なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

困っている人を見過ごせない。

 昨日の昼近くにピンバッチの裏面に印刷が出来るかと言う問い合わせがあった。ピンが立っているとパッド印刷でなら可能だが、パッドに穴が空いてしまう。損傷してしまうパッドの代償を頂ければ出来ますよと言ったら、それを含め印刷代を見積もりをして欲しいと言うので見積もって差し上げたが、依頼者のOKが出たら是非印刷して欲しいと言っていた。ところが、印刷を直ぐ、しかも今日やって明日には欲しいと言うので即答はできなかった。ちょっと待ってもらって場内の者と印刷スケジュールを変更出来るかと相談したら、午前中に終わる仕事が有り午後に取り掛かる物の段取りは私がしてあったが、それは一日ずらす事が出来る、ちょっと忙しくなるがなんとかなるだろうと言うので何とかしましょうと答えた。よほど困っていたと見えて午後一番には750個のピンバッチを持っていくと言って大喜びしていた。「人を喜ばせる喜び」が弊社の基本理念になっている、困っている人を助けるのは喜ばれるがそれが縁で次への展開が始まることも多い。
 午後一番でピンバッチを持ってきたが、前回やったサンプルも持ってきたが、前回まではピンを取り付ける前に印刷していたのに今回は印刷を忘れてしまったらしい。前回までシルク印刷してもらっていたところが針が立ってしまったら出来ないので納期が迫っているのに困っていたらしい。
 持って見えたピンバッチの留め金を全員で取り外し、その間に私が受け治具を作ったが、昼休みの間に印刷の受けジグをつくる用意しておいたので持ってきてから差ほど時間がが掛からずに印刷に取り掛かれた。私が作った受け治具が印刷をスムースに出来るのを促進していると娘達が賞賛してくれた。昨日は私も焼付など手伝って、追い込んでおいたので今日の昼位には手渡すことができるだろう。
 このところ「なんでもくん」の購入者やユーザーからの消耗品のリピート注文が重なっている、中には在庫が払拭して少し待って頂かなければならないものが出てしまっている。私の「なんでもくん」がいろんなところで活躍しているかと思うと嬉しい限りだ。
 娘は日曜日のビッグサイトでの「デザインフェスタ」で大好評だったので色んな喜びの報告を受けた。「なんでもくん」が欲しいという人も居るらしい。パッド印刷のニーズはこよなくある。娘も自信を重ねることが出来たようだ。
 娘が参加している「足立ブランドyouth」の会長の出版した本が炎上している。足立区のものづくりが全国に伝わっているかと思うと我事のように嬉しい。今日もTBSの「あさチャン」で「あだち工場男子」についての放送が予定されている。今日はじっくり見ることが出来るだろう。
 
 

「足立工場男子」と言う写真集がヒートアップしている。

 最近テレビを見ているとテレビ各局が「あだち工場男子」と言う写真集を特集している。この本を編集し発売している「しまや出版」は「足立ブランド」認定企業である。「足立ブランド」認定企業はチーム「FC足立」として地域活動をしているが、チームの若手経営者や2代目の若手の後継者が「FC足立youthの会」と言うのを形成し、「しまや出版」の小早川さんが会長となり、弊社の2代目の娘が副会長となっている。若いだけにフットワークも軽く、近隣の区のものづくり団体と度々交流もしている。
 弊社の娘はただひとり、女性なので「工場男子」の写真集には掲載されなかった。申し訳かのように戦後の足立のものづくりを見て育った私の子供の頃に見、経験した当時の足立のものづくりについての小早川さんの取材を受け、その記事が数ページ載っている。
 私が子供の頃は終戦直後で、千住で空襲で焼け出され、越してきたのが今は梅島と町名は変わってしまったが、小右衛門町のガレージ横丁と称されていた所だった。数棟のガレージが立ち並び、その裏に運転手用の長屋住宅があり、その一軒が私の住まいになった。ガレージには1930年代のアメリカ製の乗用車が収容されていたが、戦時中には敵国の車だから使われずに収容されていたのだろう。戦後は木炭自動車に改造され、タクシーとして利用されるようになった。
 空いたガレージを借り受け、そこでフットプレス機を使って金属加工をする人達がいた。おもちゃ屋のバンダイが缶詰の空き缶を拾い集めたのだろうと思うが、どっさり持ち込み、その空き缶を隣の家が作業場になり、その空き缶をドラム缶の釜で苛性ソーダを煮ているのに浸けると汚れやラベルは簡単に剥がれ、きんきら金の真っ新な缶になってしまう。
 その空き缶にプレス加工した取っ手や如雨露口、金魚の型押しをした口の空いた蓋を被せて、塗装をする。空き缶が可愛い子供の遊ぶジョウロに変身する。これがモノのない時代だから大ヒットしたのだろう、バンダイのこの仕事は数年間続いた。これが戦後のバンダイの礎をつくったのかも知れない。ブリキの玩具が流行ったのもこの頃で、私もブリキのゼンマイ仕かけの自動車を兄に買ってもらったことがある。
 焼け跡から拾ってきたものでなんでも作った。私が考案したおもちゃを隣の玩具工場の親父さんに見せたら、「カンちゃん頭良いな、大きくなったら小父さんと玩具会社をやろうよ」と譽められた。その言葉が私の脳裏に焼き付き今の仕事の原点になっているような気がしている。
 私の家の隣ばかりでなく、小学校からの帰りに色んなモノを造っている家や作業場が有り、それを見るのが楽しみだった。足立区には自転車工場がいろいろ有り、その下請けの溶接屋なども、溶接が金属同士をくっつけてしまう。見ているのが邪魔と言うより目に悪いと言う思いからか、そんな時溶接に使う青酸カリをばら撒いて追い払うことが再三あった。
 しまや出版の「あだち工場男子」の取材を受けた時にこんな戦後のものづくりの話をしたら、見出しが「子供の頃青酸カリをまかれていた」と言うショッキングなものになっていた。
 当時はメッキや溶接に青酸カリが使われていて、手に入りやすかった。自殺する人に使われたり、帝銀事件のように一度に何人もの人が毒殺された大事件もあった。
 朝鮮で戦争が始まり朝鮮特需で日本の経済は立ち直る切っ掛けになった。隣のプレスやも子持ち爆弾の小さな羽根を付ける仕事をしばらくやっている時もあった。我が家はテレビが普及する前までは紙芝居で潤っていた。
 

今日は「あだちものづくりゼミナール」の総会

 今日の「あだちものづくりゼミナール」の総会ですが、私は懇親会の席で新製品開発の取り組みを発表するつもりです。今度の新製品のヒントもテレビニュースが気付く切っ掛けになりました。
 日常生活の中で人が困っているとか、人が喜ぶ、世の中に役立つとかがものづくりを気付かせる。私は印刷屋なので特殊なインキを開発することもあります。
 開発したインキで印刷すると思いもしない効果にぶつかる事もあります。研究は楽しい、すぐに成功することはないのですが、出来上がったものが人を驚かせる、これが楽しいのです。今日も楽しい一日になりそうです。

書いた記事が消えてしまった。

 先週金曜日の夕方から大阪に向かい、大阪の娘の家に行った。土日の行動記事を書いて投稿したのに記事がアップされていないばかりでなく、書いた記事がどこかに消えてしまっていた。過去10年以上ブログを書いているがこんな事故は滅多になかった。
 一度私の操作ミスで記事が消えてしまったことがあった記憶はあるが、今回はミスらしいミスもしてないと思うが一夜明けたら記事が載ってない。しかも書いた記事が何処にも存在してない、がっかりしてしまった。まさか何らかのウィルスのせいかも調べてみたい。
 娘一家との孫のサッカー試合、楽しかった夕食などの楽しい思い出、次の日の昔の証券会社のOB会、近畿光和会での記事が消えてしまった。しばらくブログを書くのを休もうかと思う。

「あだち異業種連絡協議会」総会

 昨日は足立区役所の13階の大会議室で「あだち異業種連絡協議会」総会がありました。活動事業報告、決算報告等々が終わった後に、付帯崔事として参加各社を5グループに分けて自社PRを2分間するグループディスカッションを「足立ブランド」交流会の時と同じようにやった。
 これは8月5日に予定されている「あだち異業種フォーラム2017」で「自社が使う道具を持ってグループディスカッション」を練習する為に行われたものだった。
 私は区が65歳以上の高齢者に「見守りキーホルダー」を無料配布しているチラシと高齢者の下着に見守りナンバーを無料で福祉部や地域包括センターで印刷出来る制度があることのチラシを手に取ってもらい、高齢者の行方不明を防止する対策として知ってもらった。
 行方不明になる高齢者は何も持たずに徘徊してしまう認知症の高齢者が多い、何も持たなくても裸で徘徊する人はいないので認知症患者の下着に一見メーカーのブランドマークのように見えるマークとしてさり気なく印刷してあるのなら、プライドの高い認知症の人でも着てくれるだろう。
 私は区の負担も少なく究極の行方不明対策だと思う。私がグループディスカッションで出会った人達全ての人がこの制度を知らなかった。この制度を高齢者を抱える人たちが多いのに知らないと言うのは残念だと思っている。今度仲間でもある区議会のメンバーにその点を質問してみようと思っている、普及してない要因を彼ならわかるかも知れない。
 今朝もテレビで「あだち工場男子」と言う本が取り上げられていた。連日のように各テレビ局が話題にしてくれている。足立のものづくりを知ってもらうのと若者にものづくりに関心を持ってもらう為に「足立ブランド」の「しまや出版」が出版した。足立区のイメージアップに役に立っているだけでなく若者にものづくりの継承を願う時代にマッチしている本だと思う。この本は我が社でも販売を手伝っている、関心のある方には送ることも出来るので声をかけて頂きたい。

受け治具が要のパッド印刷

 我が社には色んな形のものへの印刷依頼がある。印刷位置を確実にするためには必ず受け治具製作が伴う。その受け治具しだいで印刷効率、印刷精度が左右される。昨日は世界時計になるらしいが、文字盤は普通の時計と変わりない、その外側に12面に12カ国の国名が入りそれを回すことによってその国の時間が分かると言うアイデア時計なのだと思う。その受けジグに活躍するのがマスターモデルと言うプラスチック粘土なのだが、その粘土も固まるには少し時間がかかる。
 パッド印刷だから360度を2箇所づつ印刷するにも6回は回転して定位置になるような受け治具を作らねばならない。内側と外側の治具を組み合わせて1ミリたりとも狂いのない回転治具を作るにはかなりの工夫が要る。粘土が固まるのを待ってから組み立てるのに切削しなければならないので、2日掛かったが昨日出来上がった。後はワークが納入されるのを待つだけだが、印刷するのが楽しみになっている。
 昨日も大きなトレイでその側面に180度反対側にロゴ印刷する仕事の注文が入った。これはリピート注文だが、最初に来た時如何やって印刷するか随分考えた。先ず印刷機にセット出来るかどうかだったが、印刷機の受台をバラしてその大きなお盆状のものに印刷できるようにしたが、180度の反対側にも印刷出来るようにした。これまで色々な治具を作ってきたがこれは傑作といっても良いだろう、再度使えるので取っておいて良かった。ワークが届くのが楽しみになっている。
 パッド印刷の可能性は面白い、だから止められない。

印刷技術が自信をつくる

 当社の「じざいくん」ユーザーから嬉しいメールが入りました。消耗品の注文が有り、それを発送した後にこんなメールが入りました。

「インキジェット用フィルムが本日到着いたしました。
 早速のご手配いただきまして、誠にありがとうございます。
また、私事ですが、一身上の都合により、今月末をもって退社することになりました。
在職中は大変お世話になり、ありがとうございました。
 シルクスクリーン印刷に関して知識ゼロの状態から
ご指導いただき、今では弊社の中核を担う「コラボ製品」を
生み出すための無くてはならない技術となっております。
 丸山様からお教えいただいた技術は後任の者にしっかりと
伝えており、今後も消耗材のご注文などお世話になると思いますので、
その際にはご対応いただけますと幸いです。
 今後ですが、これまでの学びをふまえ、新たな分野に挑戦してまいります。
何かの機会でご一緒出来ることを願っております。宜しくお願い致します。」

 私としては印刷経験のなかった人が印刷技術を自分のものし、次への一歩を踏み出す切っ掛けになった一例ですが、丁寧なメールを頂いて望外の喜び感じているところです。
 最近は消耗品の受注が多くなって来ていますが、中にはとんでもなく発注量が大きくなっているところもあります。印刷がその会社の事業展開を大きく変えているのだろうと思います。昨日は発注料が多すぎて欠品状態になってしまったものもあります、今日には不足分を造って補いますが、中には特注インキなど何日かお待ち頂かなければならないものもあります。
 印刷の持つ高付加価値性に気付くと色んなアイデアに結びつく、その会社の強みになるものが開発出来たり、新しい顧客を開発できるようにもなります。
 昨日は「なんでもくん」ユーザーから「どこでもくん」の発注を受けたところもあります。印刷が進化している証だと思って嬉しく感じています。
 

足立ブランド交流会

 今年度第一回の「FC足立交流会」は例年とはちょっと違う趣向が有った。19年度、22年度、25年度の認定企業に再認定書が交付され、昨年度活動報告、今年度活動スケジュールの後、参加者が5グループA、B、C、D、Eに分かれ、各自が自社PRを2分間すると言う、これまでは無かったトークセッションが行われた。一順目が終わると違うグループに移動し、三巡目までのセッションだった。
 初めての事で最初は戸惑ったが2分を3分に延ばしそれなりの形が出来た。地域イベントによく参加する企業の事はよく知っているが、各展示会などにも参加してない所もあるので生の顔を見ながらのトークはそれなりに意味があったと思う。私は我が社の「なんでもくん」と「元気源」を紹介した。
 今年度から「FC足立」のホームページが出来上がり、これまで以上に内外に情報発信する機会も増える。
 私は冒頭の挨拶でも話させてもらったが、最近の足立区はものづくりでも光り始めている。都内で事業所数では2位になり、他区に刺激を与え、足立区のイメージはかなり良くなっている。
 会場に見えていた産業センターにある中小企業支援課の係長ともお会いしたが、昨年度の「あだち新製品開発講座」に参加した企業から3社が「足立ブランド」の認定を受けたのも共に喜んだ。
 2社が私のいるAグループで自己紹介をしていたが、1社はエボナイトの切削から始まったアクリルの精密加工、1社は磁石ボタンを開発して特許を取得し、バックなどで使われているが全国に普及している。他の参加者も足立区にこんな優秀技術があるのを知って驚いていた。今後のギフトショーや産業交流展で色んな人の目に止まる事になるだろう。

今日は足立ブランドの交流会がある。

 今日は今年度初めての足立ブランド認定企業の交流会がある。28年度も新認定企業が6社有り、48社が認定企業になった。「足立ブランド」のホームページとフェイスブックも出来上がり足立区のホームページで公開されている。
 足立ブランドに認定されるのにはそれなりの認定基準があり、28年度も12社の応募があったが審査結果で6社が認定された。年々ハードルが高くなっているような気がしてます。
 足立区の工場数は都内では2番目に多い2,888社もあり、「足立ブランド」は、区内産業の優れた製品・技術を認定し、その素晴らしさを全国にPRし、ネットワークを広げていくことで区内産業のより一層の発展と足立区のイメージアップを図ることを目的に平成19年度から開始した事業です。
 認定された企業はチーム「FC足立」の一員として地域活動をすることになります。認定ロゴマークは足立区の象徴とも言えるお化け煙突をイメージしたもので、公募したものから選ばれたものです。
 足立ブランドに認定されて事業が大きく変化して大成功したあまり地域活動が出来なくなるような企業も排出しています。
 いずれにしても元気な企業の集まりだからお互いが刺激し合う良い会だと思います。元気な顔と出会う今日も楽しみなことになっています。
 
 

今日は「あだち新製品開発講座」三日目

 開発講座は新製品が自社の強みになる、そんな独自のマーケットを創造するのが目的です。今まで得意先の仕事を獲得し、安定的な仕事と思っていた人が多い。だが経済構造が変化し日本経済の変革期に従来の常識が通用しなくなっている。超高齢化時代が否応なく押し寄せている、そんな時代をどうやって生き延びて行くか、この時代に自分は何をやれば良いのか、それに気がつく事を学ぶのが開発講座だといっても良いだろう。
 私は受講者に林成之さんの「脳に悪い7つの習慣」と言う本を熟読することを勧めている。新しい発想をするには脳改革が必要だと思うからで、従来の脳の使い方では新しい時代に立ち向かって行けないと思っている。この本も改訂版では分かりやすくなっていて、この本自体も進化している。
 私自体も世の中にどのように対応して行かなければならないかを考え続けている。自己改革を皆も考えられるようになっているか、これが決め手といっても良いだろう。
 世の中は毎日新しい方向へ走って行っている。何時の時代でもその流れは同じ流れではない、だから私は鴨長明の言葉「ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」を皆に伝えている。
 同じ日は無い、だから面白いとも言える。受講する人も毎日同じことを繰り返すことはないだろう、前回とは違った取り組みをすることに慣れてくれるのが一番肝要だと思っている。

未来クラブ総会

 昨日はあだち異業種交流会「未来クラブ」の第19回目の総会があった。19回と言う事は19年経ったと言うことで初回から参加している人は19歳を取ったと言う事になる。私が50歳台だったのが喜寿になっている。人は歳を取るのが早い、知らぬ間に年を取っている。
 月1回の定例会には滅多に来ない人でも未来クラブのメンバーが元気に総会に集まってくれるのを嬉しい事としている。私は冒頭の会長挨拶で皆に「骨ホルモン」と言うのを知っているかと質問したが、一人も知らないと言うのがわかった。私は健康を皆と共有したいと言う思いから骨ホルモン(オステオカルシン)を活性化する方法としての踵落としを皆に教えた。一日に30回以上踵落としをすることで健康を得られる、これを是非毎日実行して欲しいと挨拶がわりに伝えた。健康のためと早朝にウオーキングをしたりジョギングするより踵落としの方が簡単で時間も掛からないので継続し易い。天候に左右されることもなく何時でも何処でも健康に有効な運動が出来る。毎月の定例会でも皆実行しているかを確認しようと思っている。
 総会は未来クラブにはスタッフが確りしているので滞りなく進み、懇親会に入った。賑やかに懇談の時間を得られ楽しい総会で終わった。今年度の方針を確認し合って皆事業に挑む事になるだろう。新しい会員も増えて成長を続ける「未来クラブ」は頼もしい、今年度も成長を続ける事は間違いがない、そんな思いを確信した。
 

今日からお仕事再開

 私はものづくりは生涯現役でやっていきたい、それには健康が第一だと思っている。新しい健康法として今朝は踵落としを30回既にやっている。オステオカルシンが働いてくれる、これ以上簡単な運動はないだろう、生涯続けられそうだ。
 会社に行ったら全員で踵落としをするのを朝礼替わりに提案してみよう。
 
 
  

「オステオカルシン」骨ホルモンを知った。

 ゴールデンウィークも今日で終わる。この休みの間に私は二つ、自分にとって今まで知らなかった重要な歯医者と知識を得た。それも自由な時間をふんだんに使えたからだろうと思う。
 私は普段健康で具合が悪くなるということはまず無い。調子が悪いと言って会社を休むことなどない、具合がおかしいと病院に行く事なども無い。ただ、一番の悩みは食べることに一番重要な歯が悪い事で、これも年を取ってくると歯茎が弱って歯槽膿漏になり歯がグラグラになって歯医者に行くと治療しないで抜歯をされてしまう。歯槽膿漏を治療することをされたことがない。歯医者を何軒か変えたが何処に行っても同じようなことをされ、とうとう下の歯全部を抜歯され入れ歯になってしまっている。上の歯も6本だけ残っているが部分入れ歯になってしまっている。下の入れ歯は食事をするためには固定剤で止めないとろくに物が食えない、長時間話をする時も固定剤がないと発音がおかしくなってしまう。
 家内の姉が綾瀬に居るが、その義姉も入れ歯に悩みが有り、あちこちの歯医者を数年ジプシーがごとく巡り巡っていた。その姉がやっと素晴らしい歯医者に巡りあったと情報をくれた。私もこの休みの間の4日に予約を入れて、そこに行ってみた。そうしたら今まで行った歯医者6軒とはまるで雰囲気が違う。初診だからか1時間も予約タイムを取っている。設備も特別これと言った新しい感じがしたものも無い。古くからあるオーソドックスな設備しかない。それと入れ歯を作るためのアプローチの仕方が今までとは全く違う。上の部分入れ歯は立派なもので使いましょうと言ってその型を取り、下は下で型を取る方法が全く違っていた。6日に下の歯の型を取ると言うので行ったら、上顎の歯型が石膏で出来ていてその歯型との咬み合せに舌の位置と顔の中心を下顎の型取りしたものの中心線を描き、それと上顎の中心がぴたりと合うのを確認した。これまでの入れ歯が低すぎてかみ合わせの位置が下過ぎたようだった。今度の金曜日には入れ歯は出来上がりそこで再調整するが、調子が良ければその日で終わりになると言うが、私は14日の土曜日に予約を入れた。今度こそ良い入れ歯ができるのではないかと期待している。
 私はこの数年NHKの「ためしてガッテン」と言う番組を録画している。この番組から得る知識は随分と健康に役立っていると思っている。時々選んで見るが、エピガロカテキンとか豆腐の旨さ、ピーナッツペースト、オステオカルシン等々健康の良いものが色々得られる。
 2月頃放映されたものに「脳を活性化!血糖値ダウン!新発見骨ホルモンSP」と言うのが有った。早く見ておけば良かったと思うくらい、素晴らしい内容だった。
 骨ホルモンと言うのは10年ほど前に発見されたもので、オステオカルシンと言うもので人の健康には絶対必要なものと言って良い。このブログをお読みの方はもし見ていなかったらNHKのアーカイブで探してぜひ見たほうが良いと思います。
 私は早速番組内で教えていた踵を上げてストンと落とす運動をやり始めました。1日に30回毎日やるだけで骨ホルモンが活性化され内臓から脳までオステオカルシンが行渡ります。簡単な運動なので何処でも何時でも出来ます。認知症予防にはもってこいだと言うので何をやっても続かない私ですがこればかりは一生続けたいと思っています。
 
 

頑張っている「なんでもくん」ユーザー

 最近は「なんでもくん」ユーザーからの消耗品の注文が増えている。「なんでもくん」を有効にお使い下さっている証と思い朗報と感じている。「なんでもくん」を有していながらさっぱり消耗品の注文が無かったような方からの注文も少しづつ増えている。これも世の中の動きが変わってきている証左だと感じているが、パッド印刷の効用に目覚めた人が現状を変える努力をし始めたからだろう。
 在庫管理には気を付けているが、ヘビーユーザーから昨日のように1000版の注文が入るとドキッとしてしまう。欠品だけは避けたいと思っているが、原材料の代理店があまり在庫を抱えていてくれてないので急遽の時は困ってしまう。以前は頼めばすぐその日のうちに持ってきてくれたが、最近は社員でなく配送業の人が持って来る。余分な配送専門の人を雇わなくなってしまっているのだろう、それだけ仕事量が少なくなってのだと思う。
 昨日もゴールデンウィークが影響しているのだと思うが朝から環七が空き空きでいつもより早く会社に着いた。帰りも6時半と言えば昔は渋滞を免れなかったが、西新井陸橋が片面通行になっているのに少しの渋滞もなく、家内の通う医院まで送り届けられた。車の交通量が少ないと言うのはそれだけ世の中の仕事が動いてないと思うと寂しいと思わざるを得ない。9連休と言う会社もあるらしいが、それだけ仕事量が減っているのだろう。
 それに引き換え「なんでもくん」ユーザーは忙しそうだ、注文が入るとホッとする。こんな時思い出すのが若い時薫陶を得た、電通鬼の10訓の一説「仕事とは与えられるべきものではなく、自ら創り出すべきものである」
 私の「なんでもくん」を使い始める人は全員と言っても良い位大部分が印刷には素人で、パッド印刷などと言う言葉さえ知らなかった人が多い。その人達が今では印刷のプロに変身している。そうして確実に事業を盛んにしている。そんな手伝いが出来る自分を幸せもんだと感謝している。

ゴールデンウィークに突入

 先週からゴールデンウィークに入っている企業も1部あるようだが当社は暦通りに仕事はすることになっている。今日は休み明けには納入せねばならぬものを受注しているので作業に入る。
 通常のパッド印刷機では対応できないものなので、それに印刷するには一工夫も二工夫もしなければ出来ないものでもある。最近流行りのストレッチポールでそれになるべく大きくロゴを印刷して欲しいと言うご希望だが、既に製品に印刷してある文字と同じくらいの大きさであればなんとかなりそうだとは思っている。
 印刷位置を確定するにはどうしても印刷の受け治具を工夫しなければならない、休日前にあらかたの設計をしてあるが、1メーターの長く太い棒状のものを位置を確定するために固定するのには何で固定するか思案のしどころでもある。
 今日は受け治具が完璧に出来上がったら、製版はしてあるので直ぐに印刷は出来る。今日は電話も来客も少ないだろうから集中して出来るだろう、一本印刷したら写メールで送ってクライアントの了解を得ることになっている。要は受け治具の出来上り次第と言う事になる。
 パッド印刷の要は受け治具次第と言っても良い、簡単な形状のもので1個くらいだったらフリーハンドで押さえつけて印刷は出来るが、10個以上あったら受け治具を作ったほうが早い。
 パッド印刷はシルクスクリーン印刷よりインキの盛りが少ない、下地の色の干渉を受けて発色が悪い場合がある、そんな時には2度3度と重ね刷りせねばならない時がある。だから受け治具はものが動かないようにきっちり作らねばならない。
 私は受け治具をいろいろ工夫するのが楽しくてやっている。他所でやるところがないので我が社を名入れ印刷の駆け込み寺と言う人もいる。概ね印刷治具を作るのが面倒だと思う所が多いだけなのだろうと思う。
 

「あだちものづくりゼミナール」

 水曜日には夕方から「あだちものづくりゼミナール」があったが、懇親会をいつもの「龍苑」が早仕舞いするというので場所を「目利きの銀次」にした。9人のうち7人は飲兵衛なのでいつもと違ってビールから始まったがその後色々な飲み物を飲み、特に日本酒を何倍も飲んでしまった。
 すっかり酩酊して何時に帰ったか記憶にないが、朝目が覚めたらいつもより爆睡した。ブログを書く時間がないので一昨日は記事が書けなかった。
 昼間は「なんでもくん」研修をしたり、兵庫の家電メーカーへの納品で5時半には夜中に走ってくれる運送屋が来てくれてそれを見送ってからゼミナールに向かったので普通より歩くのも急ぎ足で歩き6時半の開始時間にジャスト間に合った。いつもより多少疲れ気味だったのかもしれない、それでいつもより多めに飲んだので良く眠れたのかもしれない。
 夜中に走った運送屋は3時10分に先方に着いたと報告があった。朝に電話を入れたらあれほどこちらが努力して間に合わしたのに担当者は淡々とした返事で、ありがとうとかお陰様でとかの言葉がなかったと言って家内はがっかりしたらしかった。自分らの手配遅れを間に合わすために一生懸命やってやったのに気持ちが通じてない、大企業と付き合うのは心がない、だから付き合いを辞めていた。担当者が窮地に立っているので口座は閉じてあったが助けてあげようと思って付き合ってやった。
 一昨日は朝一から見えた方が、奇遇だがその兵庫県の同じ地域の方で驚いてしまった。この方は従来の事業を違った方向へ事業展開するために「なんでもくん」研修に見えたのだったが、20人ほどの小企業だが従来の仕事が年々目減りしてゆくので危機意識を持って来たのだった。新しい発想が出来ないと言うので「脳に悪い7つの習慣」という本を読んだほうが良いと紹介もしたりして、研修は順調に終わった。
 今日は「あだち新製品開発講座」がある。今日は前回紹介した「脳に悪い7つの習慣」を読んだかどうか聞いてみようと思う。
  

人を喜ばせる喜び

 昨日は10時過ぎに三条燕からお出での方がアポ通りにお見えになって送ってきてあった包丁に「なんでもくん」での2色の印刷のレクチャーは順調に運んだ。版も受け治具も2色のインキも前もって作っておいたので、直ぐに印刷に取り掛かった。位置合わせや印刷の仕方は私が一通りやって見せ、私がやった通りに本番はご自分でやってもらったが、綺麗に印刷が出来るので驚いていた。
 1色目を終えたら版やインキ返しやドクターブレードの洗浄の仕方も教えた。版替えもワンタッチでできるのが「なんでもくん」の特徴で、色を変えて二色目の位置合わせも見てもらった。二色目も自分で印刷してもらったがこれも綺麗に印刷できた。
 指触乾燥はほんの数秒で済む、次の色を印刷するのもすぐ取り掛かれる。しばらく置いておいたが、完成品として持ち帰るのにも箱に入れが出来るので簡単だった。
 版のつくり方も一応見てもらったが、版は当社で作って欲しいというので製版システムは買わずに当社が製版をすることになった。息子さんも独立して別会社を立ち上げているのでそちらにも「なんでもくん」は必要だと思う、息子にぜひ見せたいと言っていた。
 包丁の刃に波紋があるのも謂れを聞いて理解できた。帰りには西新井大師に行って見たいと言うので山門前まで送って差し上げた。想像していた通り気さくでしかも豪快な人で、売る技術に長けていて教わることも多そうだ。またまた素晴らしい人と巡り会ったと感じている。
 午後は葛飾のものづくりのグループが4人ほど見えて娘が受け入れ賑わっていたが、それをよそに家内は大企業と製版の納期問題のやり取りで大変だった。
 何年か前までその大企業とは直接取引をしていたが、その大企業の納品方法が変わり、取引先すべてを集めて納品方法をレクチャーをするので参加して欲しいと言われたことがあった。その頃には取引量も細ってきていたので、わざわざ兵庫の山奥まで足を運ぶのも面倒なので断ってしまった。口座はとっくに消えていると思っていたが、最近、我が社が付き合っている大事な顧客を窓口にして注文を入るれてくるようになっていた。
 今回は古い版だが、大特急で製版して欲しいと数日前直接電話してきた。取引先からの注文書は昨日入ってきたが、特殊な版で材料の手当にも時間が掛かる、その前処理とも言えるメッキも簡単にはできない。取引が盛んな頃には材料も在庫をしてあったので、比較的短納期にも応えられたが、今回ばかりは数量も少なく、材料を切り出すにもメーカーで時間が掛かる。数日前から急ぐよう頼んでおいたが娘に走ってもらうが製版が出来るのはどうしても今日の5時過ぎ頃になってしまう。
 それを昨日はどうしても今日中に入れて欲しいと何度も電話が入り、そちらから取りに来てくれれば夕方に持ち帰られると言ったが、どんなに経費が掛かっても良いから送ってくれと言う。
 それも明日の昼までに入ればと言っていたのが、朝8時に入れてくれと変わり、今日の夜11時でも12時でも良いから入れて欲しいと担当者は泣くばかりだった。とにかく遠いので宅配便では間に合わない。
 そんな時不思議なことが起こった。ある運送会社が取引してくれないかと営業の電話が入った。営業内容を案内したいのでFAX番号を教えてくれと言うので送ってもらった。その内容を見て365日間、24時間数量に関わらずいつでも対応できますと書いてあった。
 娘が早速先方に電話を入れ、兵庫県の住所を言いそこまで今日走れるかと言ったらOKだと言うではないか、こちらが困っているのを見透かしていたような偶然に驚いてしまった。「天は自ら助くるものを助く」神様がどっかから見ていたのではないかと思うぐらい助かった話になる、ツイてるとしか言い様がない。
 あの家電では大企業の担当者も喜ぶだろう。
 
 
 
 

今日は新潟から「なんでもくん」研修に来る人が居る

 今日は新潟県の燕三条から来られる人が居る。以前包丁に2色で銘を印刷するテスト依頼を受け送った事があった。前回送った銘とは違うデータが送ってきてあるので、その銘を印刷する。版も受け治具も出来ているので「なんでもくん」の操作をレクチャーするだけになる。
 内外に人気のある包丁なので印刷を外注しているとそれだけ遅れる要因になっているのだろう。自社で簡単に印刷をすることが出来ればその分早くなる。
 前回印刷した包丁1丁進呈されたが、土日はその包丁でいろんな料理を作った。電話で話すと気さくで豪快な方のように感じられる、お会いするのが楽しみになっている。上野に9時半に着くと言うから10時過ぎには研修が始められる。
 今週はゴールデンウィーク前の週だが、26日には「あだちものづくりゼミナール」が有り、28日には「あだち新製品開発講座」がある。休み前で気持ちがウキウキしている人も居るだろうが、気を引き締めて参加するつもりでいる。
 来週は月曜メーデーから一週間休む会社もあるようだが、当社は暦通りに休むことにしている。明日入るものは休み明けに直ぐに必要だと言うのもある。休み前に「なんでもくん」用の消耗品など注文が増えているので休日に仕事をしようと言う所も多い感じがする。
 昔はゴールでウィークに何処かゆっくり出来る所へ行こうと予定を作ったが、最近は何処かへ行きたいと言う気持ちが全く沸かない、歳のせいかも知れない。
 4日には義姉の紹介する綾瀬の歯医者の予約を取った。入れ歯の調子がこのところ調子が悪く、前回入れ歯を作ってもらった歯医者は新宿で時間がかかるので行く暇が中々取れなかった。義姉も入れ歯では先輩になるが、あちこち色んな歯医者を渡り歩いて、今行っている歯医者が一番良いと紹介してくれた。先輩の言うことだから間違いがなかろうと思って、ネットでも口コミを見たら良さそうなので行ってみることにした。

5月には証券会社のOB会に行く

 私が10年在籍した証券会社のOB会から案内が来ていたが、当時の先輩から電話があり、私に会いたいと言う人が来るので是非会ってやって欲しいと言われた。その人と言うのは私が証券会社で初めての部下とも言える人で3年後輩だった。
 私が証券界に入った途端証券不況になり2年間新入社員を募集しなかった。私は2年の間一番下の位で寂しいもんだったが、その代わり先輩に追いつき追い越せとばかりに毎日飽きもせず歩きまくった。そのお陰でか3年後には3年、4年の先輩を凌ぐ成績を残していた。
 彼が入社した時には4年先輩として指導する立場になっていたと思うが、私の指導は厳しいものと彼には映っていたらしい。2年位は彼の上に立っていたが、その後私は相模原支店開設で転勤してしまった。
 私が退職した後、彼は私の会社に運転手付きの車で訪れてくれた。浦和支店長に出世していてその姿を見せたかったのだろう。その時一晩だけだったが何処だか忘れたがカラオケを一緒に楽しんだ事があった。 
 それ以来会うことも無かったが、先輩からの電話で彼は脳卒中を患い、そのご癌に侵されていて、最後の旅行になると思うので夫婦で京都を旅行すると言い、そのついでに関西のOB会にでるので私を呼んでおいてくれと言われたらしい。
 彼が言うのには私は言葉の端はしにまで文句を言い、うるさい先輩と思ったが私の指導のお陰で随分役に立った。そのお陰で今があると私の先輩には話していたらしい。
 そうまで言われると今回は何とかして出席しようと思わざるを得ない、今日にも出席の返信手紙をだそうと思う。彼のガンはどのくらい進行しているのか分からないが、歩く元気があるのだったら、ガンは治せる。私の言う通りに生活習慣を正せば治る可能性は十分ある。彼に会ったら厳しいが最後のアドバイスをしてみようと思う。
 

楽しい「なんでもくん」研修

 昨日は私は普通通りに会社に行き、10時にアポのあった人を待っていた。来られた方々は杉並区のNPOの人達で予定時間より早めに着いたが、気さくな人達だったので話しやすくテンポもトントン拍子に話が進んだ。
 自分たちで作った楽しげなNPOの「なみすけ」と言うキャラクターをUSBに入れてあったので娘がタイミングよく来てくれたので出力の説明が出来た。
 彼らは印刷したい昔からある唐辛子の容器を持って来ていたので、その容器の受け治具をプラスチック粘土でつくり、熱を加えて10分ほどで使えるようにした。
 唐辛子の振り出し容器は赤色が普通だったが、彼らが持ってきたのは白色だった。探すのに苦労したとも言っていたが、白色なのでどんな色でも加色出来る良いものを見つけたと思う。
 パッド印刷がR面のある曲面に印刷出来るのを喜んだ。彼らに3個づつ持ってもらい、一人づつ順番に印刷してもらった。手刷りには個性が出るがどうしてもパッドを押しすぎて汚れを拾ってしまう人も居たが、少し失敗を繰り返したが皆綺麗に印刷が出来た。キャラクターの絵柄の大きさが蓋部分にも印刷が出来そうだったので、それにも各自に印刷してもらった。全員すっかり印刷には慣れたようで安堵した。
 彼らは頭の中で色んな発想が浮かび上がるらしく、杉並には色んな蕎麦屋さんが数多くあるので買ってくれるに違いないと皮算用をしていた。自分達のアイホンにも印刷して「可愛ィッ!」と嬌声を上げて楽しんでいた。「なみすけ」は杉並のなみを取って付けたと言っていたが、自分等で考えデザインしたので可愛いのだろう。
 「なみすけ」を色んなグッズに印刷しまくるのを想像できる。印刷が持つ付加価値性も話したが、パッド印刷の面白さも納得して貰った。印刷が楽しいから休日に出ても苦にならない、私が一番楽しんでいるのも知ってもらった。皆も楽しかったのだろうゴキゲンな顔をして帰っていった。
 ゴールデンウィーク中に練習したいと言う人も居たが、果たしてどうなるだろうか?
livedoor プロフィール
なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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