なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

夢を広げる活字の世界

「夢を広げる活字の世界」これはあだち広報10月号の特集である。印刷に携わるものとしては何かピンと来ないものがある。本を読みましょうと啓蒙するために使ったと思われるが、活字は印刷の世界では皆無とは言わないが印刷業界ではほとんど使われなくなっている。新聞も出版物も活字は使われていない、もう少し違う表現がなかったのかしら。足立区には今年直木賞を受賞した朱川湊人さんという若い作家がいる、彼を特集し文化、芸術を標榜する区にしようとの思いからだと思われるが、若い人達に活字という言葉が理解されているだろうか?字が活きているという意味ではうなずけるが。
 同じ印刷物でも私たち視覚的なグラフィックに近いものと内容表現の文章物との違いがある。その差かしらとも思うが活字と言うと昔近所の印刷所で活字を拾っている職人の姿が懐かしく思い出される、活版もほとんど樹脂版に変わっている。あの人たちはその後どうなったのだろうかと気にかかる。
 今日はあだち祭りの打ち合わせがある、「なんでもくん」の体験コーナーについて説明があるので出てきて欲しいと役所から連絡があったので5時に出向かわなければならない。区民がどんな反応をするか今から胸がわくわくする。
 今日も追記に昨日の続きを書いておこう。続きを読む

私の子供のころエンターテイメントは紙芝居だった

このブログは私の娘達も読んでいる、私の子供のころの話を伝えておきたい。先週中学生と振れ合ったら色々思い出され、追記に今日書けるだけ書いて後はまた時間を見て書くことにしよう。続きを読む

中学生ものづくりフェアが終ったら今日はあだち3Rフェア

 足立区では、地球環境にやさしい資源循環型社会の実現を目指し、ごみ減量・リサイクルの推進に取り組んでおり、その一環として、区民一人ひとりに3つのR「リデュース(ごみを減らす)、リユース(くり返し使う)、リサイクル(資源として活かす)」を意識してもらい、徐々に環境にやさしいライフスタイルに変えてもらおうと昨年からこのフェアを開催している。2日目の今日は私が当番で区役所アトリウムで地球温暖化問題を区民に問いかける。
 昨日は第1回中学生ものづくりフェアで異業種交流会未来クラブ、オンリーワンの数社が製品を出展した。ロボコン、木工作、蕎麦打ち、ゆかた着付け等が行われ、ものづくりに関心のある子供達が各中学から参加しその腕を競った。蕎麦打ちは自分でも時々やるので興味深く見学させてもらった。閉会の折に異業種連絡協議会の代表として挨拶をさせられた、ものづくりは歳を取っても楽しいものだと話しをさせてもらった、子供達の反応は如何だったか分からなかった、拍手なら分かるが司会の先生の”礼”と言う掛け声にはまいった。そういえば私らの小中学生のときもよく”礼”をさせられたのを思い出した。
 オンリーワングループの最近入会した若い人2人とITについての話をしたが、「未来クラブ」ではFAXは一切取り止めML、スカイプ、メッセンジャー等使ってコミニケーションを図っていると言ったら驚いていた。また私を含め4人くらいがブログを書いているといったらますますビックリしていた。他のグループはいまだにFAXに頼っているらしい、しかしオンリーワンはこの若い二人のITスキルを活かしホームページをブログ化している。また会員の製品をネット販売出来るようにしているらしい、この点では未来クラブより進んでいる、これは我々も参考にしたいと思う。会員間のITに於ける落差がかなりあるのも事実だがインターネットを度外視しての企業経営はありえないと思っている、皆もっとIT武装を充実する事を願っている。
 閉会後未来クラブの一番若いメンバーマコト工芸の堀井君としばし彼の事業に関しての話しをした。最近ホームページを立ち上げやる気満々で話しがし易い。「未来クラブ」に入会して以来かなり意識改革が進んでいるように見える、来年度のデザイン創造塾に参加することを薦めてみた。

 

未だ少し酔いが残っている5

 波乱の9月が終り激動の10月が始まった。シティビジョンで「未来クラブ」共々「なんでもくん」の紹介とギフトショーでの異常と思えるほどの反響から始まった9月は我が人生の折り返し点を意識させるような毎日だった。これほど多方面に忙しかった月は無いと思うほど色々な諸行が私を翻弄した、どれもこれも充分こなしたとは言いがたい、しかしこれほど幸せを感じた月は無い。自分の存在が確認できるほど幸せなことは無いのではないかと思われる。私でなかったら絶対出来っこないと自負できることが多かった。と有頂天になる気分をいっぺんに吹き飛ばされるような事件が昨夜あった。自分の小さを痛感する、こんな人になりたいなあと思わせる人と一緒に飲めた。
 人と人のつながりの妙を感じさせてくれた。以前足立の新国際人と紹介したこともある女性だがこれほど不思議な人にめぐり合ったことは無い、私が毎日のように飲みに行く「クジナ」のママだが、自分ひとりで店を切り盛りしていたのに自分の幼友達夫婦に任せてこのところ姿を見せずどうなっているのか不安視していた。昨夜遅くにいつも見る割烹服とはと違って黒を主体としたコスチュームと元々美形な顔立ちなので別人を思わせるようないでだちであらわれた、身につけている装身具も半端なものではない。客として登場し結局は私たち夫婦に酒を振舞った。
 この人は店を3000万円くらい掛け、この4月に店をオープンし、何をやっても流行らなかったところで開業し、少しずつ私らを含め固定客が増えてきていた。その店をなんと幼友達夫婦に居抜きで貸したのだ。それも家賃13万円という破格の家賃でだ、権利だ保障だという事も全く無く、昨日までやっている状態、冷蔵庫にある食材からテーブルにある爪楊枝までそのまま貸し与えてしまった。この幼友達と来日し、その経緯を聞いた事があるがここに来るまでの話しを聞いたら時の経つのを忘れさせるほど面白い。その友達が苦難に立ち向かっているのを知り、自分が苦労をして作ったものをポンと譲り渡してしまう、いくら金持ちだといいながら中々出来ることではない。この夫婦も亭主が何でも美味く食べさせるのでこの後も繁盛させると思う、頑張って欲しい。楽しく飲んだり食ったりした挙句おごってもらってしまった。
 今未だ少し酒が残っている感じだが今日は「中学生ものづくりフェスタ」に出なくてはならない、「なんでもくん」を出荷しなけれがならない、二日酔いしている場合ではない。

平成17年度の「売れる商品デザイン創造塾」が終った

 今日いや昨日(未だ寝ていないので本当は今日)「売れる商品デザイン創造塾」が終った。城東地域中小企業支援センター江畠所長から修了証書を拝受しました。東京都中小企業振興公社の柿沼理事長も臨席している前で恭しく行われた。
 4ヶ月あまりの間講師受講者共々同じ時間空間を共有した事は貴重な経験として各人の人生に大きく活きる事と確信できます。あいだみつおの言葉を借りれば人の幸せは人との振れ合いから始まるというがまさにこの創造塾は色々な人と触れ合うことが出来た、皆幸せになれる事と思われます。
 終ったというが私にとっては始まったといった方が良いかも知れない、物事には一応区切りが必要なので終了というが、卒業、定年なども終わりではなくて皆始まりなのだと思う。懇親会で江畠所長、柿沼理事長と同席させていただいたのも初めてなのですが、この振れ合いはまさに始まりです、面白い話を色々聞かせてもらい、今度秋葉原にお出でよと言われたが本当に理事長室を訪れようと思う、ざっくばらんな人柄に惚れてしまった。
 私のプレゼンテーションはパネル製作を始め不完全燃焼で終ってしまった。お粗末なPC技術が腹立たしい、このところやることが多すぎてデザイン創造塾の課題に取り組む時間が少なすぎた、12月までにはもっと整備しなくてはと思う。しかし学んだことは多くあった、野口講師に手厳しい意見を頂いた商品のデザインはお粗末そのものだったが、中小企業としてのビジネスデザインは大塚講師から多くのことを学ばせて頂いた。師はとにかく元気を呉れる、励ましの名人だと感じた。本質を見抜く慧眼は何処から来たものなのか、余程苦労をした経験があるのだろうか?今後の中小企業のあり方を示唆する説得力には敬服した。
 初めてこういうようなセミナーを受けたが、塾長の薬師寺さん始め秋山さん、伊東課長、センターで出会った方々すべてお人柄が良く、嫌味のあるような人に出会わなかった。何か第二の故郷のような感じがしてきた、受講生の人達も皆印象に残るような素晴らしい方たちでこれを縁にどんな将来が待ってるか楽しみになってきた。再会が楽しみです、皆さんに有難うと頭を下げたい。
 帰りに行きつけの飲み屋によって修了書を見せたら、歳をとっても勉強なさるんですねー、と言われた。人間死ぬまで勉強だよと殊勝なことを言って、本当は恥ずかしかった。酒を飲むと直ぐ馬鹿になる、いや飲まなくても馬鹿なのだ。
 

開発商品のプレゼンテーション

 東京デザイン創造塾で今日、参加企業が新商品のプレゼンテーションが行われる。説明にパワーポイントを使うように指示されたが私はパワーポイントを使ったことが無い、栗田先生に手助けしてもらって作るしかない。ウインドウズの基礎から勉強したい、だけど時間が無い。昨日は日にちを間違えてデザイン創造塾のカレンダー通りに行ってしまった。間違えたお蔭で予定をきめていたので余分な時間が出来た、伊東課長や秋山さん、丸善企画の松尾さん等と忌憚無い会話が持ててかえってよかった。
 帰りに区役所産業振興課にも寄れた。商工相談員の佐々木先生とも話ができた、先生はギフト・ショーにお見え頂いたのに忙しくまともに挨拶も出来なかった、産業振興課によって10月8日、9日のあだちものづくりフェスタの打ち合わせも工業係の切石さんとできた、浅見係長とも地域産業の将来についてもじっくり話ができ、私の気づかなかったことなど示唆されますます元気の元(エネルギー)を貰った、予定がくるっても何一つ不都合が無く返って良いことになる時もある。
 途中携帯に電話が入り「焚経香」のサンプルを持って社長が明日新潟に飛ぶのでオリジナルを作って欲しいと、新しい取引先から連絡が入り、帰ってから版を作った。この会社は当社の商品に大変な情熱を持ってくれている、精魂をこめて対応したい。お互い発展することを念じている。自分の商品に惚れ込んで貰うことは製造者冥利に尽きる、これだからものづくりはやめられない。

印刷と言えば

先生が印刷したもの
印刷と言うと大概の人は紙に印刷したものを連想する。
ところが私たちの身の回りにある物の大部分のものに印刷が施されている。例えばパソコンのキーボードのキートップにアルファベットや仮名、記号が記されているがどうやって印刷するのか知ろうとする人はあまり多くはない。時計の文字盤には精細な文字が印刷されている、どうしてあんな小さな文字が印刷できるのだろうかと不思議に思う人も少ない。
 印刷が施されているか無いかで商品価値が大きく左右されている現実があるのに気づいていない。写真にあるカッターに皆勤賞と印刷されていますが、これは8月に足立区内の先生が当社にパッド印刷の研修にきた時、自分で作ったデータで自分で版を作り自分で「なんでもくんANG−2」で印刷したものです。簡単に凹凸があるのに綺麗に印刷が出来ることに驚き、感動していた。カッター一つでも皆勤賞と印刷されているのと無いのとでは全く違うものに変身します。貰った生徒は記念品として大事に扱うことでしょう、言葉だけで皆勤賞といわれても買ってきたカッターと差別が出来なくおそらく忘れ去られてしまうでしょう。
 印刷があるかないかでこれだけ商品の付加価値が違うものになる、それを簡単にプロのように印刷が出来てしまう「なんでもくん」の価値を知る人が少しづつではあるが増えている。
 今日は午前中和歌山県の会社とスリッパメーカー2社が「なんでもくん」の体験に来る、かち合ってしまうので対応が大変です。自分の都合を繰り合せて見えるので断れない、短時間で納得していただく要領を身につけなくてはならない。

利益競争では負けても知恵比べでは負けるな

 株価が上昇し続けている。大企業は業績が良く景気が上昇する兆しのように言われているが我々のような中小零細企業には一向に良い兆しが現れない。構造変化に対応しきれていないのが原因だと思うが、仕事をし続けられていることをよしとするしかない。大企業の下請け仕事が全く無くなったわけではないが、仕事を請けるためにはかなり厳しい審査があるようです。それに対応するには機材人材にかなり投資も必要のようです。大企業は品質、コスト競争に負けまいと下請け企業にも厳しい要求をしてくる。投下した資本を償却するまで仕事を保障してくれるとは限らず、景気が上向いてきている今必要性があるからだけのことだと思うのだが、継続した仕事が欲しい下請け企業は努力を強いられる。
 「未来クラブ」の副会長と昨夜話しをしていたときに感じたことですが、大企業の仕事だからといって永続するわけでないので、私はその設備を増強すると共に知恵を働かして自社ブランドを確立できるものを開発しておくべきだと思った。あの天下のSですら、自社の業績が悪くなり方向転換を余儀されなくなった時は昨日までこうだと言っていた事がプツンと切れて後は何の音沙汰もなくなってしまう、昨年私はその事実を味わった。振り上げた拳の持って行き所が無くなってしまった記憶を今でも鮮明に持っている。良い勉強をさせて貰ったと理解しているが悔しい思いで一杯です。それをバネにして「なんでもくんANG−U」の開発を構想している。
 名の通った大企業の仕事だとツイ張り切ってしまう、我々もブランドに弱い側面を持っている、仕事が欲しいと尚更である。過去に何度も苦渋を味わっているので軽々に事を運ぶことを戒めている。あの有名なMの下請けで会社を駄目にした企業も沢山ある。今度本当に景気が上向き、仕事が入ってきたときが一番注意しなければならない。
 私は今一番力を入れているのは地域経済を如何にに確立できるかと言う所にある。異業種交流会で知恵を出し合って商品開発をし我々の意思で動かせる事業体を築き上げたい。
 

道路が空いていた

 連続して連休があったせいか台風を意識してか道路が空いていた。午前中は風が強く交通安全のテントが風にあおられ危ないというより寒く1時間くらいで引き上げた。その後昨日は東大近くにある本郷の私の家の菩提寺に墓参りに行った、例年車が混雑し時間がかかったが今年は渋滞もなくスムースに寺に着いた。家内の姉妹は7人誰も欠けていない、私の兄弟は7人の内5人他界している。1日置いた墓参りだがその差があまりにも大きい、二人だけの墓参りで少し寂しかった。寺も例年になく空いていて他に人がいなく暇な住職に捉まってしまった、つい交通安全のテントの話しをしたら「丸山さんあのテントはどういう意味があるのですか?」と聞かれ、あらためて聞かれると返事に困ってしまった。「腰の曲がったおばあさんと何処かの奥さんが茶を飲みながら話しをしていた、あれなんか仕事があるのですか?本郷では安全協会の会長が5分ほど車を止めていた婦警に捕まってしまって違反切符を切られたと言う、安協の会長だといっても通用しないので頭にきて町会が安協を脱退すると近所の数町会も一斉にやめてしまった、それが大きな問題になって大事になった」と、警察も困って収拾するのに大変だったと聞かされた。警察行政に協力し何かの場合お目こぼしに預かろうと言うさもしい気持ちが情けない、このような人にゴールドカードをあげてはいけない、交通安全は私たちの仕事や生活に関わる重要な要件で命に関わる問題だという認識を再確認するためのもので全く意味のないものではないと思っている。
 色んな団体に属するという事を「お金にもならないのに?」と言う人がいる(我が家の家内?)これは人の為と言うよりこの世で自分がやっている、生きているという事の再確認のためだと思っている。中には名誉だとかその立場を利用するため参加している人がいるが、端から見て直ぐ分かる、愚かしいこと思う。
 

ハリケーン「リタ」がまたまた米国本土を襲う・・どうなってんの?

 私は足立区の環境委員を委嘱されている、地球環境問題部会に属している。地球温暖化を特に問題視して活動している。
 CO2を一番多く排出していると思われるアメリカは京都議定書を批准していない。
このところのハリケーンの異常とも思える発生の仕方は地球温暖化と因果関係があるのではないかと論じられている。もしそうだとしたらそのつけが?そんなことを言ったら被災者に気の毒だがイラク問題も重要かもしれないが地球レベルの問題にアメリカも真剣に考える必要性があるのではないかしら。
 タイフーンで毎年慣らされている日本の対策は素晴らしいものがある、今年も各地でそれなりの被害があり被災者には痛ましい被害が出てお気の毒ではありますが、以前の状況だったらもっと被害が大きかっただろうと思う、事後の対応はかなり改善されている。税金の使いどころをお互い研究しあう必要があると思う。アメリカの被災者のスケールの大きさは日本では考えられない程で対策の遅れを感じさせる。戦争ばかりをやっている場合ではないと思う。
 今日は秋の交通安全運動で2時間ほどお付き合いをしなければならない、毎回無駄な時間を費やすようで嫌だなと思うが、仕事仕事と追いまくられているときにふと立ち止まさせてくれている。近所のオバハンやおじさん?と(私がおじさんそのものだが、)日常とは違う会話が出来新鮮さを感じることがある。この運動の成果か知らないが交通事故死は以前から比べると激減している。私も免許はゴールドカードになっている、今度書き換えるときは70歳になっているかと思うと嫌になるが、5年間も書き換えに行かなくてよいのは気分が良い。免許証の年取った指名手配者のような写真を撮られなくてよい、今度撮られるときはもっと酷いことになるだろうと思うと気が重いがあの写真は今の技術で何とかならないだろうか?
 

青天の霹靂・・・「応援してください」と言われた・・・5

 墨田区に再来年新しい高校が出来るそうです、その高校から「応援してください」とメールが入った、晴天の霹靂、まさに吃驚した。どのような経路でこのメールが届いたのだろうか、人の紹介かしら?ホームページを見てかしら?このブログを読んでかしら?応援するのはやぶさかではないが、本当だろうか?若い人達にものづくりの面白さを伝えたい気持ちは前々からあるので是非応援したい。しかし私のような零細企業の人間を本当に良く調べてから来てくれたのなら良いが、単にあちこちに当たってその中からそれなりの者を選ぼうとしているかも知れない。とりあえず応諾の返事は出しておこう、声を掛けてくれただけでも好しとしよう。
 今日は会社に出て請けている仕事を出社できる者だけでやらなければならない、こう連休が続くと零細企業は適わない、稼ぐ時間と客を失うのが一番怖い。納期を守ってやらなければ相手が困る。このところ数量の多いものが集中している、一時のために社員は増やせないココが下請け仕事の辛い所なのです。

くもの巣が物語るものはなに?

 あだち異業種交流会「未来クラブ」の定例会が昨日綾瀬プルミエであった、新入会員もあり、あだち祭り、産業展2005、異業種フォーラム2006等今年度のイベントについて報告、議論が楽しく展開し充実した時間を費やした。参加者の意識がますます高揚していくようで嬉しい。新入会員の芳賀さんは7月7日の「東久邇宮記念賞」の受賞に足立区から3名出席した時同行した方でその時「未来クラブ」を紹介したのが今回の入会につながった。色んな方面で活躍されている方でモチベーション充分の会員が増えてまた未来クラブの厚みが増した感じがする。
 デザイン創造塾を早々に切り上げ「未来クラブ」メンバーのアクセサリーのミユキさんに立ち寄った、行くたびに感じるのだが社員も増え仕事量が増しているのが窺える。充実した雰囲気が伝わってくる。弟さんが「なんでもくん」に関心があり説明させてもらったが、レーザー彫刻と印刷が加わったらまたまた新しい商品が開発されると思う。
 話している内アット言うまに時間が経ち定例会の時間が迫り退出した。自分の駐車場に車を置きタクシーでプルミエに行ったが未だ20分時間があるので、小っ腹が空いていたのでいつも飲み会をする赤兵衛に隣接する中華屋でラーメンをすすった。その時奥に小部屋があるようなので聞いたら17,8名が座れる広さだというのでもしかしたら今日借りるかもと伝えておいた。
 喧騒な赤兵衛の酒席より静かな小部屋の方がよいだろうと結局昨日はその中華屋で飲み会をすることになった。テーブルが三つ並んでいたがなんとなく最近使っていないような雰囲気ではあったが、誰かがテーブルとテーブルの間にくもの巣が張っているのを見つけた。毎日掃除をすることが無いのだろう。老夫婦だけで切り回しているところに大人数の客が来たので娘夫婦が急遽手伝いに来、大童で対応しているのが良く見える、久しぶりの賑わいでバタバタ対応しているさまがなんとなく微笑ましい。赤兵衛が出来る前はきっと繁盛していたのに違いない。出てくる料理も決して不味くはない、ハリッキって作っている老シェフが痛ましい感じがした、常磐新線が開通し、来る時に乗ったタクシーの運ちゃんが言っていたが綾瀬の乗降客が3分の2くらいに減ったのではないかと。この店の客が減ることはあっても増えることはおそらく無いだろう、時代は無情に過ぎて行く。

ものづくり基盤技術振興基本法

 青少年のものづくり基盤技術に関する理解を深めることや創造性豊かな人材を育成することが求められています。
 足立東高校から授業の一環として生徒6人の工場見学をさせて欲しいとの申し入れがあり、快諾しました。どんな感想を持つか楽しみでもあります。
 私らの子供の頃は学校の行きかえり道に色々なものつくり現場があった。ものづくりに興味があった私は良く覗き見をしたものです。邪魔がる人、よく説明をしてくれる人まちまちですが概ね良く見せてくれていた。自動車会社のガレージを改造して我が家の隣は金属プレスの加工所だった。回収した廃品の缶詰の缶をドラム缶の釜の中で可性ソウーダで煮立ててラベルを剥がし、金魚の型押しをした注入口の付いたふたをし、取っ手をつけ、小さな穴の沢山開いた注ぎ口を付けオモチャのジョウロを造っていた、仕上げは吹き付け塗装で赤や黄色、緑で色付けし完成品にしていた。終戦直後の何もない時代でそれが良く売れていたようでしょっちゅう造っていた。材料から完成までの工程を見ているのが楽しかった。今では大手のオモチャ会社の下請けだったようですが近所では良く稼いでいた人の部類に入る。その影響か前の家もタクシーの運転手を辞めオモチャ工場に転進し大きな工場を経営するようになっていった。運転手を辞め草加せんべいを焼いて煎餅屋になった家もある。私が戦後焼け出されて引っ越したのがガレージ横丁といわれていた所で大手タクシー会社のガレージが立ち並ぶ町でそのガレージを改造して美容室、煎餅屋、プレス屋に変身していた。本業と違うもので成功する人が大勢いた。タクシーの運転手が多くすんでいた地域で朝木炭自動車のエンジンの立ち上げに時間がかかり朝の一時は火起こしで喧騒な時間があったのが運転手から職業換えする人が多くいつの間にか無くなっていた。ものづくりに変身する人が多かった、それだけ物が不足していた時代だった。私がものづくりに転進したのも幼少の折の原体験がそうさせたように思える。
 これからのものづくりは如何いう方向に行くのか難しい所ですが、若い子供達が我が社に来て何を感じ如何意識をするか楽しみでもある。

焚経香って何?

9729ce21.jpg焚経香焚経香は螳多監欧離リジナル線香です。特殊な印刷技術で細い線香に鮮やかな金色文字でお経が表記されているものです。この画像は「焚経香」を販売してくれている印刷会社さんが掲載している写真を借りました。WEB検索で「焚経香」と入力すると出てきます。
 著名な寺院「善光寺」「長谷寺」「中尊寺」等の授与品部で販売されていますが、これからはいろんな場面で販売される様になるかも知れません。特注でお戒名を印刷したものを「戒名香」と称しておりますが昨日は大量の戒名香を受注しました。あるお香屋さんからの注文ですが即日発送してので大変喜ばれました。どなたかの葬儀に使われるものと思われます、短時間で印刷するのが得意なのでその日に発送することがたまにあります。会社を挙げて「焚経香」の販売をするという会社も出てきてくれました。安らぎの心を贈るのが安心堂の社名の由縁ですが「焚経香」を手にした方々の心が安らぐ様をイメージして造っております。
 細い線香に印刷する技術が色々な物への印刷を可能にしてくれています、その技術が誰でも出来るようにと発売したのが超小型パッド印刷機「なんでもくん」なのです。
 

クールビズからウオームビズ

アクリル引き手
昨日はアクリルの小さなファスナーの引き手部品にロゴマークを印刷した、又竹の小さな板に表38種類裏5種類の組み合わせ印刷のセット印刷の準備をした。
 一昨日は休んで常磐新線の初乗りをし、1時間も掛からずに行けるようになった筑波山に登ってみようと出かけたが、駅から筑波の登り口に行くまで交通渋滞で2時間以上掛かると言うので諦め、駅前で焼肉を食べて帰って来てしまった。足立区に帰って北千住の宿場町ロードで祭りの神輿を見物して帰ってきたが、何か不燃焼な気分が残った。
 連休なので次の日出直して何処か行って見ようかと思ったが結局会社に行って遣り残している事をするになった。竹に焼印のイメージを出して印刷して欲しいとの要求に色出しをしてみないと今日からの量産に直ぐ取り掛かれないと思ったら最後尻が落ち着かない。デザイン想像塾のプレゼンテーションの資料も出来上がっていない、火曜日にはかつしかテクノプラザに行きたいので色出しをしておかなければ安心できない、人に任せて置けばよいのだが初めての仕事は自分で確認しておきたい。連休といっても何処か行くと計画を事前から決めて泊りがけで行ってしまわないといつもこうなる。会社に私がいるのを知った孫娘たちが遊びに来て結局はたいした事が出来なかった。今週か来週にはまた孫が一人増える今度は男の子が見たいが。
 今朝のテレビでウオームビズのファッションを見た、厚着を奨励している。着膨れの人達が増えたら朝晩の出勤ラッシュは地獄のようになるのではないかと連想してしまった。暑くて失神する人が出るかもしれない、この経済効果はどんなものがあるかと考えてしまう。

敬老の日

 日本人の5人に一人が65歳以上だという。老人を定義したのは1980年代に国連で地球全人口の高齢者の10%を老人としたという、これを現在の日本に当てはめたら70歳はゆうに超えるであろう。男子の平均寿命が78歳、女子は85歳、10年後は4人に一人が65歳以上になるという。
 私もその5人に一人の内に既になっているが、高齢者という意識は全くといっていいほど無い。聖路加病院の日野原先生は高齢者の基準を75歳にしたらどうかと提案している、私も大賛成です。従属人口などとはもってのほかだと思う、個人的に差がありすぎて一概に言えないものだが、若い年齢の人でも高齢者以上に従属人口と言っても良いような若者が増えている。大きな社会問題が山積している、今度の政権はそこいら如何対応してゆくか見ものだ。
 私は30年前くらいから「般若心経」のファンになっている、日本で一番ポピュラーなお経で、又その持つ意味は解釈する本の題名だけでも一冊の本になるくらい古くから伝わっているものです。その好きなお経を線香にプリントして「焚経香」という商品を開発した、色々な思いをこめて創ったものです。この焚経香を炎の上人池口慧観という高僧に「貴方、良いものを作ったね」と褒められたことがある。師は九州鹿児島の世界一大きな木像をもつ「最福寺」、「江ノ島大師」を再興した、巨人清原選手が修行した事でも有名なお寺の住職でもあります。
 文字入り線香
そのお経の一部に「不老不死」というフレーズがある、一部誤解して老いない死なない、といってるように思う人がいる。「般若心経」は一切が空という事を教えている、人の老いも死も空と言っている。私も一切こだわらない様にしている、だから節目検査と言って60、65歳に無料検診があったが1度も行ったことがない、自分の体は自分が一番良く知っているはずだからと。他人からとやかく言われて自分の生活を改める勇気がない、タバコも健康に良くないといわれながら1日60本も吸っている。酒も毎日欠かしたことが無い双方とも私にとっては薬だと思っているからです。必ず吸えなくなる、飲めなくなる時が来るであろうことは知っている、無理してやめる事は無いと思っている。この30年具合が悪くなったことがない、2日酔いで気分が悪いことがたまにはあるが度が過ぎた時だけのことである。
 「焚経香」を買ってくださっている方々はきっと幸せな人だと思って作っている、作らせて頂いているだけでも幸せを感じている。
 

パッド印刷の面白さ

 昨日は著名な外国製パッド印刷機周辺資材の販売代理店からの依頼で、誰でもが知っている超有名な電器メーカーの音響機器の外部ケースへのパッドプリントの試験印刷をした。
 平面と側面を同時に印刷したいが為の実験である。4個付きの精巧なプレス商品でプレス型代を想像しただけでも数百万円はするでしょう、さすが一流企業だと感じさせる。
 それをライン上で印刷を完了することによりコストダウンを計るためだと思う。枝で繋がっている4個もパッドプレスの圧力に負けない構造になっているので思ったより簡単に平面と2側面に印刷が印刷できた、守秘義務があると思うので画像を示せないのが残念だが明後日取りに来る営業マンは喜ぶであろう。
 従来的な方法では固体にして3工程で印刷したものが1工程で済む、印刷コストが3分の1になる、ラインの組み方に工夫をすれば4個同時に三面印刷が出来る、スピードが4分の1になる。トータルコストが大幅にダウンできる。昔なら1個づつ切り離されたものを外部印刷業者に発注され大変な量の仕事が下請け業を潤わせていたはずである。
 普通ならこのような実験的な仕事は後に自分の仕事に繋がらないのでやりたがらない所が多いと思う、ところが当社は印刷の内製化は時代の要求と思いそのために投資リスクの小さな「なんでもくん」をこちらから売り出している次第である。「なんでもくん」を持っていればこんな実験が社内で出来る事になる。
 この商品が世の中に売り出された時、自分の技術が生きているかと思うと嬉しくもあるが、悔しくもある。だから自分のオリジナル商品「焚経香」を売り出した。細い丸い曲面に印刷が回り込んでいるのを不思議がる人が大勢いる。文字入り線香





細い線香が送られてきた

 線香を送ったので印刷可能か試してくれとメールが入ると同時に線香の現物が宅配で着いた。直径1ミリの色々な香りと色をした線香で当社の「焚経香」よりかなり細い、丁度中尊寺向けの「焚経香」を印刷していたので試作したら同じ大きさの文字が綺麗に入った。線香の販売会社の依頼でしたが、結果を見てどんな製作依頼が来るか楽しみです。仲介しているのが「なんでもくん」をわざわざ岐阜から見にこられた方ですが「やる気」のある人達との振れ合いが多いそうです、その中の1社がその気になっているそうです。私の技術を介して何かに挑戦してくれていると思うと嬉しい限りです。
 昨日はあだち異業種連絡協議会の役員会でしたが、その帰りに同席していた「未来クラブ」のメンバー「ユニーク」の畝さんと一緒にくだんの飲み屋「クジナ」によりビールで乾杯した。その席に未来クラブで一番若手の革製品のメーカー「マコト工芸」の堀井君を呼んだ、韓国の靴メーカーへの輸出が可能かどうかを確かめるためです。このクジナの経営者が輸出入の会社を立ち上げたい意向があるのです。日本以上の皮の染色技術は韓国には無いそうです。アジアでは日本が一番だそうですがイタリアには適わないそうですが、日本の技術水準はメイドインジャパンというだけで信頼されるブランドを数多く作っている。堀井君の技術は有名ブランドの下請けをしているので評価は高い、未来クラブの国際経済交流研究部会の議題になりそうで成功するれば未来クラブ発祥の第一号の事例になる。お互い努力して実現するといいのだが。
 廃業が起業を上回っている日本で起業する人を応援したくなる、物つくりの起業があまりないのが少し寂しい。「ものづくり基盤技術振興基本法」というのが制定されたが、青少年のものづくり学習の充実を図るため10月1日に足立区で初めてエルソフィアで中学生の「ロボコン」が行われる。区内の事業者が如何関わってくれるかが問題です、後継者を育てる礎になると思う、何らかの形で参加してくれることを期待したい。
  
 

竹の小さな札がお守りに化ける

 「家内安全」「交通安全」「ボケ封じ」「商売繁盛」・・・これら人の願うフレーズにユニークな文言38種類を竹の札1.2センチ幅4センチに「なんでもくん」で印刷をします。裏に色んな神社の名前が入りお守り札に化けます。版のコストを低くできるのと版換えが簡単なのでこんなに種類が多くても取り掛かり易い、「なんでもくん」の機能がフルに発揮できる仕事です。既存のパッド印刷機では仕事にならないようなものも仕事になる、何所へ行っても断られてしまうものも「なんでもくん」は仕事にしてしまいます。
 印刷の面白いところは紙でも印刷される内容で賞状になったり、宣伝チラシ、カタログ、新聞、雑誌に化けます。印刷されると付加価値が付くものは数多くあります。毎日色々なものに印刷していますが、今日はマメ扇子に蝉しぐれと印刷します、ドラマの宣伝に使うのだと思いますが、何の変哲のないものも印刷を施すことでオリジナルなものに変身する、だから印刷は面白い。
 色々なものに印刷が出来ると知った人がアイデアを駆使して商品つくりに励み、自分の仕事を創出している。目覚めた人達が次々仕事を持ってくる。「使わない筋肉は衰える、使わない知識も衰える」神田さんの言葉が身にしみます。

やはり「なんでもくん」の問い合わせが増えてきた

ギフトショーが終って2日間商談に見えた企業が数社あり対応に追われながらも予定された行事をこなしている。寸部の空きの無い時間を過ごしている。夕べは会合の後一杯やる機会があったが気の合う連中との飲み会は度を過ぎてしまう。帰りにバスが未だあったので乗ったら案の定寝込んでしまった、終点について車掌に起こされ降りたがタクシーが私を待っていたかのように1台いたので都合よかった。酔って寝込んでしまうほど見っとも無い事はない、反省するけど酒が好きなので時々やってしまう。誘われて断ったためしがない。タクシーを降りて直ぐ帰れば良いのに又一軒寄って2時頃までまた飲んでしまった。車を会社に置いてきたので今日はタクシーで出社しなければならない、今日はどんな1日が待っているのだろう。
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なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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