なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

地場産業頑張れ!!

 昨日シティビジョンの収録時に集まった未来クラブのメンバーの中にバッグメーカーの2代目「マコト工芸」という私の半分くらいの年齢の若い経営者がいる。革製品は足立区の地場産業といわれている。彼が手土産に白い小さなバッグを家内にと持って来てくれた。手触りがよく、軽く、見た目も良い物で男の目から見てもお洒落なものと分かる。帰りにいつもよく行く「クジナ」という飲みどころに寄り、家内が自慢げにママに見せた、其処にやはり毎日飲みに来る客で有名ブランドにもウルサイ女性客がいた。二人とも色々いじくり回して、コレはいい、私も欲しい、丸山さん買って来て、と頼まれてしまった。今日早速注文して見ようかと思うが、いくら位するものか分からずに頼むのが男の私には理解できない。そこでいくら位するものか二人に問うて見た。彼女らは買い物には目が高いと自負している所がある、アレだコレだと言っているうち落ち着いたのが1万円位と言うトコロに落ち着いた。私はたしか「シアター千住」で同じようなものを見ている、売値は大体見当はついている。コレに有名ブランドのマークがついていたら3万円くらいでも売れると思う。デザインや造りがしっかりしていると人は結構高く評価する、「マコト工芸」はブランド品の下請け仕事の経験もあるので、技術がしっかりしている、オリジナルブランド名を確立する楽しみがあります。また今日電話して「マコト工芸」の堀井君にいくらで譲ってくれるか聞いてみる楽しみがある、一体いくら位のことを言うだろう。一つのものが彼女らを含めコレだけ楽しませてくれる、ものづくりの楽しいところでもある。
 「クジナ」のママがコレ食べてみて、と何かうどん粉を平たく丸くしたもので、なにか戦後の代用食のどんどん焼きを連想し、食い気を呼ばない、でも無理して一口食べてみた、インドのナンのような味で結構いける。コレ何にするの?と聞いたらピザの生地にしたいという、それなりに研究して顧客の喜びそうなものを作ろうとしている。そのせいか少しづつ常連客がついてきているような気がする。マジメな姿勢が共感を呼ぶ。

ケーブルテレビと思っていたら間違いでシティビジョンだった

 収録を終えて今しがた帰ったが私の大間違い、電話では確かケーブルテレビと聞いていたのだが勘違いだったかもしれない。未来クラブの皆さんに忙しいのに集まってもらったが6分間の構成なので紹介するだけに終わってしまった。自社を大いに宣伝してもらおうと思っていたのに残念至極、申し訳なかった。だけどシティビジョンは北千住駅丸井前のぺディストリアンデッキから望める迫力ある大きな画面で皆大写しになる。8月末から一日に2時間おきに放映されるので多少宣伝にはなるでしょう。
 「なんでもくん」の操作が大写しになるので、分りやすいものになるであろうと思う、区の産業振興課産業情報として放映されるので私としては充分すぎるくらいに満足している。レポーターの女性が美しいので2ショットで映るだけでも大満足、幸せなことです、我が家には永久保存されるだろう。
 

今日は足立ケーブルテレビが取材に来る!!

今日は足立ケーブルテレビが取材に来る。
あだち異業種交流会「未来クラブ」の中にはこういう会社もあると紹介されると思う、また未来クラブの参加企業のPRも出来るので時間のある会員は沢山集まると良いと思う。
 地方テレビとはいえ株式会社安心堂の「なんでもくん」がテレビデビューするのかと思うと少しは緊張する。
 最近安心堂のホームページの中でビデオ実演第2弾も公開しておりますが、公共の電波に乗ると言う光栄はなんとも言えない嬉しさがある、ますますいい加減な仕事にはなれないという責任感が強くなってくる。
 足立区内の加工業の人たちに是非見て貰いたい、「なんでもくん」は現在地方の企業に加工依頼している、区内の金属加工業者で「なんでもくん」の1部でも良いから加工を協力したいという会社が名乗り出てくれれば、少しでも地域産業振興に役立つと思う。 
 また、テレビを見た子供達が遊びに来ながら印刷体験をしてくれれば「ものづくり学習」に役立つに違いない、放映後の影響も少なからず気になる所です。だが恥ずかしい話しですけど我が家は足立ケーブルテレビが見られない、これを機会にWOWOを解約して足立ケーブルテレビと契約することにしよう。

ココにしかないサービス、商品を考えるのが決め手

 昨日は久しぶりにシアター1010に行った、異業種連絡協議会の有志が共同でショップ運営しているのですが、その売り上げ金の分配があった。開演前の2時間あまりの短時間に販売するだけなので、売上金額そのものは大したものではないが、時間当たりの売り上げ効率は悪くは無いと思う。出店経費を差し引くと赤字の企業の方が多い。しかし興味深いのは公演種目によって来場者の年齢層、所得階層に違いが出ます。私は4品目ほど出品していますが、今日は子供向けの演目なので私の商品は一つも売れていないようだった。先月はお盆前と言う事で私どもの「焚経香」はよく売れた、中高年の人の来場者が多いとたちまちよく売れる、信州善光寺、鎌倉長谷寺、奥州中尊寺などで売られているので、国内旅行を楽しんでいる人たちが購入経験があり、1500円で購入したものが、千住ではその名に因んで1010円と言う特別価格で販売されているからであろう。安心堂のオリジナル線香として全国に普及することを望んではいるのですけど中々そうは行かないのが販売の難しさだと思う。
 どんな公演であろうといつも売れるシアター千住ならではの商品開発が望まれている。皆検討をしているけれど中々出てこない。今私が考えているのが当社の「なんでもくん」を利用して帰るまでの時間の間に来場記念として購入した商品に名入れをサービスしたらと考えている、購入商品だけでなく持ってこられた持ち物、マルイで購入したものにも名入れサービスをしたらと考えられるが、アルバイトを雇ってやってみようかしら?
 「焚経香」も販売上手な小売店では収益の主体になっている、従来的なお香の販売方法と違う売り方をしている、得意先を上手く取り込んでいるところは予想できないほどの売り上げになっている。売り方にも個性があると思う、個性如何で通常の商店街でも売れているところがある研究の余地はいくらでもあるような気がする、作っているだけでなくそんなことを考えるのも結構面白い。
 シアター千住は試験販売するのには格好の場所だと私は位置づけている。

嬉しい便り

久しぶりの方から電話があり嬉しい知らせが入りました。昨年未だ開発途中だった「なんでもくん」に注目され、これは障害者施設でも使えると判断し、群馬県のかなり大きな福祉施設の授産事業に導入できないかと運動されておりました。ご当人は現在中国で縫製工場を営み日本に帰った時にしか活動できないので時間が掛かったわけですが、今日本に居られてそこの施設長等と話がまとまり近く安心堂に研修に来たいとの事です。ご子息がその施設に居られて、障害者に夢と希望と社会参加することの喜びを与えたいとの主旨で活動されていました。今福祉施設も交付金だけでなく自ら収益を揚げなくては維持してゆくのが難しい時代に入ったそうです。生産コストが他より低く設定できる強みがあります。「なんでもくん」が活用されたら新しい仕事が獲得できると張り切っておられました。製造者冥利に尽きます、有難いことです、全面的に応援したいと考えております。
 こういう話が飛び込んでくるから休日でも出社してしまうのです。来週月曜日には足立ケーブルテレビが取材に来る、何らかの用意をしなければと思いますがありのままを見てもらおう。足立区にも授産施設が何箇所かあるはずです、この談話を放送してくれればいいのですが、それを見て声が掛かるようだと地域活性につながると思うのですが、どうでしょう?

3年前のUV印刷のリピートが来た

メニュー表紙
3年ほど前に布張りのメニュー表紙に漆で書いたような文字で印刷してくれないかと言う注文があった。文字の表面に布目が出ないようにするにはかなり厚盛ををしなければならない、厚盛り印刷は点字印刷などでそのノウハウはあるので引き受けた。3年間使い続けた印刷サンプルを見て感激した、表紙の布はヨゴレ角はボロボロになっているのに当社で印刷した部分は全く傷んでいない、UVインキの強さを再確認した。今日はUV仕様の「なんでもくん」と乾燥機の引き合いがかなり有名な企業から来た、来週はじめまでに見積書を提出しなければならない、事務仕事が億劫なタイプなので見積書を書くのが一仕事だ、右腕が欲しい。
サンバイザー
また、先日納めたサンバイザーのリピート注文が来た、転写が出来ず、刺繍もスポンジ地を変形させてしまうのでイメージが変わる、どうしても印刷したいということで納めた物ですが、今日で4度目のリピートです。スポンジでフカフカした地の所でパッド印刷しか方法が無いのですが、形が柔らかいので位置を決めるのが難しい、それを3色検討を合わせてやる方法が当社独自の技術です。
 「なんでもくん」5台購入した企業からドクターブレードのリピート注文が5枚入った、納めた「なんでもくん」が活躍している姿が目に浮かぶ。
 自動車のスプリング会社から製版の注文も入った、ここは毎月来る、ロット番号を「なんでもくん」でプリントしている所です。わが子が活躍している様で嬉しい。

盆明けが静かだ、選挙だけが騒がしい

 未だ休んでいる企業が多い?盆休み中も会社にほとんど行っていた。会社まで10分かからない、盆明けも早く会社に着く。私は自宅から仕事場まで車で通っている、信号の無い脇道から環状7号線に出るのだが、簡単に出られる時と車の流れが切れずに中々流れに乗り出せないときがある。10年ほど前までは会社まで小一時間位掛かるときがあった、渋滞が日常的だった。近辺の道路環境が整備されたせいか、重大事故でもない限り最近は滅多に渋滞に遭遇しない。概ね15分くらいで会社にに着く、ところが空いていると10分を切ることがある。かつてより車の量が少なくなっているのが感じるのだがある程度車が多いとホッとする。経済が動いていると感じるからだ、空いていると世の中ヒマなのかなと心配してしまう。毎日車で環七に出るときに感じるのが、ドライバーのマナーだ、昔は意地でも入れないと言わんばかりに合流を阻むような車が多かった。最近は私が入るのを予測してあらかじめ減速して入れてくれる車が増えている、スッとは入れると今日はツイていると感じる、意地悪っぽい車に出会うと今日はツイてないなと感じる、ちょっとした親切がその人を幸せにすると言うことを感じる。車道に出ようとしてる車があるとなるべく出易いように譲るようにしている、その人が喜ぶのを知っているから。ドライバーのマナーが向上したのか、世の中そんなに急がなくなったのか、走りやすくなっている、何か寂しさを感じてしまう、あの渋滞が懐かしくも感じる。
 22日には足立ケーブルテレビの取材がある、『ギフト・ショー』の用意もある、日曜日にはある投資家の家で「なんでもくん」のデモをしなければならない、あれやこれや気持ちの休まることが無い。

スローガンとキャッチフレーズが大切

 リストラにめげず今朝平均年齢が65歳以上の高齢者が新党を結成した。いやらしく解釈せずに彼らの若さを賞賛したい。年齢の壁を作っているは私たちの心です、希望や信念があれば、いつまでも心の若さを保っていくことができます。恨み言をいうのではなく高齢者が賛同するような希望を持たせるようなスローガン、キャッチフレーズが欲しい、明るい未来を築く「高齢者新党」!!なんか如何だろう。
 私の「なんでもくん」スローガンは「『なんでもくん』を世界に普及させよう!!」でこれはぶれない。キャッチフレーズはいろいろあって絞りきれていない。会社のキャッチフレーズは「印刷の出来ない物はほとんど無い」ですが、「日本一安いパッド印刷機!」「誰でも出来るパッド印刷!」ではパッド印刷を知らない人にはなんだかわからない。「ラベルやシール無しで直印刷、商品(製品)のイメージアップを計ろう!」これは長すぎる、「専門オペレーター無しで本格印刷!!」、なんかぴったり来る物が欲しい。
 昨日ホームページにビッグサイトの9月6日〜9日までの「ギフト・ショー」招待状を送ります、メールか電話をくださいと掲載しました。今日早速招待状を送れと言うメールが入りました。嬉しいことです、ホームページを見ている人がいると言うことです。私の拙いホームページでも役に立っていることが実証された。問い合わせ、注文が来たのと同じように嬉しいです。問いかけに早速応じて頂いたことが嬉しいのです、お出でいただいたら如何対応しようかしらと考えます、記念品を贈呈させていただくようにしようと思います。

勝てば官軍負ければ賊軍

 選挙は戦に比喩されることがある、今回の選挙は郵政民営化を錦の御旗にしてしまった小泉さんの選挙戦略は凄い、国民の多くの関心を惹きつけてしまった。新党結成が上野彰義隊の結成を連想させてしまう。上野の戦いはあっという間の戦いで官軍は半日で官軍は勝利したが、官軍は彰義隊に対しては厳罰でのぞみ、死体の後片付けさえも許さなかった。遺体は、そのまま雨の中を数日放置され悪臭がただよい始めた。それを見かねた民間人の新門辰五郎らが後片づけをしたといわれている、それには何の咎めも無かった。
 時代の流れは過酷で喜ぶ人が居れば悲しむ人も居る、どちらに組するかはその人の運としか言いようが無い。小泉さんは運の強い人だと思った人たちが多少主義主張が違っても就いてったように思える。いまホリエモンが出馬するか如何かでこの選挙の持つ意義が大きく左右されると思う、若い世代が選挙に関心を持つ度合いが大きくなるように思えてならない。そうなると日本の政治風土が変わってくる。それが良いのか悪いのかは後で歴史を振り返らなければ分からない。
 私もこの歳になって初めて「なんでもくん」と言う武器を持ってギフトショーという戦場に赴く。確信を持った戦略も無く、参謀もいない、孤軍奮闘するわけだが、初戦はやってみなければ判らない、勝ち目があればよい参謀も集まるであろう、次戦には戦略も参謀も就いて大勝利するかもしれない。「なんでもくん」の真価が問われる戦いだと位置づけている。ものづくりしか感心が無く、商売を知らない者の戦いだが後は運を信ずるしかない。

あのホリエモンが衆議院に立候補?

 自民党がホリエモンに衆院選に出馬を打診していた。フジテレビ問題のときはホリエモンのTシャツ姿に眉をひそめていたような人たちが今はクールビズとか言ってノーネクタイでTVで見かける。その内臍だしルックの候補者が出ないとも限らない。兎に角変われば変わるものだ。これからの日本は如何変化してゆくのだろう、過去の色々な変化に順応してきている日本人だから心配は無いと思うのだが。
 あまりにも急な変化に付いて行けない人たちもいるのも事実だ。60年前の激変から見れば未だ余裕がある、守旧派といわれるような人たちが次々姿を消していっている、過去の常識を言うとピエロになるという人も居る、8月15日のTVや新聞を見ても将来の日本の姿を窺えない、将来への不安を抱えている人たちは少なくないはずだ。
 さて何をを造ろうかと言うものづくりの世界には不安があまりない、変化する時代に必要と思われるものを造ればよいのだから。
何でも造れる能力を持つ子供らを育てなければならない、足立区では10月1日に「中学生ものづくりフェア」が開催される、どんなものが出品されるか楽しみだ。
 NHKBS2の60年前の今日の出来事で阿南陸軍大臣は自刃し鈴木内閣が総辞職し東久邇宮に組閣の命が下ったという。この方はアイデアものづくりを奨励していた人だと言う、私は7月7日に東久邇宮記念賞を受賞した、何かの因縁を感じます。

大きな節目はポツダム宣言受諾だった

 今年も8月15日が来た、60年前日本人は今では想像もつかない日々を送っていた。NHKBS2で毎日6時50分から60年前の新聞記事を紹介し、著名人のそのときの体験談、今は亡き人の日記を紹介している。私は自分の気になる日はチャンネルを合わせる。今日もブログを書きながらその時間を待っている。昨日まで戦争が負けているような記事は一切なく、突然玉音放送を聴かされた多くの国民の感慨はどんなものだったのか当時5歳の私には知る由も無いが、疎開先でラジオも無く我が家のものたちは如何受け止めたのか?
 家を焼け出されて信州伊那に逃げていたのだが、足を患っている兄と、学童疎開で松代の疎開先で発疹チフスに罹り引き取っていた直ぐ上の姉と、母を置いて、9月には一番上の姉と東京に帰ってきた。東京に行くと怖いアメリカ兵がいて大変だよと母には聞かされたがどうしても東京に帰りたい、ここにいるのはイヤだと駄々を捏ねたに違いないと思うが、兄二人がいる東京に帰った。未だ幼かった私だが異常な体験ばかりだったので鮮烈に記憶している部分が多々ある。当時の田舎は疎開者いびりが激しく、ただ一人優しく付き合ってくれた子がいて、その子との思い出が忘れがたく、高校生になった時に姉と二人と姉の友達と3人で当時世話になった家とその子の家を訪れた。「カッちゃん」「カンちゃん」と感動の対面で抱き合う二人を想像していたが、なんと「カッちゃん」は全く記憶に無く、当時遊んだ思い出のあれこれを話したが彼は覚えていない。拍子抜けとはあの事だろう、兎に角持って行った菓子折りだけは置いてきた。なんか訳の分からない奴が置いていったと捨てられてしまったかも知れない、こっちも持ち帰ったって悔しい、あの空しさは本当に今でも忘れられない。彼にすれば日常的な出来事で近くに少しの間いた近所の子と遊んだことなど記憶の外だったのだろう。私にすれば意地の悪い奴らばっかりの中で彼の優しさや、やや都会的な面差しが安心を与え、一緒に遊んだ日々の色々な場面を今でも思い出す。
 60年経った日本は大きく変わろうとしている、今の私も大きく変わろうとしている。世の中が大きく変わろうとしてもがいている、何もかも失ってゼロからの出発をしたこの60年の経験はこれから生きてくると信じてる。この8月15日は今の若い世代には如何伝わっているのか?如何伝えてゆくかが年寄りの仕事に思える。今度の選挙が大きな節目になればと思う。将来あの時の選挙が節目だったと言えるものであって欲しい。
 

夢を共有する盟友と大笑い

 久しぶりに大笑いして腹が痛くなった。足立区を何とか活性化しようと言う目的で「未来都市あだち」と言う会社を「未来クラブ」のメンバー4人で設立したことがある、昨年清算した。「未来都市あだち」の話をしたら2,3日では終らない、その時の盟友「トータルプランニングスズキ」の鈴木社長と久しぶりに食事を共にした、2人とも夢が大きく博多の「キャナルシティ博多」を見学に行き、博多市役所で開発担当とも会い、足立区に集客施設を造る勉強も共にした。結果的には出資した四名は大損して終ったが夢を共有した者同志なので誰一人文句を言う者がいない不思議がある。会社は終ったが夢が終ったわけではない、鈴木さんも私も形は違うが今でも夢を追い続けている。彼は20年続いてきた「竹ノ塚百景」と言うタウン誌を引き継ぐことになったと言う、未来クラブとして応援して行くようにしたい。
 インターネットが未だ今ほど普及してなかった頃、誰だったか今ど忘れしているがある作家が、これからはインターネットの社会が来る今から勉強したほうが良い、と説いていた。その中で興味を引くいろいろなURLを紹介していた。いろいろなURLを楽しんでいる中であるURLはアメリカのHサイトだった、ソレを見せたりしてるうちに彼もパソコンを買った。彼と電話でやり取りしてくだんのURLにアクセスしたところ、その画面が消えなくなってしまったと言う、電源を切って再起動するとそのあられもない画像がまた出てしまう。彼には立派な息子さんがいる、父親をある意味では尊敬している、また真面目な奥さんもいる、尊厳を失いかねないこの画面をどうしたらよいか分からず、消えてくれない画面を消すにはモニターを破壊するしかない、とまで決断したと言う。電話で聞いてくるのだが、私もパソコンに慣れていないのでアドバイスのしようが無い、本当に困ってしまった。彼は内緒で恥をしのんで販売会社を呼び消してもらったと言う、社員にもこの事は絶対に知れてはならない。その慌てている姿を思い出して大笑いになった、なかなか笑いが止まらずお腹が痛くなってしまった、2人しか知らない思い出だがもう時効だと思い書き留めた。こんなに大笑いしたのは何年振りだろう、最近の喜劇を見てもこれほど笑えない、楽しい時間だった。今彼は六町地域の活性化の牽引車で忙しく「未来クラブ」の例会にはほとんど出られない、10月過ぎたら少しは時間が出来るので出席すると言う、六町周辺の変貌の報告が楽しみだ。

中小企業(正義)の味方 黄金バット!!

 昨日「中小企業のためのデザイン戦略と知的財産権」17年度東京都デザイン普及啓発セミナーに未来クラブのメンバー小川製作所と出席した。もっと多くのメンバーにも聞かせたかった、無理やり引き連れてでも聞かせたかった、私と小川さん二人だけではもったいない、こんなチャンスを足立区内でも作れないかとも心底思った。まさに啓発セミナーでした。デザイン創造塾の1期生2社の紹介もありましたが、思わず興奮して仕舞うほどの出会いを作ってくれました。山陽プレス工業蝓↓螢プナスの開発商品の素晴らしさはすでに普及し始め、その内万人が目にするだけでなく利用するようになるだろう。零細企業の域を出ない私などと比較にならないほどの優良中小企業と感じられました。セミナー後の懇話会にいざなってくれたという光栄を薬師寺さんには感謝します。同席させていただいた方で湘南工科大学和田教授の隣席になりました、大塚先生の同級生と言う事ですが、この先生の熱っぽく語る着想は素晴らしく、これからの全国的な展開が楽しみです。足立区にも反映させたい。
 セミナーの内容はこれからの中小企業の経営者全てが身につけておいたほうが良いと思う、懇話会の席で大塚先生は中小企業のための黄金バットだといったら、そりゃちょっと古いよと言われたが、それじゃ仮面ライダーかな、それも結構古い、私が古いんだからしょうがない。本当はもっと古く大岡越前の守か遠山の金四郎を連想した、これは口に出さなかった。だれかれの見境もなく失礼なことを言ってしまう自分が恥ずかしい。だけどこれほど元気をくれる人は滅多にいない、元気なせいか出合った人が皆光って見える、江畠所長、伊東課長、その他セミナーを運営してくれている方々皆が素晴らしく感じられた。これは私だけかと思ったが帰りの車中で小川さんもかなり興奮していた、出席した企業は等しく感じたに違いない。
 これからのものづくりの中小企業は大手の下請け体質から脱却し自社製品を開発して行かねば生き残れない、造る技術があるのだから何でも造れる、アイデアが全てとも言える、そのアイデアを発掘してくれるのがデザイン創造塾だと思う、本当に参加してよかった。私も先輩企業のようになりたい、良い事例になるよう努力したい、なんてたって黄金バットが味方してくれている。続きを読む

大切なのは振れあい

 昨日は依然私の会社に来たことのある人から連絡があった、名前も顔も覚えが無い、そのときの対応が良かったのかも知れないが、親しみのある問いかけだった。「なんでもくん」の話しをしたら直ぐにでも見たいと社員を連れて見に来た。やはり会社名は覚えていたが顔と名前は忘れていた。取引があったわけではないが、私をよく知っていて、忘れている私はボケが始まったのかと危惧する。「なんでもくん」を見て感動して帰ってくれた。私は何時でも何所でもマジメに人には対応しているつもりです、そうでなかったらこの人たちもわざわざ来てくれることはなかったと思います。そのときの振れあいがあったのでしょう。
 今日は城東地域中小企業振興センターのセミナーに未来クラブのメンバーと行きます、どんな振れあいがあるか楽しみです。

あだち異業種交流会「未来クラブ」定例会

 昨日はあだち異業種交流会「未来クラブ」の定例会でした。このところ出席者の数が増えている、忙しい時間を割いて参加してくるわけだからそれなりの参加意義を見出して来ているに違いない。当初は区主催で始まった交流会だったので参加して名簿に名前を連ねていれば何か良いことがあるかもくらいでの気持ちで参加したところが多かったように思える。今は名前だけの参加者はいなくなった。前会長が事情により会長を退き私が無理やりとも言えるような形で会長にされた時から丁度2年になるが、条件に役員皆のフォローが無ければやれないと言った。まさしく皆の協力を得て今日に至ったが、当時と出席者の顔ぶれが大分変わってきたように見える。新しいルールを総意で作ったり、メンバーが自信を持って「未来クラブ」参加を推するようになり、今日も新しく入会した人がいた、オブザーバー参加者もいるがおそらく入会するだろう。
 数が増えると言う事は勢いを増す、この勢いが会を活性化しお互いの企業間の交流が激しくなってくる。この2年で会員同士のビジネスのやり取りが増えているようだ、共同での新商品が生まれ出てきてもいる。今日も新商品売り出そうとしている企業があった、皆の意見を求めてきた、それぞれが意見を述べ言いたい事を言う、自分達の商品のような感じがしてくる。新規性があるかどうか、タイミングよく東京都の知財センターのアドバイザーが当社に来るのが分かっていたので急遽持ってきてもらって意見は聞いたので発表した。
特許庁へ登録できる部分もある、おそらく自信を持って売り出せる事になるだろうと思えます。
 前日、私がデザイン創造塾で学んだ等測図技法で描いた図を皆に見せたが一様に驚いていた、機械で書いたのかとか、土台絵が上手いのではないかとか色々評していたが、私のような年寄りが書いたことの驚きだと思う。絵など何十年も描いたことが無かった私のイメージが皆に伝わったことがうれしい。誰が見ても分かったということがデザイン創造塾に参加した成果だと思う。意匠登録の容易さを説明し、自分の権利の保持の必要性を説き明日の城東地域中小企業振興センターのセミナーに参加したくなった者も出てきた、少しは啓発されたかも知れない。
 出席者全員が足立区で始めて開催される「中学生ものづくりフェア」に寄付をしてくれた、教育委員会も喜ぶだろう、地域の子供達のものづくりへの関心を高めるための事業だが企業が参加する所に意義がある。私が今学んでいるデザイン創造塾のようなセミナーが中学生レベルで行われるような事になると質の良いものづくりが創出するような気がしている。機会があったら教育委員会に提案してみたい。
 

元気の泉・・城東地域中小企業振興センター!!

 昨日はデザイン創造塾でまたまた素晴らしいことを学んだ、今まで見たことも無いグラフ用紙を見た。「等測図の技法」の講義を受けたがこのグラフ用紙を使うと書き易い、会社に帰って早速書いてみた、コピーをとって家に持ち帰り近所のスーパーで絵の具を買って色をつけた、娘が覗いて「あれ!おとーさん絵がうまいね!」と来たもんだ。娘に褒められても気持ちがいい、年を取っても子供と変わらない。
 大塚講師は面倒見が善い、受講生皆に特許庁からわざわざ取り寄せた「意匠登録出願の願書及び図面の記載に関するガイドライン」と言う本を1冊ずつ配った、非売品で買えば相当の値段に値するものだと思われる。
 帰り際にはUV印刷にめっぽう詳しい技術支援課長の伊東課長を紹介された。色々な知識をお持ちで昨日課題になった可食インキの相談をしたところヒントを一杯貰って私でも開発できそうだ、小型UV乾燥機の開発にも色々相談できそうで嬉しい。昨日ははツイている一日だった、午前中は区役所で中学校の先生の印刷研修の報告に行ったが皆喜んでくれた、喜ばれるのも気持ちがいい。
あまりツイているのでライブドアの占いをさっき見たら、最高の日だった、道理でと思った、他愛の無いことだが他愛の無いほうが気が楽だ。続きを読む

歴史が動くきっかけになるか?

 日本は明治からこっち概ね50年に4000万人位ずつ人口が増えてきていた。人口が増えると言う事は経済のパイが広がることでありどんな商売でも右肩上がりに良くなっていって当たり前であった。人口増加が停滞し始めコレまでとは違った現象が日本人を惑わせている。これからは人口が減少し始めると言う時、今までの政治経済の構造そのままで上手くいくとは考えられない。この国として大転換期を迎えている現在、如何変えたら良いのか分かる人が政治の舞台に立っているのだろうか?国民一人づつが真剣に考えなければならないときが来ていると思う。だが私の感ずるところでは目覚めている人が多くは無い、しばらくは混乱が続くように思えてならない。明治が出来るまでには救国のため若い人たちが命を賭して活動した、戦後はアメリカが国を変えてくれた。今度はどんな力が国を変えてゆくのか?意外に目に見えないところで動き始めているのかもしれない。
 政治のことはさておいて私達は毎日食べてゆかなければならない、その糧は仕事である、自ら稼がなければならない。今日はグレープフルーツに印刷が出来ないかと言う問い合わせがあった、何かのイベントに使うらしい。印刷は「なんでもくん」使えば問題なく出来る、どんなインキでもよければ。しかし食べ物に印刷するとなるとどんな人が買うか貰うか知らないが、まさか皮を食べるとは思えないが食べる人が居ないとも限らない。可食インキというのがあるがこれを入手することが出来るかどうかである。メーカーが結構面倒なことを言うので手に入るとは限らない、またまた自分で開発しなければならなくなるかもしれない。食紅と食べられるベースを考えれば出来るかもしれない。不自由すると人間は色々考える。
 私はいつも幸せだと思う、難しい課題をいつも与えられる、それを解決するのを手伝ってくれる仲間も居る、今日もがんばらなければ、期待に応えねばと思わせてくれる。

民族大移動

戒名香

 今週は旧盆の週です、夏季休暇と合わせ多くの人が里帰りする。大渋滞を承知でも故郷へ向かって移動する。ある人が言うには日本人の信仰対象は3つある、神様、仏様、ご先祖様である。私は無神論者で神も仏も信仰してないと言う人でも故郷へ帰って墓参りをする人が多くいる、何らかの宗教に属している人でも盆には墓参りに帰る人も多い。多くは親が健在で元気な姿を見せたいのと幼少のときの仲間に久しぶりに旧交を温める嬉しさがあるのではないかと思うが、私のように生まれが東京で親もいなく、兄弟も少なくなり、新盆ですでに墓参りを終えてしまっているものには無聊で何か寂しい週です。取引先の大部分も休みで、まれに盆もやっていますと言う言葉を聴くとホッとする。貧乏性で休んでいると何か損をしているような気分になる、でもがら空きになった都内を車で走るのが好きでいつもと違う東京の雰囲気は好きです。いつも車で30分掛かるところを10分で行けると何か得したような気分になる。優雅な盆休みをしている人も沢山いると思うが私のようなセセコマシイ人間には盆は体を休めるくらいしか能が無い。
 日本が戦争に負けちゃった記念日が来る、家が焼かれちゃった悔しい思いでも帰ってくる、アレが無かったらどんな人生になっていただろう、家の焼け跡で鏡の破片で指を切って赤い血が噴出したのを思い出す。

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足立区の新国際人

 昨日は行きつけの飲み屋に寄った、飲み屋といっても店の名は「クジナ」と言ってイタリヤ語でキッチンの意味らしい。内装もこの近辺には見られない洒落た感じで4月にオープンしたばかりです。この場所は過去に焼肉やが何代も変わって皆長続きしない所だった。
 はて今回はどうなるだろうかとものすごく関心を持たざるをえない、どうか続いてくれと祈るばかりである。案の定繁盛していると言う感じはない、何時まで持つかと心配している。しかし少しづつではあるが常連の客が付きつつある。店の雰囲気からか客のレベルが少し違うような気がする、近くにレクサスがオープンするのと常磐新線の青井駅が開業オープンするので少しは影響してくれないかと期待している。他人の商売を心配しても始まらないが、お客が入ってくるとホッとする。落ち着いて飲める場所と客とのふれ合いが楽しめるこんな所があってもいいのではないかと応援したくなる。
 先日は板さんのご両親が長野県から出て来ていたのに出くわした、自家製の農産物を色々頂戴してしまっただけでなく、私の仕事を聞き「戒名香」の注文まで貰ってしまった。ここのママは色々な人に私の話をし宣伝していてくれる。私も折に触れて色々な人を誘って利用するようお願いしている、その内ときめきにも紹介したいと思っている。足立区を活性化することの出来る人かも知れない。
 
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印刷体験は面白い!楽しい!

 昨日は区内の5中学の技術系の教諭が印刷体験に見えた、1時から5時までの時間があっという間に終ってしまった。全てを伝えたとは言えないが、印刷の面白さは伝わったと思う。先生が生徒になったように私の話しを聞き、目を輝かしていたような気がする、私が先生になったような気がした。長い間印刷を追いかけていたがこんな楽しいひと時が持てた事は幸せだと思う。先日50年振りに訪れた我が母校足立4中の先生も来られて懐かしい母校の記章を製版しピンポン球やプラスチックケースに印刷して持ち帰った。ある先生は釣り竿のリールの変な曲面に印刷が出来るので感嘆し、ある先生は持ってこられたペンスタンドに校章を印刷し、ある先生はボールペンに印刷して持ち帰った。
 冒頭に印刷についての資料を渡し、少しく説明させてもらった。日本の印刷の歴史は天皇の地位をも狙ったといわれている僧眩坊がお経を広める為に使ったと伝えられる。同じ文章を何枚も書くのには手書きではスピードが無い、速く書き伝えることができるのが印刷だと権力志向の人だから思いついたのだろう。その後江戸時代まで瓦版や浮世絵が出現するまでは、源氏物語もそうだが手で書き伝えられた。
 印刷というとこのように紙に印刷されたものを印刷という、誰でも印刷と聞いたら新聞や雑誌、本をイメージし、キーボードに印字されている文字を印刷とイメージする人はいない。しかし紙以外に印刷されているものは限りなく多い、それなのに私が印刷屋だというと紙の印刷屋としか思ってくれない。
 印刷というと4手法が伝えられている、活版印刷(凸版)、オフセット印刷(平版)、グラビア印刷(凹版)、スクリーン印刷(孔版)、のように版の種類によって大別されている。パッド印刷というのはあまりにも知られてない、帰りに先生方にアンケートを取らさせていただいたが、パッド印刷という言葉は全員が初めてだといった。
 パッド印刷という言葉も最近できた言葉だ、昔はゼラチン印刷、こんにゃく印刷、タコ印刷、オッパイ印刷、タンポ印刷、とそれぞれが勝手に使っていた。ところがシリコンゴムの出現によりシリコンパッドが普及し始め、パッド印刷という言葉が定着し始めたように思う。
 スクリーン印刷というのも最近知られるようになったが理想科学の「プリントゴッコ」の功績が大きいと思う。パッド印刷という言葉が一般的な言葉になるまで「なんでもくん」を普及させたい。先生が印刷したもの
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なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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