なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

時代の変わり目

ライブドアの後任人事が決まったようだ。この難局を乗り切ることが出来るか如何か。
やはりホリエモンは時代が要求していた寵児だと感じられる。
有罪であろうがなかろうが彼の出現が世の中の多くの企業人、政治家、一般大衆、役人、多くの人が目覚めさせられた。
 彼のもたらした経済効果は目覚しいものがある、若い世代はその夢が良いか悪いかは別にしても大いに刺激を受けたろう。
 護送船団に守られてぬくぬくと安住していた人達はその船が沈みそうになっている所へ追い討ちを掛けられたような苛立ちを覚えたのかもしれない。
 企業のあり方、政治のあり方を再確認する良い機会だと思う。
彼の人気にあやかろうとした自民党、民主党の茶番劇は大滑稽で面白くは有るが今の政治不信を増長させた罪は重い。
 真の政治家の出現を待ちたい。
 
 株式への認識も多少は変化したかと思うが資金調達の場としての株式市場を本当に理解できただろうか、思惑の飛び交う株式市場は常に功罪を伴う、彼の犯したと言う罪は世間一般大衆にとってどれほどの悪影響を及ぼしたと言うのだろうか。
汗水をかかずに大金を得ることに指をくわえて見るだけしか出来ない人の悔しさを癒すかのようなメディアの報道には苛立ちを覚える。人の命に関わる偽装設計問題がホリエモン報道で薄められてしまった。

 深刻な状況下にある零細企業としては景気の行方の方がよほど問題が大きい、景気が上向いていると言われながら私を取り巻く中小企業が良くなっている兆候はほとんど見られない、構造変化についてゆけない企業が多いのだろうと思われる。早く体質を変えてゆかないと消えてゆかざるを得ない。来月の「あだち異業種フォーラム2006」が区内外の企業に良い影響を及ぼすことになるか関心は大きい。


富の主は天下の人々なり

 ヒューザー事件、ライブドア事件が人々の関心を強烈に惹き付けている。武部さんの弟が逮捕されてしまったのだから天下をひっくり返すような騒ぎになっている。今日から数日間はワイドショーは大賑わいを見せるだろう。したり顔の解説者がこのときとばかりに得々と自説を披露し正義を唱えるシーンをメディアはコレでもかコレでもかと放送し続けるだろうと思うと少し気が重い。
 しかしこれらの事件が自分の商売を振り返るキッカケになればと思う。何日か前に平田雅彦氏がコメンティターとして出演した番組があった、石田梅岩の石門心学の言葉「富の主は天下の人々なり」を解説していた。コレが私の一番共鳴した話だった。遅咲きの石田梅岩は自分の体験の中から「心学」と言えるものを確立した、長い経験から生まれ出た薀蓄は人をうなさせるモノがある。松下幸之助さんや稲盛さんは「石門心学」を学んだ後起業したのかしら、あるいは事業を展開する内に同じ境地に至ったのだろうか。
 私もこの歳になって自分の埒をあけることに専念している、自分は一体何なのかを自問自答する。そして自分の仕事が世の中の人喜ばせるものになっているか如何かを自問自答し一番の関心事としている。まだまだ自分が変わっているか如何か分からない。
 昨日は6時頃になって「なんでもくん」を買いに来た人がいた。版の作り方から印刷まで伝授し、今後の事業展開まで話が及び帰りが9時半過ぎになってしまった。茨城県まで帰るので途中凍っている道路が在るそうなので無事にお帰りになる事を祈った。
 帰りの道で頭上にヘリコプターが何機も飛び交い異様な感じがしたが、それは小菅拘置所にあのホリエモンが移送されるのを報道する為のものだった。視聴者が求めているのだろうか、あんな何機もの夜間飛行は危ないだろうにご苦労な事だと半分厭きれてしまった。
 

なんとなく充実した一日でした

 昨日は朝起きぬけに兵和通商店街の朝市に行った、一昨日の雪が歩道車道を覆いカチンカチンに凍てついていた。ツルツル滑るので歩くのにかなり気を付けなければならなかった。歩幅を小さく恐る恐る歩くのは久しぶりだった、こんな状態じゃ地方から来て出店する人は来ていないんじゃないかと思って行ったが案の定出店数はいつもの10分の1にも満たなかった。商店街の通りもテカテカで歩くのも容易でない、お年寄りが多く滑って転ぶ人がいるのではないかと思っていたら目の前で滑って転んだお婆さんがいた。他人事ではない自分も気をつけて歩くことに専念した、少し前に救急車で運ばれた人もいたらしい。いつも行列で1時間も待つ人が並んでいる屋台のオコワ屋さんもさすがに5,6人並んでいるに過ぎなかった。並ぶのが嫌いな私ですが昨日は初めて並んでみた、どんなに美味しいものなのか以前から味わってみたかった。帰って食べてみたらやはり人が並ぶだけのものだった、美味い。あまりにも出店が少なく目的にしていた店も無くしかたなく最近高騰している野菜でも買って帰ることにした、欲張ってアレだコレだを買ってかなり重くなってしまった、そうしたら片手に重いものを持つと微妙にバランスが影響し滑って歩きづらくなった。車道を走る車もやたら車間距離を開けて走っている、スリップを警戒しているのだろう、今日は出かけるのを諦めた。
 昨日は大相撲は千秋楽、足立出身の大関栃東が優勝をかけて朝青龍と取る、テレビ観戦だが声援を送りたいとテレビ桟敷にどっかと座った。願ったとおりやってくれた思わず拍手喝采を上げた。昨年引っ越してきた西新井は大騒ぎになったろう、当社の連中も8時に部屋の前に行っただろうと思う。
 私は昔栃錦の大ファンだった、従って春日野部屋の相撲取りを皆応援していた、お父さんの栃東も応援していた一人である、足立区にお父さんが部屋を建ててから今の栃東を十両時代から応援していた、来場所も頑張って横綱を張って欲しい、足立区の活性化に花を添えて欲しい。

徒弟制度

 昨日は降雪が激しいので会社に行かなかった。車で会社に行って帰りにどういう状況になるか想像が付かないので逡巡したのです。どだい会社は休みなので元々行かなくても如何ということは無い、だけどやりたいことは山ほどある。まあ今日の様子を見ていけば良いやと言う事にして休むことにした。
 午前中は飲み食いをしながらテレビなど見てい、PCで友人のブログなど読んだり娘たちのブログを楽しんでいたが、身体を動かさないと何か食べたものが消化しない感じでジッとしていられない。そこで思いついたのが比較的近くにいるプラスチックの板加工をしている長い付きあいの下請け業者の所へ行った。「ころまるくん」で印刷する円筒状のプラスチック筒を手に入れるため雪の中を徒歩で腹ごなしをしながら行ったのである。
 昨年中国大連に同じ時期行くので零下十何度に耐えるようにと着ていったコートを着て雪中を歩いた、あまりにも防寒を完璧にしたので却って大汗をかくことになってしまったがかなり胃の中がすっきりしたような気がした。
 加工屋の彼は私と同い年で中学を卒業すると荒川にあるセルロイド加工屋に丁稚奉公として入ったという。石油化学が出現する以前はセルロイドが全盛で、加工し易さから今のプラスチック製品に見られるようなものは皆セルロイドで造られていた。塩ビやアクリルの板が出現しセルロイドに取って代わっていった。彼はアクリル板の加工を選び、親方や先輩弟子の反対を押し切って独立し現在に至っている。
 日本のものづくりは徒弟制度が土台だった、独立した時の周辺の圧力には大変苦労したと聞かされている。だけど時が経つにつれ彼の親方に対する礼節が受け入れられ今でも当時の親方、兄弟子、弟弟子の関係は続いている。親方は3,4年前に亡くなっているが今では彼がリーダー的存在になっている。彼はすべて手加工で大した道具も無しでなんでも作ってしまう、各方面から重宝がられて今のこの時代でも結構忙しい。図面を読むことは出来なくても要求されたものは何でもこなしてしまう器用さがある。彼はいわゆる職人で親方にはなれない、弟子が居ないから、もったいない。徒弟制度の親方、職人、徒弟と言う構図が今の時代には限られた職種にしかない、彼の律儀さは今の時代でも息づいているのに。
 私みたいな中途半端な職人気質と違った頑固さは同じ年とは思えない、彼を見習おうと思っても私は親方を知らない、教えを請うた人がいないのだから無理も無い、彼の律儀さは徒弟制度の良いところだといつも思う。
 今日は彼に作って貰ったアクリルの筒の受け冶具をドイトで部品を揃え,作ってみたくてしょうがない、色んなサイズの円筒状のものを受ける冶具の構想が頭の中に描かれている、「ころまるくん」には必携の商品になる。雪の影響が無ければ今日出来上がる。
 

 

嬉しい取材は「売れる商品(製品)デザイン創造塾」だった

 昨日は東京都中小企業振興公社の取材を受けた。公社発行の情報誌「アーガス」に掲載される「東京デザイン創造塾」参加企業の内の1社として紹介されるようです。
 4ヶ月にわたりデザイン創造塾で学んだ成果を発表できる嬉しさはものづくりに親しむ者にしか味わえないだろうと思われる。創造塾には既に立派な企業を作り上げている人達もいれば私のように零細な町工場のオヤジも参加していた。ところがものづくりに対する思いは皆同じで、それこそものづくりにハシャグ子供たちとそう変わらない、自慢げに自分の作ったものを親に見せて褒められたい、そんな仕草とプレゼンテーションで発表する姿は同じようなものだ。
 創造塾を通じて完成させたUV仕様の「なんでもくん」と卓上小型UV乾燥機「かたまるくん」を取材していただいたが、創造塾の中間で発表した「ころまるくん」も先週出来上がっていたのでそれも又自慢げに見せた、谷口さんはそれにも痛く関心を示しカメラに収めていった。目の前で簡単に円筒形のものにグルリ印刷できるので驚いていたと思う。
 人を驚かせたい、褒められたい、こんな無邪気な思いがものづくりには共通してある。それが世の中のどんな場面で活躍することになるかどうかが決め手だと思う。どんなに良いものでも人に知られなかったら普及することは無い。「アーガス」に掲載されてどんな人が、企業が目に留めるか、そんなチャンスが巡ってきたのだから嬉しい。
 私はかつてライブドアに見られるような虚構の世界に身をおいたこともある、虚構が悪というわけではない世の中の変化のきっかけになる重要な事だとは思うが、とにかく地べたに足の付いた思いの無い世界で、砂上の楼閣を築くようなものであっという間に崩れる危険がいつも付きまとう。その点ものづくりは化石となっても残る可能性があり後世に影響を残すこともできる、「なんでも鑑定団」で評価されるかもしれない。
 ものづくりはお金になるかならないかは時の運もあるがとにかく面白い、こんな面白さを今の子供たちに伝えたいと常々思っている。
 「あだち異業種フォーラム」のチラシを持ち帰って頂いたが、私は創造塾で色々な助言を頂いたものを展示する。私の創造塾で教わった恩師達が見に来てくれたら嬉しいのだが。忙しい人達だから難しいと思うけど完成品を直に見てもらいたい。

竹ノ塚百景が送られてきた

 発行人が未来クラブのメンバー「トータルプランニングスズキ」のタウン誌「竹ノ塚百景」が送られてきた。足立の情報誌としては素晴らし充実した内容で今後の発展が想像される。
 「おめでトーク」という欄に「東久邇宮記念賞」受賞と私の記事が掲載されました。光栄この上ないことで恐縮の極みながら記事の書き方の卓越した手腕には舌を巻いてしまった、編集人の並々ならぬ辣腕を感じさせる。私の小さな記事は置いてくとして、タウン誌にしては重厚な記事が軽妙に読みやすく足立の住民としては嬉しい記事が満載されていて読み応えのあるものに仕上がっていた。
 新連載のライブ・トーク・エッセイで北野大さんの足立を思う気持ちを嬉しく読ませてもらった、彼は私より2歳年下だが同じような世代を生きてきている。彼の家の比較的近くに私は住んでいたので共通する話しが会えば多くあると思う。彼の家の近所に「黄金バット」の原作者の永松健夫さんの家があった。身障者の兄の杖代わりになり永松さんの家に週に何回も北野さんの家前を通って通ったものである。その当時は北野さんを知るよしべも無く、ましてや世界の北野タケシが生まれ出るなど想像の外のことであった。大さんは「私は生涯”足立の北野”で行くと決めていますから」と語っている。足立の丸山としてはこんな嬉しい記述は無い、テレビなどによく顔を出してますが見るにつけ足立の顔が出ているようで嬉しい。
 トータルプランニングスズキの鈴木さんとかつて足立を活性化しようと「未来都市あだち」という会社を創った事もある、未来クラブのメンバーも皆足立を良くして行きたいという気概を持っている、北野さんと同じ気持ちを皆共有している。
 昨日「あだち異業種連絡協議会」の役員会の後、区役所14階のピガールでイコー会の今野さん、石井さんと会食したが話すことはやはり足立の向上が主題になる、熱き思いは皆同じだ。
 2月23日の「あだち異業種フォーラム2006」をなんとか盛り上げて元気な足立をアッピールしたい。

昼ごはんが食べられなかった

 昨日は外国企業が来社し提携問題で話しが長引き昼時間がなくなってしまった。この企業は昨年「産業交流展」に未来クラブのブースに来た会社で「なんでもくん」の代理店を台湾で創設したい意向で来たのだが、結構好感を持てる人だったので話が長引いた。午後一番のアポの有った企業がすかさず来たので昼飯を食べる隙がなかった。その商談が終ったら次のアポの人が来て長い話しをしていったので昼飯にありついたのが5時半頃になってしまった。途中昨年試作した物にゴーサインが出たと言って打ち合わせに来たところもあったが、その人が来たときにはいつでも来客中で細かい打ち合わせが出来ない、結構纏まった仕事なのでいつも申し訳なく思う。良い仕事で応えるしかない。
 こちらが忙しく対応しているのをよそにに東証では大変な状況のようだった、昨年から4割以上も上がっていた相場だから取引高も異常な状態になってしまったのだろう。処理能力を超える取引が集中する異常さが今後の取引に如何影響するか気がかりでもあるが、昨年私のブログで「人の行く裏に道あり花の山々」と警告気味に書いたこともある、買った株は必ず売る時が来る、やれ買えやれ買えと素人が表面に出てくると相場は何時の時代でも調整に入る、ライブドアをきっかけに大幅の下げを演出していることは市場がまともに機能している証拠で安堵できる。今年は異常な低温や降雪、経験したことの無い出来事が噴出している、冷静な判断が要求される。
 今日は異業種連絡協議会の役員会があり、来月の「異業種フォーラム2006」の最終打ち合わせになる。

人が人を呼ぶ?仕事が仕事を呼ぶ?

 昨日はアポ無しの人がアポの有った人の直前に見えて人違いをしてしまった。アポの有った人には大変失礼をしてしまったが結局知らないもの同士一緒に「なんでもくん」の取り扱い説明をさせて頂いた。昨日は電話での問い合わせ、メールでの注文、とにかく初めて接客する人が多いので頭がこんがらがってしまう。私のキャパを超えてしまう時がある、不思議と電話が重なったり来客が重なったりする時がある、これは何の現象なのだろうか?
 仲間からもよく聞く話しだが同じような現象がどこでもあるようだ。仕事もそうだ、忙しい時に限って急ぎの仕事が入る。平均的に来ていてくれればなんと言う事もないのにどうしてこうなるのだろう。毎日がこういう状態であれば人手を増やすことも出来るのだが、無い時は全く無いので人を増やすのも決断できない。
 今日も4人のアポがあり初対面が3組だが中には外人もいる、上手く意思が伝わるかどうか、明後日取材のある卓上型UV乾燥機も今日出来上がってくる、うまい時間帯に来てくれれば良いのだがこちらの都合の良い時に来ることは滅多に無い、このところ夜中にメールの返事を出したり見積もりを出したりしている、零細企業の悲哀を感じる、寝る時間が益々少なくなる。

低コストで小ロットの紙コップ印刷が出来る「ころまるくん」

紙コップやポリコップが宣伝媒体に化ける

紙コップやポリコップに勿論ガラスコップや陶製のマグカップにもグルリッと印刷できるのが「ころまるくん」です。ワンポイントなら「なんでもくん」が簡単です。
 昨日は印刷関連業者2社の営業マンに「ころまるくん」の話しをした、又見てもらった、いたく関心を持ったようだった。既製の曲面印刷機だと小規模なものでも100万円チョッと掛かる、欲張ると200万円くらいになってしまう。しかも円筒形と円錐形とは同時には出来ない、「ころまるくん」は両方に簡単に対応できる。こんな印刷機は市場には無い、量産すれば「なんでもくん」よりチョッと高目と言うくらいで販売できる。手動式で全く印刷経験の無い人でも簡単に操作できる所が既製品との違いでもある。印刷コストは操作する人によって決まって来る。授産所のように低コスト作業に慣れているところであれば決して稼げない物ではないと感じている。
 ネットで調べたら紙コップは1個2円もしない、印刷をしたものは何十円にもなっておりロットも大きい、小ロットだとかなり高いものになってしまい、使い捨て市場には合わない。ところが「ころまるくん」は版自体はそれなりのコストは掛かるがランニングコストは操作する所の事情によって決まって来る。小ロットの紙コップ印刷に対応でき5円〜10円以内で実現できそうだ、宣伝コストとしては非常に安い。
 低コストで紙コップやポリコップが宣伝媒体に化ける、新しいマーケットを創出できそうだ。明日からビッグサイトでインターネプコンが始まる、超先端のハイテク技術が展示されると思うが、それらの最対極にあるとも言えるローテクが「なんでもくん」であり「ころまるくん」です。
 仕事も2極化してきている、ハイテクの時代だからこそローテクが目立つそんな気がする毎日です。
 
 紙コップ2

シアター1010で49年ぶりの再会

 昨日久しぶりで姉に電話した、今年は年賀状が来なかったので多少心配があったが結構元気な声で安心した。彼女は私より6歳上だ、今や姉弟は2人だけで後5人の兄姉は既に亡くなっている。
 電話中にキャッチフォンが入り「みつえさん」から電話だから後で電話するといってとりあえず電話は切った。「みつえさん」という名は聞いた事がある、おそらく小学生か中学生の頃だと思う。確か私の母親の従姉妹だったと思う、後で電話が掛かってきて聞いたらやはりそうだという、今幾つと聞いたら88歳だと言う、兄嫁が未だ達者で昨日は暖かいので会おうということで出かけることになったと言う、妹も86歳で健在だと言う、女はなんと長生きするものだろうと思った、男は誰一人いない。
 姉は時々彼女らと会っていると言う、たまには私とも会おうというのでここ数年会っていないのに気づき、じゃあ29日に会いましょうと約束した。シアター1010で会うことになった、そして食事でもしようという事になった。
 その時に昔近所に居て親しくしていた「千恵ちゃん」も呼ぼうという事になった。昔は隣近所とは親戚より遥かに親しい間柄で家族同士がよく付き合ったりしたもので懐かしい思い出は親戚より遥かに多い、遠くの親戚より近くの他人、と言われたもんである。
 彼女は今千住緑町に住んでおりシアター1010の会員になっており、シアターには良く来るらしい。当然私がシアター1010でお線香を売っていることなど知らない、ところが昨年夏に私がシティビジョンに出演しているのを姉から聞き私の姿は見たらしい、昔の面影が残っていると言っていたらしい。高校時代に私と姉と3人で信州天竜峡を旅したことが有る、私はそれ以来なのだから会っても顔はおそらく分からないと思う。
 昔共に住んでいた所は「小衛ェ門町」といっていたが今はその町名は無い、今は梅島と言ってその裏長屋も姿を消している、とにかく懐かしい人と会うことになったもんだ、と同時に私も随分歳を取ったもんだ。

友人のブログ「下流社会を読んで」を読んで思う事

 「下流社会」という本を読んではいないが三浦展氏は消費社会の分析には評価すべきものがあると思う、いずれ読んでみたい。この友人とは異業種交流会で共に会運営に携わってもらっているが素晴らしい人格を持っていると常日頃感じている。彼は三浦流にいえばニア団塊ジュニアに入るのではないかと思うが、団塊の世代の次に人口構成の中で多い年代になっているのだと思う。私とは二回り近い年齢差があるが、彼のものづくりに対する思いと私のものづくりに対する考えは大差ないと思える。
 
 「下流社会」「上流社会」であろうが人の幸せはその人個人の中にある。生き甲斐の有る人生を送っている人は皆幸せなのだと思う、生き甲斐を何に求めるかできまる。大別すればと言うより元々私は下流社会に生きていると思うが自分を不幸せに思わない。当然嫌な思いはこれだけ長く生きてくれば味わうことは数多くある、だから不幸せかと言うとそうでもない、競争に勝ったという経験は無い、負けたと言うこともない、お金儲けの手伝いをしたことはあるが私は持ったことがない、お金を持った不幸な人も沢山知っている、お金を持たない幸せも有る事を知っている。

 私が学生の時、就職でも世話になった当時の野村證券の専務だった長沢正夫さんに就職にあたって言われたことばがある、「仕事とは世間との競争だよ、それには先ず自分との競争に勝たなくては、そうすれば必ず世間に救われる」と言われて今でも座右の銘のように思っている。氏は当時法政大学卒の3賢人とも言われていた方で証券界には大きな影響力を持っていた人である。氏の言うように自分の弱い気持ちやだらしの無い性格といつも競争している、しっかりしろといつも叱咤激励しているが、中々自分に勝てない。
 
 三浦雄一郎さんのご尊父が先日亡くなった、101歳まで現役で活躍しておられた、素晴らしい人生を送ったお一人だと思う。田中語録ではないが60,70は洟垂れ小僧という言葉が思い起こされる、私もまだまだ洟垂れ小僧だと自戒している、明日に向かってやることが山と有る、来月には並びになるが歳など考えていない。経済的には「下流社会」でも精神的には「上流社会」に属するよう努力しよう。
 
 

新しい夢それは紙コップ印刷

紙コップに印刷手動式曲面印刷機「ころまるくん」で紙コップに印刷を試みた。簡単に印刷が出来るのに我ながら驚いた、丁度取材に見えていたときめきの編集長にも体験してもらったら驚いていた。「ころまるくん」がいづれ取材対象になるように頑張ろうと思う。
ところでこの「ころまるくん」はどんな場面で活用されるものになるだろうかと思案している。
色々なイベントで使われる紙コップやポリのコップに印刷されているものを滅多にみたことが無い、スーパーなどでのデモに使われているコップなどもほとんど無地な物が多い、これらに安いコストで印刷できたら宣伝媒体にならないだろうか。
 昨日九州の福祉施設から「なんでもくん」の注文が入った、「ころまるくん」も薦めてみようと思う。

話しに花が咲いた

 昨日は足立区工業連合会の賀詞交換会に出席した。胸に造花をつけ工連会長、鈴木区長、区議会議長、商連会長他それなりの人と来賓席に座らされた。功なり名を遂げたお歴々の方と同席する私の最も苦手とも言える席で、いつでもお断りしたい私に似つかわしくない堅苦しい場面なのだが異業種連絡協議会、未来クラブの向上の為に我慢して時が過ぎるのを待っている。
 今年は少しは場慣れしたのか、隣に座った来賓の方と名刺交換をした。財団法人ゆうの理事長巻島さんだった、私は未来クラブの話をしたが特に前の晩の未来クラブの新年会の話を誇らしげに喋った。
 未来クラブの新年会がどんなに素晴らしかったかの話しに痛く感激され、今年できる産業芸術プラザやインターネットによる産業振興についても話しに花が咲き、さすが理事長になるだけの方で気さくな会話が楽しめた。
 丁度会が始まる直前に来年発足する墨田地区産業高校の校長から携帯に18日当社に来訪したい旨の電話が入り、そんな話しもさせてもらった。とにかく未来クラブには元気なメンバーが多い事は伝わったと思う。

 今日はときめきの編集長の竹内さんが写真を撮りに見える、来月号であだち産品のプレゼントコーナーで当社「焚経香」を抽選で区民にプレゼントすると言う企画で、良い宣伝になると思い喜んで参画した。
 20日には東京都中小企業振興公社の取材がある、昨年「東京デザイン創造塾」で開発した私のUV仕様の「なんでもくん」と卓上型UV乾燥装置「かたまるくん」の取材になると思う。乾燥機が完成するのが今月末になるのでチョッとタイミングが悪い、形だけでも20日に見せられると良いのだがと急かして見よう。

 今日出かける前まで昨年末には出来上がっていた、手動式曲面印刷機「ころまるくん」の印刷実験をした。これも「デザイン想像塾」で提案した事もあるものだが、印刷実験は大成功だった。200万円近くする曲面印刷機を30万円以下で供給できる、今や大きな投資リスクを好まないシルク印刷業者には喜ばれるに違いない。マグカップやコップ、紙コップ、円筒形や円錐形の物にもぐるり印刷が出来る。しかも誰でもが操作できる簡単なものなのでかなり需要は見込める。
 だからものづくりは止められない。
 
 

未来クラブの新年会はチョッと違う

 昨日の未来クラブの新年会は私が経験した過去のどんな新年会にも無かったある意味では凄い新年会だったと思う。
 ある程度アルコールが入ったために饒舌になったのか分かりませんが、皆一人ずつが雄弁に自分を表現し、通常の定例会では見られない盛り上がりがあったように思える。
 単に飲めや歌えのドンチャン騒ぎとは違った賑わいを楽しめた、本当に良い仲間が集まったものだ。
 今年からの未来クラブの在り方を物語ったような新年会だった。会員企業の事業意欲を感じさせる素晴らしい一時を過ごせた。

こんな新年会は何処にも無いだろう。今日は足立区工業連合会の賀詞交換会に出席する、当たり障りの無いシャンシャンシャンで終るだろう。

今日は未来クラブの新年会

新年の定例会は新年会
 今日の新年会にはトータルプランニングスズキの鈴木社長が久しぶりに出席する。花保地区の地域活性の為尽力している。「竹ノ塚百景」の主幹にも昨年なっている。
 昨日配布されたあだち広報の特集挑戦・夢・2006には未来クラブメンバーのアートレザー技研の吉田さんが取り上げられていた。彼の会社は「あだちまち工場スクール」の認定企業になっている。
 未来クラブのメンバーには他にも地域活性の為色々な形で協力している企業が多くある。各社自分の事業を通して地域に貢献しながら未来に夢をつなげる努力をしてゆくのが未来クラブの骨頂になっている。
 今日はそんなメンバーが集まりワイワイガヤガヤの新年会になると思う。新しい年を迎えて、参加企業が増え益々活性化された異業種交流会に発展することを祈念したい。

ホームページが銀行担保になる?

 今朝の産経新聞に銀行が新たな商品開発、HPや小説を担保しベンチャー向け融資を加速していると言う記事が載っていた。

時代が大きく変化している象徴に思える。
 昨日シアター1010へ行った帰りに北千住本町センター商店街の親しくしているお茶屋さんに寄ってすっかりご馳走になってしまった。店主は私と同年代で話が良く合う。小学校5年の時からこの商店街に移り住み繁盛した時代も経験している。その店を他聞にもれず閉めてしまおうかと思っている様子が窺える。私はもったいないことだと思う、60年近い商店経験と長年お茶と親しみお茶に関する造詣は深い、リアルの店は確かに衰退してはいるが、バーチャルな店としてはこれからその経験を活かし特徴ある新しい店を出店できる要素がいくらでもある。彼はパソコンのハード面などは私より遥かに優れたものを持ち商店街の会計を含め売り出し企画の画像作成などソフト面にも習熟している。どういうわけかインターネットに関心が無かった、私はネットに出店するのを薦めた。
 ホームページが担保になると言う新しい時代が始まっている、従来の常識に無かったことが始まっている時代だ、同じ六泊金星という星に生まれついている、彼は気学に詳しい、今年は新しいことを始めるにはもってこいの年回りだと言う。私が寄ったのも何かの因縁かも知れない、この30年で昨日のように長居したのは初めてだった。昔は来客が多くこれほど長時間話が出来ることは無かった、時代の変化はここにも見られる。
 帰りに花粉症に著しい効果のあるウーロン茶の試作品を貰った、私の娘に花粉症の酷いのが居る、試飲させていい結果が出たらそれこそネット販売にはうってつけだと思う。
 私の「なんでもくん」のホームページに担保がつくだろうか?

千住の起源は千手観音

千手観音千手観音は、千の手と千の眼を持ち、生きとし 生けるものを救うと仏教の解説書は説いている。
鎌倉時代に新井某という武士が隅田川から千手観音像を引き上げたものが勝恵寺の本尊になっている。その千手観音の千手が千住になったと言われている。

 今日は北千住のシアター1010に久しぶりに顔を出した。シアターの公演中にはあだち異業種連絡協議会のショップが必ず出店されている。そこで当社の「焚経香」が販売されている、その売れ行きを確認するために行ったのだが、「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」「先祖代々供養」が売れ切れていた。今月末まで補充しなければならない事になっている。
 今我が社には小さなクリスタルに千手観音を内部描画したものがある、それをシアター千住にちなんで「焚経香」を買い上げたお客様に進呈しようと思う。「焚経香」の販促の為もあるが千住の地名の謂れを知る人もおそらく少ないと思う、区内は勿論区外からのお客さん多くの人に千住の認知度を上げる一助になればよいと思うからです。クリスタルの千手観音がこの春オープンするあだち産業芸術プラザと共に芸術性の高いシアターの存在を高めることにつながれば良いと勝手に考えている。
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今日は菩提寺に墓参りに行く

今日は先祖代々付き合いのある菩提寺「願行寺」に年始の挨拶を兼ねて墓参りをしてくる。初めての男の孫も連れて行く、以前から当社の「焚経香」を寄進しようと思いながらいつも忘れてしまっていた。今日は時間があるので会社に取りに行き持ってきた。ついでにクリスタルに阿弥陀如来を内部描画したものも持って行って檀家の方で希望する人に差し上げて貰おうと思う。

阿弥陀如来願行寺は1200年前に開山された古い寺だと聞く、江戸時代に品川から本郷に移転してきたと言う。私の先祖は上田藩の出で侍医として江戸詰めになっていた。当初は馬廻り役だったが、藩主の命で長崎に医学を勉強に行かされ侍医になったと伝えられている。今でも上田藩「藩士分限帳」にその名を残している。
しかし私の父は男一人で丸山姓を継いでいるのは私一人になっている、私には娘しかいないので私の代で終ることになる。
 私の生み出した「焚経香」が私がいなくなった後にも残る商品になるよう普及させたいと言うのが私に残された仕事と思っている。
 

福祉施設も自ら稼がなければならない時代が来ている

 色々な障害を持つ人達を預かっている福祉施設も交付金だけでは成り立たなくなってきている。自助努力を強いられる環境になりつつあるようだ。従来から各施設でも障害者が社会参加する意味と生き甲斐を得る為授産事業はやっていたが、海外に生産基地を移転する企業が増え国内のこういった施設への仕事が減ってきている。こういう施設を運営している人達は概ねボランティア精神の旺盛な人達で収益を求め自己の経済的な欲求を満たす為に働いている人は皆無と言っても良い。その人達が収益の出る事業を求めなければならない、チャリティバザーや篤志家の寄付行為だけでは間にあわなくなって来ているようです。
 昨日群馬県のある施設で当社の「なんでもくん」を導入し色々な仕事を得るチャンスを作りたいという申し伝えがあった。本来であればこういった施設に「なんでもくん」を寄付したい所でもあるが、今の所当社にはまだまだそこまで出来るゆとりが無い。販売価格をあまりにも低く設定してし過ぎているのでもっと大量に製造できるようにならないと無理がある。今の所は違った形で協力援助することを考えている。
 技術指導を徹底的に行い、減少している内職的な職人の代わりが出来るようにしたい。群馬県でも熟練した職人が減少しているはずだと思う、観光地に見られるお土産なども中国製のものが多い、しかも何処の観光地へ行っても同じお土産を見かける、その土地の特産品が少なくなっている。お土産品にその土地の特徴を出すことが絶対に必要だと思う、その一助として「なんでもくん」を活用できるようにしたい。
 北海道のあるお土産産品を賄う業者さんが「なんでもくん」をフル活用している、その内どのような使い方をしているのか見学してきてみたい、ヒントを得られるかもしれない。

初商い

 昨日は静かな幕開けだった、場内はこれといった作業をすることも無く、昨年の残ったものを処理すること位で本格的な生産は未だ始まっていない。ただネットへの訪問者は多く問い合わせが多かった、ホームページを見ながら電話をしてくる人も居て電話の声とホームページの中で動画で説明している声とが同じだと言って私の顔を見ながら話しをするのに感激していた人もいる、将来の顧客になる事はうけあいだ。出かけることなく営業できる面白さを味わうことが出来る、ネット社会の便利さを痛感する。
 次々に年始に見える方がいたが、中でも始めて見えた年始客が「なんでもくん」を買いたいと言って成約した、その方に説明をしていたので他のお客さんには挨拶するのみで言葉も大して交わせなかった。下請けをして頂いている人達は来客で賑わっている状況を見て安心してお帰り頂いたものと思う。
 5時頃に見えた年始客は長い付き合いの下請けさんで毎年最後に当社に来て長話をしてゆく、株式取引が大好きで今年の景況感などを良く話す。彼は株式の罫線を書いている、私が25年以上前に伝授したもので今ではいっぱしの罫線論者になっている。彼に獅子の子を見極める事を教えた、ライオンの子は小さい時からある種の風格がある、そしてやがて強い大人に育つ、相場の始めのチョッとした陽線が大きく化けるモノを予感させる、その見方を教えたのだが、獅子の子を見つけたと時々報告する、だいたい的中しているからたいしたもんだ。
 
 今日は「新なんでもくんANG-3」のアッセンブリーをして来週の出荷に備えなければならない。
新なんでもくんANG-3
プロフィール

パッド印刷の伝道師

なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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