでいってしまう、新しい何かを得ることが次への進展に結び付く事がある。兎に角行動を起こしましょう、行動しなければ何事も始まらない、お互い地域の皆で頑張りましょう!!
 
  

パッド印刷を自社技術として確立した会社

 昨日の朝私が出社する時間より前にお出でになった会社が有った。「なんでもくん」での試作は前回お出でになっていて、印刷したインキの全天候に耐候性があるものとして認定されたと聞いた。
 直径が250ミリと150ミリの2メートル余りある塩ビ管を半分に割ったものに指定された印刷をするもので、文字の太さ印刷面の大きさも指定されているもので、それが認定条件になっているらしい。
 昨日見えたお二人は納入業者で印刷をするのは他社の人でお二人より遅れる事30分ぐらいで2台の車で4人が見えた。塩ビの長い半割の印刷素材を5本づつ持って見えたのだった。
 当社の「なんでもくんANG-4」で印刷するのだが、「なんでもくん」にセットする事が出来る最大のパッドで印刷するので仕様を変えなければならない。版側と印刷側のガイドのポールの位置を変更したりしなければならない。セットを終えて印刷の段になったが、細い150ミリパイの方は簡単に出来たが、大きい方がどうしても上手く行かない、あれこれ工夫をするのだが印刷文字が欠けてしまう。 それで前回短い筒で試作印刷に成功したものが有ったので見比べたら版の大きさの違いに気が付いた。早く気が付けばよかったのだが、気が付いたら昼を過ぎていた。皆に昼食に出て貰って、その間にポジを作り直し、製版もしておいた。
 皆が戻ってきてから印刷を再開したら呆気ないほど簡単に出来てしまった。印刷位置を決める為のセットには時間が掛かったが、印刷は綺麗に仕上がった。2時過ぎには5本ほど印刷して持ち帰ってもらう事が出来た。
 この仕事は他所では絶対できない、「なんでもくん」でなければ出来ないと物としてその会社の強みになると喜んでくれた。「なんでもくん」を購入する会社と消耗品を購入する会社は別になる。仕様を変えて特注になる。版の大きさも違いパッドも特注する、それらの見積書を出して欲しいとことになった。仕上がった製品は大手電力会社に納入する見返りの大きな仕事なるらしい。電柱に取り付けるものだから年間に相当の数を納入する事になるらしい。当社にしても長い付き合いになると思うと嬉しい、意気揚々とお帰りなる皆が頼もしく見えた。
 昨日は「あだち異業種連絡協議会」の新年会が有った。最近の足立のものづくりは評判が高い、会長の挨拶に「足立はやばい事になっている」と言ったが、足立がどんどん良い方向に向かっていると何かのメデアが報道しているとの事だった。だからか新年会は炎上したと言っても良いくらい盛り上がった。産経部の部長と隣り合ったのでこれからの取り組みに是非協力して欲しいと言われたが賛同する事が多く有って頼もしく思えた。
   
 

連日感動する出来事がある。

 パッド印刷を長年やっていますが、これまで体験したことが無いような印刷依頼もある。我が社はパッド印刷だけでなくシルクスクリーン印刷も活用する事もある。
 パッド印刷でなければ出来ないようなものでも面積が大きければパッド印刷の印刷面積には限界があるのでシルク印刷を工夫する。パッド印刷であれば表面に厳しい凹凸面でも印刷出来ることがおおいが、今回は電話でや、メールで送って来た情報では単なるトートバッグのようだったが、着いた製品は異常に目の粗い帆布で画像だけでは分らなかった。印刷部位も裏地が有り一見して印刷は無理だと思うようなものだったが、シルクスクリーンで3度くらい重ね刷りをすれば何とかなるかもしれないとシルクスクリーン印刷でチャレンジしてみた。
 印刷して見たらどうやら上手く行ったと思っていたら、乾燥する間に綺麗にインキが載っていたのに吸い込むところと吸い込まない部分があり印刷にむらが出てきてしまって印刷の体をなしてない。これには驚いてしまったが、いかんともしょうがない。そのまま納品できるようなものではなかった。
 再度その上に印刷を重ねようとしても印刷冶具にセットしても布地だから一が確定してない。仕方がないので一つづつ版の位置を印刷してものに版の位置に合わせる方法しかなかった。一個印刷するたびに版の上のインキを綺麗に拭き取り、印刷にセットすると言う面倒な仕事になってしまった。
 時間も掛かり面倒だったが、3度刷りの上に更に3度重ねるので出来上がった印刷は素晴らしいものになってしまった。通常の印刷では表現できないような物になっている。依頼者は喜ぶだろうと思う。
 昨日は1メートルのLANケーブルに8か所印刷したものを発送した。これも初めての体験だったが着いたものを見た時に感動するだろうと思う、大変に苦労したが人が喜んでくれるのが嬉しい。
 昨日は新潟に出張した時の研修に使った道具箱を「そらまちソラシード」が送り返してくれた。送った時より荷物が大きいので何かと思ったら新潟の銘酒が3種類も入っていた。嬉しかったのは手紙が入っていて、美しい文字で面々と私の研修に対する礼の言葉には感動してしまった。自分らの将来に役立つものとして「なんでもくん」を高評価してくれていて、私のアドバイスも感動してくれていたが感動したのはこちらの方だった。素晴らしい人達のとの繋がりで先行きが楽しみな事になる。こんな時、長年パッド印刷をやっていて良かったと思う。
 

素晴らしい出会いの新潟出張研修だった。

 昨日の朝は上野駅まで常磐線で行き新幹線ホームで娘と落ちあい、7時6分発の上越新幹線トキで新潟へ向かった。トキは2階建ての車両で乗客で満杯で手荷物を載せる余地も少なくリュックは足元に置く事しか出来なかったが、越後湯沢駅で降りる客が多くガラ空きの状態になった。車窓から見えるゲレンデは積雪も多くスキーを楽しむ人には満足な状況に見えた。
 ところが湯沢を過ぎると車窓から見える景色が様変わりした。燕三条、長岡、新潟まで雪が全く見えなく、駅を出たら東京より暖かく、寒さ対策として私は着込んでいたので暑くなって防寒コートを脱ぐような有り様だった。
 出迎えに来て頂いてた方は私らを直ぐ見つけてくれて特定非営利活動法人あおぞらソラシードに向かった。迎えに来てくれた方は以前我が社に一度お出でになってくれた方で私らを見知っていた。雪の無い新潟も異常気象で例年とは全く違う状況になっていると話してた。親切にも途中阿賀野市の観光名所になっている瓢湖にちょっと寄ってくれました。白鳥が毎年6000羽位飛来する人造湖で、昨日の白鳥は餌を取に行って少なく僅かだがカルガモに交じっているのが見えた。
 障害者施設あおぞらソラシードに着いたらほんの少し残雪が有ったくらいで、冬の雪国をイメージ出来なかった。着いたら皆が出迎えてくれて早速名刺交換しポジ作りのレクチャーから始めた。ポジが出来た後製版の仕方を学んでもらい、露光から現像まで自分達でもやってもらった。ボトルに印刷するのを経験してもらったが、あとは慣れるまで何度も印刷する事をやってもらう事でしかない。とにかく皆さん明るい人達であの和気あいあいの雰囲気は通常の企業では見られないだろう。時間を過ぎれば過ぎるほど彼らの温かさが感じられる。日ごと20人ほどの障害者が通ってくるらしいが、迎えるスタッフ共々化粧品づくりに励んでいるらしい。
 私もこの施設にある見たこともない設備を見学させてもらった。まずペレットストーブが炎を挙げて燃えている。ペレットは木くずをペレット状態したもので石油より少し安くなっているらしい。この施設ではペレットストーブもOEMで造っているらしい。植物から匂いエキスや油を抽出する窯なども見た。
 阿賀野市には五頭温泉郷もあり、この施設は無料で温泉施設貰っているらしい、持ち主が客が来ないので採算が取れないと言って手放したとの事だったが、あおぞらそらーシードもやっと最近採算が取れるようになったと聞いた。
 「なんでもくん」研修を終えたら新潟駅まで送って頂いたが、とにかく素晴らしい人達と繋がりが出来た、今後の成長を共に楽しめる。
 新幹線に乗るまで小一時間程有ったので、娘と新潟の酒をぽんしゅ館利き酒ミュージアムで楽しみ、チョイ飲み居酒屋でつまみを数点取り味わったがどれも旨かった。適当に土産を買って上野まで帰ったが、帰りはガラ空き、ぐっすり眠っていたのだろう、あっと言う間に戻ったと言う感じだった。娘とは上野で別れたが、彼女も新潟を楽しんだろうと思う。
 私の土産は味噌と醤油と塩だった。
 

今日は新潟に出張する。

 今日の朝は新潟に向かって「なんでもくん」の出張研修に出掛ける。先方の方が9時に新潟駅に出迎えてくれる。新潟駅から車で1時間掛かると言って来ているので私と娘は6時には家を出なければならない。
 新潟には何度も行っているので珍しい事では無いが、昨年に続き1月と言うのは2度目だろう。昨年は長岡市の「なんでもくん」ユーザーの会社に講演と言う建て前で招待されて行った。雪深い新潟ですっかりお世話になってしまった。
 今日行く阿賀野市と言うところは初めてだが、山沿いの所らしいのでどんな雪景色が見られるか楽しみでもある。また、自分で印刷する事など経験のない人達に印刷が出来るように指導する。やったことが無いことが出来るようになると皆喜ぶ、その人々の喜ぶ笑顔を見るのが一番私にとっては最大の喜びになる。言っては悪いが僻地とも思える所から素晴らしい製品が全国に広がってゆくのは製造者の喜びになる。その手伝いが出来るのだから私の喜びにもなる。大いに活躍して欲しいと言う願いが私を誘ってくれている。人の役に立つと言うのが私の喜びになっている。だから今日も胸を弾ませて出かける。

初めての経験

 昨日は1メートルの長さのLANケーブルの7か所に印刷する事に挑んだ。ロゴ2種類、2か所、絵柄3か所、印刷位置も克明に指示されていてどのような印刷の受け冶具を創れば良いのかを昨年末から考え造っておいた。
 送って来てあった印刷素材には既に印刷されていた文字が有り、2か所結束されてる針金を解き、印刷されている文字を拭き落とす作業で一昨日数は百本だが一日を費やしてしまった。
 昨日作り置いてあった受け冶具に装填してしてみて驚いたが一本づつの長さがまちまちで長いのもあれば短いのもある。指示された印刷位置に正確に印刷するのは無理だと言う事が分かった。そこで一端を基準にして印刷するしかない事になった。依頼先の人もこんな事情を全く知らないで出してきている。今日はそんな事情を報告しようと思っているが、取あえず印刷をしてみた。
 1メートルの受け冶具をスライドさせるためのレールは2メートル近くある。それは昨年末ドイトで幅8センチで2メートルの長さの板を見つけ購入し、幅を5センチに切って残りの3センチはガイドになるよう張り付けて置いた。そのレールに印刷位置をメモリのように計算した通りに描いておいた。それが有効なメモリだと言う事は分かった。一端を基準にして印刷するほかなかったが色違いのロゴを印刷する事に挑んだが、長い2メートル近いレールをパッド印刷機の受け台に固定するのだが、受け台は幅20センチほどしか無い、それを安定した状態にするには如何な方法があるか試したかったが、昨年末から仕事が詰まっていて試す時間が無かった、板の厚さが1センチほどしか無かったので両端がふわふわ動く、それを固定するにも工夫が要った。1メートルのケーブルに印刷すると言うのは初めての体験だ。ケーブルの一部に印刷するのは何度もあったが今回のは初めての事になる。
 そんなこんなで印刷が可能な状態にはなった。週明けには仕上げる予定だが、本当は3連休中に少しでも進めて置きたいと思ったが、明日から新潟に出張して「なんでもくん」の出張研修を予定している。これも日帰りで出来るかどうか、新潟駅まで車で9時に迎えに来ると言っていたが、そこから車で1時間ほど掛かると言っているのでどんな雪深い所か分からない、とにかく寒いので防寒の装いで来てくれとメールで言っていた。
 これまで行ったことの無い未知の世界に行くようでこれも楽しい事でもある。明日は6時に出て上野駅で娘と落ちあい新幹線で新潟に向かう。どんな人たちと新しい繋がりが出来るか嬉しい出来事でもある。
 
 

昨日は「未来クラブ」定例会が有った。

 昨日は初年度最初の「未来クラブ」定例会が有った。新入会員の自己紹介が有ったりして、またまたユニークなメンバーが増えた。「足立メッセ」や「あだち異業種フォーラム」についての討議が有った。各社の月報告が圧巻だった、元気を貰う報告が多く有り、刺激が強く懇親会も炎上した感じだった。私も言わずもがなの話をしてしまった、今後悔している。
 私もいつもよりアルコールを飲み過ぎた、帰りに大黒寿司に余ったら、ここも大盛況だった。カラオケで私も何曲か歌わされ、帰宅時間が遅くなり、寝すぎてしまった。
 今朝はいつもより起きるのが遅くなりブログを書く時間が少なく、詳しい報告は後日にしたい。

今週は過密なスケジュールが目一杯

 今日から1メートルのLANケーブルに7か所に印刷する仕事が始まる。印刷の配置も指定が有り、1メートルのケーブルを1メートルの冶具に固定し、その冶具を指定された位置にスライドさせながら印刷するしかない。絵柄は1種類だが3か所、文字は会社ロゴと絵柄名の文字2か所づつ、合計7か所になる。長年パッド印刷をしてきているが、ケーブルに印刷する事は何度も経験しているが、それらは端末に印刷するものなので簡単だった。
 今回のは1メートルの中に文字や絵柄を印刷する位置が確定されている。本数は僅か僅か100本だが、冶具に入れたり外したりかなり手のかかる仕事になる。この仕事だけでなく昨年から納期が予約されている仕事も何点かある。
 3連休が有るので連休を利用すれば何とかなると思ってはいたが、土曜日には私と娘が新潟県に出張して「なんでもくん」研修をしなければならない。機械類は今日発送して置けば研修には問題無さそうだが、日帰りできるかどうかが問題だ。また。昨年末ギリギリに研修を受けた人が代金を振り込んできた、だから今日は「なんでもくん」2台出荷と言う事になる。セットにも時間が掛かるので益々時間が欲しいところでもある。
 出張先は非営利稼働法人で障害者の施設らしい。土曜日の朝8時に新潟駅まで迎えに来て呉れると言うのだが、その施設まで車で1時間掛かると言うのだから大変な事になっている。メールで兎に角暖かい格好でお出でくださいと有ったがかなり雪深い所なのかもしれない。新幹線の切符は昨日娘が買って来てくれているので問題ないが、帰れる時間が決まってない。研修して問題なく印刷が出来るようになって呉れれば良いのだが、こればかりは先方に行って何人の人にレクチャーすれば良いのか分からない。
 以前盛岡から阿古湾近くまで出張したことがあるがその時はホテルを予約していた。次の日には阿古湾を観光して帰ったが、その1年後に東北の3・11の震災が有り、テレビで泊まったホテルが津波に流される場面を見た時、ゾッとしたことを覚えている。今回は泊まりになる事は無いだろうが、日帰りで帰ってきたい。
 朝6時に出掛ければ新幹線に乗れる、天候次第だが交通トラブルが無いように願っている。
 

波乱万丈の幕開け

 我が社の平成時代最後の正月の開業は波乱万丈の始業になった。私個人にとっても明るい幕開けと言っても良いだろう。
 内容を書くには後日詳しくブログに書こうと思っている、今朝は目覚めが遅くブログにての公開は残念ながら無理だろう。場内の仕事も今週から来週にかけてタイトな時間を過ごすことになるだろう。連日「なんでもくん」の出荷も続くだろう。
 足立区の新年名刺交換会で久し振りで国歌「君が代」「足立区歌」を斉唱した。足立区の産業経済部長とも新年の挨拶をしたが、昨年末の懇話会がヒントになり、部長が凄い提案をしてくれた。一気に今年が明るい年になるような提案が有った。今後の展開はブログを通じてでも書くことになるだろう。

正月休みが終わり、稼働し始める。

 正月三が日は駅伝三昧、元日はニューイヤー駅伝、2日3日は箱根駅伝を楽しんだ。ニューイヤー駅伝は毎年コニカミノルタを応援する。何故なら私の娘の亭主がコニカミノルタに勤めている、結婚式には駅伝チームの一人が代表で出席してくれていたのを思い出す。
 箱根駅伝は我が母校法政大学がシード権を得ているので応援している、今年も5位だったが山登りでは青木選手の7人抜きで楽しませてくれた。復路もそれなりに安定した走りでシード権を得たので安堵した。ただ三日は昼から孫たちが来ての新年会で大騒ぎになるので、駅伝の後半はゴールを確かめるだけになってしまう。母校は今年も5位をキープした。
 それにしても孫達の成長の速さには驚く、ついこの前までは皆が集まっても我が家で新年会が出来たが、孫が大学生や高校生になり、孫娘の一人など私の身長を超えている。今年は大阪の堺に在住している娘一家は参加できなかった。息子がサッカーの試合か何かがあるらしく来られなくなってしまった。この子は3月にはイタリーにサッカー留学する。その時我が家に来る事になっている、何故なら成田空港からイタリーに向かうからで我が家に一泊する事になっている。
 今年も大黒寿司が3日に部屋を開けてくれた。家内は元旦に買い物し、煮つけと野菜サラダを作る事に専念した。子供たちが毎年楽しみにしてくれている。
 カラオケが始まったらマイクを取り合うが如く次々歌が飛び出す。私が歌ったのは口開けの1っ曲だけだった。喧噪な中でも家内がお年玉の授与を始めたら皆神妙に受け取っていた。家内は以前は百円単位でも皆喜んでいたが、今では千円単位になってしまったと言っていた。お年玉の袋は昨年末に家内と文房具屋に行って選択して置いた、孫たちはそれぞれ違うデザインに喜んでいた。
 宴たけなわだったが、私も酔いが回っていたが末娘の今年小学校に行く子がサッカークラブに入っていると言うので近くの公園に行って持参していたサッカーボールでその実力を確かめる為に行って驚いてしまった。私がキーパー役で孫にシュートさせたら捕球できずに私はひっくり返ってしまった。酔っているとは言え反射能力の衰えに驚かされた、普段の運動不足が響いているのを実感した。筋力の衰えを補うために今年から生活習慣にストレッチをすることを入れる事にしようと決意した。
 新年会も4時間くらいで終わりにしたが、末娘が酒も飲まず運転して帰ると言って大黒寿司前まで車を持ってきたが、その車を見て驚いてしまった。大きなベンツで7人乗りだと言う、あんな大きなベンツを見るのは初めてだった。昨年まではBMWだったが、末娘が運転も慣れたので自家用車を1台にする事にしたらしい、亭主のご両親も一緒に乗る事が出来るようにしたのだろう。
 4日には例年の如く初詣に我が屋の菩提寺に行ったが、これも驚きだった。例年檀家で車止めは一杯になっているので覚悟して行ったが、今年は1台も車が無い。悠々車を駐車できたが、一人も檀家が来てない、3が日の内に何軒かは来たらしく墓に花が添えられていたが疎らだった。
 住職に挨拶し、お布施をし話を聞いたが、住職が喋り始めたが止まらない、極端な時代の変化について得々と話していた。年賀状も少なく皆メールになってしまっている。若い人の寺離れが夥しい事になっている。私は生まれて直ぐ父親を亡くしている。母親が祥月命日にはお父さんの所へ行きましょうと言って墓参りに来た、私はお父さんと言うのはお寺の坊さんの事を言うのではないかと思ったりしていた時期が有った。
 この寺は1,500年くらいの歴史がある寺で、私の祖父さんや祖母も、その親も代々親しんだ寺だと懐かしく、本堂の席には自分の親父も座ったりしていたと思うと繋がりを感じていた。2年ほど前にこの寺も代替わりしたと聞いていたが、その代替わりした坊さんにお目に掛ったことが無い。
 地方の寺が跡取りが居ない、檀家が居なくなってしまったと言って廃寺になっている所も多いとは聞いていた。若者の仏教離れが言われているが、我が菩提寺も檀家の後継者不足が始まっているのかも知れない。少子高齢化社会がそうさせているのか、まず寂しい墓参りだった。
 五日には会社に向かったが、環七が異常な交通渋滞状態になり、一時間やそこらで行ける感じがしないので家に戻ってしまった。新年は7日からと決まっているので今日から会社は始動するが、午後には区役所の賀詞交歓会にFC足立を代表して出席する。例年各町会、自治会、各業界の方々が見えるがいつものような賑わいを期待している。
 
 

 
 

人生100年時代

 今や日本は人口は減り続け少子高齢社会になっている。世界でも日本民族が最長寿命になっている、しかも人生100年時代と言っている。その百年を如何に生きるかが問われるときでもある。
 年末の「朝まで生テレビ」と言う番組で各界の有識者がこれからの日本の経済その他を論じ合っていたが、結論としては混迷する時代だと思わざるを得なかった。世界各国も流動的でどんな事が起こるか分からない。
 行く先の見えない暗夜を行くようなものでしかない。そんな時100年前の明治維新に日本変える若者たちの指針となった儒学者佐藤一歳の言志四録を思い出す。
 有名な一説に「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め」と有る。この1燈と言うのは自分の信念でありまた自信でもあり、アイデンティティーでもある。自分をシッカリ確立して居たら憂うることなど無い、明かりで見える所を進んでゆけば良いと言う事だと思う。
 また一歳翁は「少(わか)くして学べば、則(すなわ)ち壮にして為(な)すこと有り。壮にして学べば、 則ち老いて衰(おとろ)えず。老(お)いて学べば、則ち死して朽(く)ちず。」とも言っている。
 私もいつの間にか高齢者になっている。年老いても学ぶことも多い、ましてや最近は分からない言葉や分からない事象が多い、学ばざるを得ない。理解できないことも多いが自分なりに消化するしかないが、老いて人に教えられることも多い。また私ならではの経験を人に伝える事も私のミッションにしている。100歳までは道が遠いいが、健康であれば難しい事でもないだろうと心に決めた。
 「あだち新製品開発講座」で佐藤一歳翁の言葉を話したことがあるが、それを聞いて目覚めたと言って自分の会社の指針を変えたと言う人も現れている。私も少しは足立区のために役立っているのかも知れない。
 足立区に生まれ足立区で学び足立区で生きている、足立区大好き人間だが、足立区に足を運んでくれる人に感謝している。毎年の事だが、この五月に仙台の中学生が就学旅行で足立区のもづくり体験に来る。ものづくりに関心を持つ子を育てるのも私の役務と思っている。





明けましておめでとうございます。

私のブログをお読みの皆様
 明けましておめでとう御座います。
昨年は色々お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。
 皆様の今年が輝く1年になる事を祈念しております。
 

大晦日に思う事

 今年も今日で終わり、明日から新年になりますが、振り返ればこの1年は素晴らしい1年だったと感じています。株式会社安心堂として足立区と言う地域社会で活動する事が出来た幸せと当社と関わりのあった全ての方々に感謝します。
 お陰様で全国から多くの方が足立区に足を運んで下さり、多くの事業者の方々と繋がりができました。足立区の行政にもものづくり支援のため全国に情報発信できるチャンスを再々作ってもらっていました、そのお陰も有ると思い感謝しています。
 今年も例年の如く「パッド印刷」だ「なんでもくん」だと一年中過ごして来ましたが、お陰様で健康で一日たりとも休むことなく過ごせました。ものづくりは一人で出来るものではなく地域のものづくりの仲間の協力がなければ出来上がりません。「足立ブランドのFC足立」「異業種交流会未来クラブ」「足立異業種連絡協議会」等、まさに足立区は協創社会と言っても良いでしょう。支援支持をして頂いた全ての方々に御礼申し上げます。
 人口が減る日本は少子高齢者社会に変化してます、産業構造も変化せざるを得ません。変化する社会で如何に生きてゆくかが一番の課題になる時代ですが、世の中が何を必要とし何を喜んでくれるかを知ることがものづくりの根本だと思っています。
 今年も多くの人にパッド印刷とは何か「なんでもくん」とは何かを知って頂きました。印刷の持つ高付加価値性にも気づいて頂き、喜んで下さる人も多かった。指示支援を下さる方も多かった、充実した1年だったと感謝しています。「なんでもくん」ユーザーの方々の一層のご繁栄を祈念しています。
 パッド印刷の伝道師として来年も活動してゆくつもりです、このブログを読んで頂いた方々も良い新年をお迎えする事を祈念しております。
 来年もよろしくお願いいたします。 

ゆく河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず、

 世の中は常に変化している、諸行無常と言う言葉もある。鴨長明の方丈記を読んだ事があるが、日本の今年の漢字は「災」だが、平安時代にも同じような事で、今の時代と少しも変わらない事が起こっている。
 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」
 一日置くと平成時代最後の正月になる。新しい年号はまだ発表されてないが、新しい年は飛躍の年にしたいと思っている。
 「災」とは縁がなく、今年もお陰様で健康そのもので、楽しく素晴らしい1年を過ごせた。年末ぎりぎりの日にも神戸の方が「なんでもくん」持ち帰ってくれて、正月中に仕事をすると言っていた。また、新年の8日に初荷として「なんでもくん」を出荷することが出来る。「なんでもくん」研修に見えた時、凄い!凄い!と感動して下すった若い方で直ぐにでも使い始めいたのだろう。
 「なんでもくん」を購入したばかりの方が、一日に何回も電話が来て何度もアドバイスしたが、製版も印刷も順調に出来たと言って喜んでいた。その方から地元のお茶を1キロも送って来た、余ほど嬉しかったに違いない。仕事を創出する事の喜びが次々の仕事に繋がってゆく、ぜひ頑張って欲しいと思っている。
 今年は何十人もの方が見えて順調に使い始めている、それに消耗品のリピート注文が増え続けているが一番嬉しい事で、パッド印刷の威力を発揮してくれてる人が多くいる。新年も今年のように少量多品種の物への印刷ニーズが増え続け、多くの人が見える事を願ってやまない。
 「未来クラブ」の年初の定例会に新入会員が3社ほどある。「未来クラブ」の勢いが止まらない、足立区のものづくりがますます増えて盛んになる事を願ってやまない。
 孫たちが三日に来る、皆大きく育ってしまって狭い我が家には入りきらない、大黒寿司が新年会場になる。3月にイタリーにサッカー留学する大阪の孫は来られない、サッカーの試合が有るのかも知れない。横浜の孫もサッカーを始めた、孫たちは皆順調に育っている。

パワフルな今年最終の「なんでもくん」研修者

 昨日の研修者はパワフルな方で神戸を夜中の12時に出発して昨日の早朝8時には我が社の近くのコンビニで仮眠をしたと言っていた。
 この方は金属を切るホール鋸のメーカーの方で金属を切る鋸のコンサルタントでもあり、金属の裁断や切り抜きの異能の持ち主と言っても良いような方だった。
 パッド印刷も何十年か前から経験しており、パッド印刷にはある意味精通している方だったが、印刷ロゴ文字の縦サイズ横サイズがパッド印刷で微かな変形をも許容出来ない人だった。
 我が社のプリンターで出力する文字の天地左右をコンマ0,1ミリサイズで指定し、出力したポジを拡大鏡で精査し、変更を指示していた。
 出力したポジで製版し、持って見えたホール鋸のカバーに印刷したり、平鋸にロゴを印刷したりして納得したらしく、「なんでもくん」本体で使用するドクターブレードやインキ、洗浄溶剤や希釈溶剤、硬化剤等を注文し、製版した文字版やポジも持ち帰った。
 昼近いので食事を誘ったが、このまま帰ると言ってお帰りになった。お年を伺ったら69歳と言っていたが、そのパワフルな所作には年齢を感じさせなかった。正月中には仕上げなければならないものが有ると言ってこの年末に神戸から疾走して来たのだが、その経験知や知力には驚かさせられた。
 今年も我が社には全国からいろいろな方がお出でくださって充実した一年だった。世の中には色々な仕事が有り、知らないことも色々学ばせてもらったり、また一歩成長させてもらったような気がする。
 今日は一年の締めくくり、新年を迎える支度をしなければと思っている。 1月にも来社する方からの予約も数件入っている、新年も明るい幕開けになる事を念願している。
 
 
 
   

明日も「なんでもくん」研修を受けに来る人がいる。

 明日も兵庫県から「なんでもくん」研修を受けに来る方が居る。研修後に「なんでもくん」を持ち帰り正月にかけて印刷したいものが有ると言う。それは鉄パイプに印刷したい希望だがそのパイプのどの部分に印刷をしたいのかは定かになってない。
 この年が押し詰まってでもやらなければならない仕事はその会社の命運に掛かっているのかも知れない。私もかつて正月三が日に仕事をしたことがある、どうしてもその仕事をやり遂げなければならない事情が有ったからで、その仕事が今日の私を作ったのかも知れない。
 押し詰まったこの場で必要なものを取り揃えられるかどうか、来られる人の期待に応えるつもりでは居る。「なんでもくん」開発者としては嬉しい限りで、来られる人の成功を心から願う。
 年内に収める仕事はほぼ終わった。来年度には新潟へ出張して「なんでもくん」研修をして欲しいと言う案件もある。未だはっきりと応えるとは返事してないが今日には答えなければならないと思っている。年末にかけて「なんでもくん」にまつわる消耗品の注文が集中している、これは嬉しい現象でそれだけ「なんでもくん」が有効活用している人が多いと言う事になる。我が社独くなあるパッドなど欠品状態になってしまった。一社で5個も注文して来たのでしばらく待っていただいて昨日発送出来た。
 あと二日頑張って新年を迎えようと思うが、今年もすす払いは出来なくなるかもしれない。また年賀状にも手を付けてない。正月休みに年賀状は書こうと思っている。
 

「なんでもくん」で印刷して凄い!凄い!を連発

 一昨日「なんでもくん」研修に見えた方はかなり前に「なんでもくん」を購入したが、その時本業が突如忙しくなり、「なんでもくん」使う暇がなくなってしまい、長い間使わず仕舞いになってしまっていたとの事だった。 
 一昨日は一人若い方を連れて来てその人にレクチャーして欲しいとの事だった。その人は別会社の方で若い人だった。
 今販売したいものが有るが、それに社名を刷り込まなければ販売できないので是非印刷を教えて欲しいとの事だった。持って見えたものはアスリートがはくとバランスが取れ調子が上がるパンツだと言う。
 幅の広い布地のゴムベルトで、あるロゴが既に印刷してあるがそのロゴの下の狭い所に自社ロゴを印刷した印刷機と言って、印刷データを持って見えていたのでポジを作り、製版を体験してもらい版を作った。布地に印刷する時は網を掛けず、1分露光して洗い出す、ほんの数分で版が出来てしまうのにも驚いていたが、私がそのパンツをラボジャッキに両面テープを張り付け、そのベルトを張り付け、その上にセロテープを張り、何度か印刷して位置出ししてセロテープを剥がし印刷をした。一度押したのでは色が薄いので2度3度と重ね刷りをしたが、それを見るたびに凄い!凄い!声を上げていた。
 3度重ねると細い文字の白色がはっきり鮮明になるので。この機械は凄い 何でこんな価格で販売しているのか、もっと高くても絶対売れると感動していた。
 自分でも印刷して見たが何度も重ね刷りが出来てしまうのには驚いていた。ガイドに沿って余分な力を入れなければ何度でも重ね刷りが出来る。自分で印刷して、この印刷機私も欲しいと言って見積書を持ち帰った。

「なんでもくん」で仕事を得る

 昨日「なんでもくん」研修を二人で受けに来られた方々のお一人は以前「なんでもくん」を見に来たことがある方でした。昨日連れてきた人に自社製造のゴルフシャフトに印刷をする仕事を提供するために「なんでもくん」を購入させるために連れて来たのだった。
 早速エプソンのカラリオでポジフィルムを製作し、そのポジを使って製版することをいきなり自分で出来るようにバキュームクランプにセットする事から全て自分でやってもらい、露光する事も現像する事も指導した。
 小さな版で洗い出しから水切り乾燥まで自分でやってもらい「made in japan」の版が綺麗に出来た。
その版をセットする事、印刷インキに硬化剤を入れる事、「なんでもくん」を操作する事も私が教える通りに、黒いシャフトの印刷位置を確定するための仮冶具にセットし最初は白インキで、前処理剤を塗布したものとしないもの印刷してもらった。白インキをインキ洗浄剤で洗った後、同じように黒インキで白いシャフトに印刷して貰った。希釈罪でインキの粘度調節も指導しましたが、すべて飲み込んだようだった。
 当然ゴルフクラブシャフトだけでなく色々なゴルフ商品はじめ何にでも印刷する事になるでしょう、新しい仕事を得た事になります。今後長い付き合いになるのよう頑張って欲しいと思います。
 今日は「なんでもくん」一式を購入して持っているが長いこと使わなかったので忘れてしまい再研修をお願いしたいと言う方が来る。使ってないと言うのはどう言う事情だか分からないが勿体ない事で時々こう言う方がいる。使っていた社員が退社してしまって任せっぱなしだったので使い方が分からないと言うケースが多い。
 今年もいよいよ押し詰まって来てしまったが、駆け込みで持ち込む仕事など有ったりして3連休している暇など無くなりそうだ。
 今日は「ものづくりゼミナール」の忘年会が有る。このゼミナールは「あだち新製品開発講座」の卒業生の会で数人仕事の都合で参加できない人も居るが、18名で忘年の宴を楽しむ。
 この「ものゼミ」は開発講座の大塚講師がボランティアで参加してくれていて、「ものゼミ」のメンバー数社で大塚先生の設計した「雪玉製造機」をつくり、知財権も得て、これが売れて利益を出している。忘年会費も半額で飲み放題食い放題になっている。こう言う面白い会もあるから足立のものづくりは面白い。
プロフィール

パッド印刷の伝道師

なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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