なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

嬉しい人々との繋がり。

 足立ブランドyouthの仲間がお客さんを紹介してくれました。「なんでもくん」研修を受けに来てくれて、例の通り製版から始まって印刷体験まで覚えて貰いました。また新しいパッド印刷の仲間が増えて嬉しい事です、地域の繋がりを感じます。
 イプロスの担当の方から何度か電話を頂いているのですが、私も忙しくしていて席を外していることが多く、未だどのようなお話か聞いておりません。こちらから連絡したいと思ってます。イプロスの我が社の紹介記事は素晴らしjもので、先ずお礼を言いたいの一言です。
 最近は特にパッド印刷に関わっている仕事をしていて良かったと思う事が多い、色んな業種の方からの問い合わせも多く、忙しい毎日を過ごしています。
 私の娘ら3人が子供の頃ダンスを練習していたサークルで知り合った人で、我が家に泊りに来たりしていて私もよく知っている人の紹介で螢献螢螢燭気鵑箸眞里蟾腓い泙靴拭
 北区の株式会社ジリリタさんのように人気商品スラックレールの拡販と共にバランスインソール販売と「なんでもくん」も色んな人に紹介して頂いても居ます、自社のホームページでも事細かに説明して頂いて居ます。
 一昨日の夜、新潟で震度6強の地震が有りましたが、我が社の「なんでもくん」ユーザーが長岡と阿賀野地方に居て、昨日電話で尋ねましたら双方とも揺れも軽微で無事だったとの事でした、それを聞いて胸を撫で下ろしました。
 全国、北海道から沖縄まで「なんでもくん」を使っている方が居ますが、自然災害が何時起こるか分かりませんので、とにかく皆さん気を付けて頂きたいと願っています。
 夕方は今日も明日も区の異業種関係の会合や「あだち新製品開発講座」など色んな予定がありまして忙しい1週間になりました。
 
 
 
 

一週間が短く感じる

 昨日の午前はワイングラスへの試作印刷、煮沸テストに強いインキとUVインキの2種類のインキで印刷した。午後は前日金属製の灰皿にテスト印刷したものを引き取りに見えたお客さんがあった。印刷したロゴの文字の上で火の付いたタバコを揉み消してインキが落ちたり何らかの変化あるかを試してみて欲しいと言う依頼であったので何度か火の付いた煙草を押し当てて揉み消したが印刷には何の影響がないのを確認して置いた。
 昨日見えなった時にも目の前で同じ場所でタバコの火を揉み消した。印刷にほとんど影響はないのを確認してもらった。これを客先に見せて量産が決まると言っていた。
 その後先週私が手刷りで頑張った所の方が見えて次の仕事の打ち合わせに来てくれていた。娘が対応していたがどんな仕事だか未だ聞いては無い、今度は簡単な仕事だったら良いのだがと思う。
 ライトボックスが故障して修理に出していたお客さんが、急ぎに仕事が入ってしまっていると言うので我が社で修理が終わるまで製版して送って差し上げることになっていた。昨日は早くから製版しておけばよかったのだが、午後3時頃になって5版製版したが、ヤマト便が集荷に来てしまった。1分ほど待って貰えば間に合うのだが次があるから別便が来るよう手配しておくと言って積んでいかなかった。
 修理を依頼していたライトボックスは今日届く、もう一日早ければ何の問題も無かったのにと思うが都合よく行かないことも多い。別のお客さんからも版が上手く出来ないと言って送って来たのもあった、それは送って来た露光機で私が版を作ったが、ポジも良く出来ていて何の問題も無いので昨日送って置いた。製版の露光タイムに間違いが有ったのだろう。これまで何百台も出荷しているが、二社にこんな事は初めての事だった。
 今日は金曜日だが一週間がものすごく短い今日も試作印刷がある。何とか間に合わそうと思っている。
 

素晴らしい人達との出会いに感動した一日。

 一昨日は朝から雨ふりで天候的には恵まれませんでしたが、11時にジリリタの社長さんが迎えに来てくれて、彼の車に私と娘を乗せて貰って出かける事になった。ジリリタの高島さん程面倒見の良い人は滅多にいない。彼ほど忙しい人は滅多に居ないような人が私等の為に一日貴重な時間を費やしてくれた。
 最初は娘がアポを取っていた川口市の株式会社アイシンテクノロジーズと言う凄いナノジェットマイザー・超微量フィーダー・受託加工の会社社長さんの起業の時からの話を聞き、工場の一部も見学させて頂いた。毎日依頼される粉砕の件数が100件を超えるそうです。工場の設備は半端でなく、昔鉄工所だったビルは骨組みが確りしていて、3階までびっしり重機が詰まっていると言う感じだった。我が社も特殊なインキを作る時には顔料の粉砕をお願いする時もあろうと思って顔を繋がさせて頂いた。
 その会社の次は桐ケ谷の商店街にあるジリリタの店舗に行き高島社長の活動の一部を拝見した。今ヒット中のスラックレールが山と積まれていた。国内のメーカーでは賄切れずに今では中国製になっている。技術力のある中国企業とも結ばれているらしい。包装を内職所に依頼しているので社員が引き取りに来ていたが、隣の食堂で昼食もご馳走になってしまった。ジリリタさんは我が社のバランスインソールを販売もしてくれている。
 その後に本命とも言える北区の浮間にある株式会社うさぎ屋に誘ってくれた。うさぎ屋さんは当社のバランスインソールの販売をしてくれている。そのインソールの開発者である私の話を聞きたいと言う申し出に出向くことになっていた。
 株式会社うさぎ屋と言う会社もユニークな会社で私の話を聞くために社員の方々が集まっていたが、皆昭和14年生まれのうさぎ年で社名の謂れも干支が元になっている。8人ほど集まってくれていたが、皆80歳と言う年には見えないほど若々しい、10歳くらい若く見える。私も15年の2月生まれだから彼らと同年代と言う事になる。戦後の日本に育った共通点があるので、私が子供の時からものづくりが好きで今に至っている話も通じやすかった。
 バランスインソールだけでなく、文字入り焚経香、はんこ屋さんゴッコ、手動式パッド印刷機「なんでもくん」の開発にまつわる話は特に皆感動してくれた。皆が一度我が社に来てみたいと言う事になり、日にちを決めてやってくることになった。彼等だったら「なんでもくん」で印刷も仕事にしてしまうかもしれない。初めて会って意気投合する間柄になった、素晴らしい出会いだったと高島さんには感謝している。高島さんとの出会いは私の娘たちが子供の頃ダンスをしていた仲間で我が家にも良き遊びに来ていた子の紹介だった。縁は異なもの味なものとだと感じている。
 昨日も面白い一日だった、先ず世の中には色んな仕事が有るものと感動してしまう。木工屋さん、人形メーカー、製缶屋さん、製靴屋さんもお客さんなってくれた。先日神戸からお出でになった人がパッド印刷の仲間になってくれた、今日「なんでもくん」一式を発送する事になった。
 

デザイン講座で皆喜んでくれました。

 土曜日の午後には未来クラブのデザイン講座が有りました。講座の参加人員は10人と確定しました。
 1週間ほど前のブログでも書きましたが、私の開発したパッド印刷機がイプロスで企業としても製品ランキングでも大手印刷機メーカー4社を抑えてトップになっていると報告しましたら皆凄いね‼と言って喜んでくれました。特にデザイン講座のリーダーが価格設定の範囲が広くって良いと褒めてくれました。
 金曜日の「あだち新製品開発講座」でもイプロスを知っている人居ますか?と問いかけましたが、一人も居ませんでした。イプロスとは月間190万人が利用する国内最大の技術データベースサイトだと説明しました。イプロスの閲覧会員は100万人を突破しています。有料の登録もありますが、無料で登録する事も出来ます、私は無料登録ですが10年以上前に登録していました。イプロスに問い合わせがあるとメールで知らせてくれます。自社のホームページの情報発信には役立つものになります、と説明しました。
 企業ランキングだけでなく、製品ランキングでもトップになっているのは「なんでもくん」の機能が世間に認められていることに他ならないと感じています。
 少量多品種のものへの印刷ニーズに応えられるパッド印刷機は「なんでもくん」システム以上のものは存在しないと思っています。手動でも少量だけでなく大量印刷に応えているユーザーは増えています。アナログ技術は慣れやアイデア次第で凄い威力を発揮します。印刷の持つ高付加価値性に気付く人も増えています。
 最近はパッド印刷についての問い合わせやパッド印刷での色んなものへのテスト印刷依頼や印刷の見積依頼が絶えることなく続いています。パッド印刷と言う事自体知らない人が多く、パッド印刷のマーケットは増える一方なのでしょう。
 
 

感動的な毎日が続いている。

 今朝は連日の疲れのせいか今目が覚めた。ブログを書くには時間が遅すぎます。明日は十分時間がるので色々報告したい。今朝はこれまで。

二日間の手刷り印刷が終わった。

 昨日の午後にケースの蓋大のPPの絞りの深い蓋部分の黒印刷が終わった。三日ほど掛かったが大小の蓋に白、黒の印刷だったが、どうしても印刷テクニックが必要で私でなければ印刷が出来ない代物だった。
 インキはPP専用のインキだがそのインキを下手に希釈すると深いシボで滲んでしまう。絞りが深いので他所でやったサンプルを依頼者が持って見えた時まるで印刷になってなかった。それが滲みを克服して確りと滲みなく印刷が出来たので自画自賛はみっともないが、昨日はその出来上がった印刷を見てしてやったりと自分を褒めた。デジタル技術万能の時代にアナログ技術でなければ出来ない仕事がある。
 我が社には毎日のように納品に来る印刷資機材屋が言っていたが、シルクスクリーン印刷業界にはこのところ全く仕事がないと言っていた。彼は印刷業界の事情通でいろんな情報を伝えてくれる。昨日は滑り止め印刷用のインキを持って来てくれた。PP用やPE用インキ、専用溶剤なども彼の所から購入している。「なんでもくん」用のインキや希釈剤、インキ洗浄剤、IPアルコールなども納入して貰っている。だから毎日のように出入りしている。印刷機の廃棄も彼の会社で面倒を見て貰った。使わないインキは彼の紹介の専門商社があり、廃棄には契約書が必要で東京都との契約になる。インキ一つでも今は滅多に捨てられない。
 数点テスト印刷の依頼が溜まっている、テストするにも印刷の版は作らねばならない、在り版何でもよいと言うものもある。どのインキが密着強度があるか試す、治具を作らなければ印刷テストも出来ないと言うのもある。数日印刷に取り掛かっていたのでテスト印刷の依頼が溜まってしまっている。昨日はソフトビニールの人形の顔の治具を作ったが結構面倒なものだった。
 線香の注文があったり、バランスインソールがこのところよく売れている。見積書を出していたもので印刷が決まったものが有ったり、明日は「あだち新製品開発講座」が有ったり6月も忙しそうだ。
 

久し振りの手刷りで疲れを感じた。

 昨日はシルクスクリーン印刷を手刷りした。我が社も以前はシルクスクリーン印刷を主体にしていた時期があった。創業間もない頃はパッド印刷など知る由もなく、兄がシルクスクリーン印刷屋に勤めていたので色々助言してもらい、シルク印刷を製版する事から印刷まで独学しながら印刷業を始めてしまいシルクスクリーン印刷屋になってしまった。
 当初は蠹賃偲典,離▲襯泪ぅ般暖弔ら創業する事になったので、アルマイト屋の3階に作業所を借りる事が出来た。銘板もシルクスクリーン印刷で印刷出来る事を知り、半自動のシルクスクリーン印刷機を購入した。
 その内当時ゴルフショップで成長著しいシントミゴルフと言うゴルフショップが顧客になり、アクリルの名札を納入する事になったのでアクリルの板にシルクスクリーン印刷で製品のロゴを面付け印刷して加工屋で切り抜いてもらい納入する事になった。シントミゴルフが次々店舗を増やし、新しい商品も増える一方だった。私は創業したばかりで相場が分からず安く納入したので、それ以来アクリル製品は小さなタグから看板まで我が社に注文が来るようになった。
 その内店内で使うポスターなどの印刷なども請けて外注していたが、人の紹介で広い工場があいた所が有ったので其処でマイダスと言う大きなシルクスクリーン印刷機を購入して、乾燥ラックも何台も入れて印刷を内製化した。A1くらいのポスターから、ふんどしと言って店内を装飾するポスター、ペナント、アクリルの看板まで印刷するようになった。中型のメロディーと言う印刷機も導入して、シルク印刷の仕事は増え続けた。
 田村電機製造の銘板も良く出て、この2社だけでもかなりの売り上げが揚がり、忙しい会社になった。パートや社員も増えてそれなりの利益があったが、その内円高の時代が到来し、1ドル360円が200円から更に100円を割るような円相場になってしまい。田村電機への納入が値引き値引きで利益が出なくなってしまった。そこで田村電機とは縁を切る事になった。ただ田村電機のお陰で色んな技術をものにすることが出来た。UV印刷などは我が社の得意技術になった、いまでもUV印刷は役に立っている。パッド印刷を知ったのも電話機がダイヤルからプッシュボタンに変わったお陰だった。
 印刷機を導入する前は手刷りから始まったので、手刷りは慣れていた。それが今印刷機が無くても手刷りで何でもこなせる。昨日から始まった手刷り印刷も表面の絞りが深く他所でやったら印刷にならないものが持ち込まれた。その条件の悪いものでも長年の経験からどうすればよいのかの知恵や技術は持っている。他所で出来ないものが我が社では出来る、これもいろんな会社との付き合いがそうさせているのだろう。
 
 

自転車での集荷に驚いた。

 先週ヤマト便が自転車で集荷に来た。自転車では「なんでもくん」一式を積めるわけがない。「なんでもくん」はトラック便を手配しているので5時過ぎには集荷に来ますと言っていた。ヤマト便を利用すようになって10年以上にはなっているが、自転車で集荷と言うのは初めてで北千住当たりの繁華街では時々見てはいたが、自社の近所は繁華と言う事はない。
 私は毎日車で環七を西加平から江北の会社まで6キロ弱走っているが、環七が空き空きで以前は40分も掛かる渋滞が有った。今は渋滞など無く、掛かっても15分位で時には10分位で着いてしまう事がある。環七を走る車が少なくなっているのが荷動きの悪さを物語っているようで寂しい気がしてしまう。
 ただ、このところ佐川急便が来た時に集荷が少なく、3時頃なのに家に帰りたいと言っていた。世の中そんなに荷動きが悪いのかと日本経済が心配になってくるが、我が社は毎日出荷ゼロと言う事はない。「なんでもくん」の消耗品のリピート注文が毎日入ってくるので、パッド印刷のニーズは増える一方で忙しい事になっている。世の中少量多品種のものへの印刷ニーズは増える一方だと体感している、「なんでもくん」ユーザーは忙しい所が増えている。
 世の中の産業構造が変化し、輸出で忙しい所や地域経済が盛んな所が増えている。ネットやテレビでの販売が旺盛なところも多い。高額なものが売れたり、世の中そんなに不景気と言う訳でもないのかも知れない。「なんでもくん」を導入した途端に忙しくなってしまったと言うところは多い。新しいマーケットが動き始めるのは事実だと思う。
 6月は「なんでもくん」研修や公私共に日程が詰まっていて忙しい月になることになるだろう。

パッド印刷と言う印刷技法が大活躍している。

 「なんでもくん」システム一式を昨日発送したので新しいユーザーがまた一社増えた。最近は消耗品のリピート注文、特に樹脂版の注文が集中的に増えて在庫が一掃されそうになっている。ヘビーユーザーが増えている。それだけパッド印刷のニーズが増えているからだと思っている、40ミリ角の小さな版を毎月2000版消費するユーザーが居るが、それに近いような所が増えている。それに伴ってインキ、インキ洗浄剤、IPアルコール、希釈剤、インキジェットフィルムなども消費されている。
 本業のパッド印刷の注文も次々続いているが、新しい取引先が増えてもいる。世の中パッド印刷の需要が増えているからであろう。これまでパッド印刷と言う印刷が有るのを知らなかった人が、ネットでパッド印刷を見付けて問い合わせて来る人が増えている。
 イプロスでパッド印刷機の人気ランキングで大手の半自動パッド印刷機メーカー4社を超えて安心堂がトップになっているのには驚かされた。イプロスを通じて我が社に問い合わせをしてくれる人も増えているのかも知れない。
 昨日出荷させて頂いた方は「なんでもくん」ユーザーの方の紹介だった。紹介して頂いた方は今スラックレールが大ヒットしているジリリタの社長さんで桐ヶ丘商店街では有名人になっている。スラックレールに「なんでもくん」で商品名を印刷したのが切っ掛けで大ヒット商品に化けたと言ってくれている。この方の発想力は目を見張るものがある、学ぶことも多い。スラックレールは子供のバランス運動能力を養うだけでなく、高齢者の介護に繋がるものとしても評価されている。
 最近バランス商品として「コトコト」と言う靴の中敷きとして販売しているが、ジリリタ蠅亮卍垢気鵑販社として良く売ってくれている。娘と出張してくれてマーケットを広げる事を教えてくれている、昨日も娘を送りながら仕入れに寄って呉れた。
 古い使用済みのパッド印刷機を廃棄したので場所が空き、そこに来週から印刷するものが山積みされた。店頭ショールームも半分段ボールが積み上げられている。納期が決まっているので来週は私は手一杯になってしまうだろう。
 それにしてもパッド印刷機を引き取りに来た業者の方の手際の良さには驚かされた。一人であの重い機械を運び出すのに鉄棒を二本コロにして、敷居を守りながら外に出し、クレーンを操作しながら荷台に乗せ固定する、その間の時間と言ったらアッと言う間だった。古い機械だが私をパッド印刷の世界に誘ってくれた思い出の機械でもある。走り出す時思わず手を合わせてお礼の念を送った。
 
 

今日は思い出のパッド印刷機を廃棄する、

 この十数年使うことも無かった半自動印刷機を業者に引き取ってもらう。ドイツ製のパッド印刷機だったがこの機械によって我が社のパッド印刷の歴史が始まった。何年か前に国産機も使ったが使いが激しかったので1年ともたなかった。ドイツ製はボディが鋳造なので狂いが出ないので今でも部品を変えれば稼働するだろうと思う。ただ今使っている機械より小型で印刷面積が小さいので使うチャンスが少なく修理する事無く置いておいたが、最近仕事の量が多いものが増えていることもあり、少しでも場内を広く使えるようにしたいので廃棄を決断した。
 昨日初めて見えた方もネットでパッド印刷と言う印刷技法を見付け、それを確認しなががらテスト印刷をするために来たのだった。1メートル以上の長い木製の外車のダシュ版の一部にロゴ印刷するもので、たった一個の為だがその印刷の上に特殊な厚手のクリア塗装をするらしい。試作にかなりの費用が掛かるが厭わないらしい、大きな部品の一部に小さなロゴ印刷それも目立たない色指定だった。
 世の中には色んなニーズが有り、パッド印刷ならでの仕事も多い。昨日の彼もいろんな方法で試した結果がどれも目的に適わず、やっと我が社で目的を果たすことが出来た、だから喜んでお帰りになった。
 世の中パッド印刷と言う言葉すら知らない人が多い、昨日の足立ブランド交流会で自社の製品、技術を世の中にリリースする方法を専門家が講演していたが、私はこれだけ色んなマーケットをご存じならと思いパッド印刷と言うのをご存知ですかと質問して見たら全く知らなかった。
 パッド印刷と言う印刷技法は戦前からある古い技術で大手時計メーカーのみならず、日本の高度成長を担ってもいた技術なのにそれも知らないと言うのにはがっかりもしたが、それだけマーケットは広く深いものだと理解する事にした。

今週は週明けから過密な仕事に追われ続けている。

 週明けからパッド印刷用の受け治具を何点も作る事に追われているが、場内の仕事も出来た受け治具で仕事を進めるのみならず、旧来の仕事がまとめて入ったりして忙しい事になっている。製版も試作用、量産用何版も製版した。私がパッド印刷でボタンに印刷するのに成功をした最初の機械があり、廃棄するには忍びないと思い現在は使ってないで置いておいたが、30日に意を決して廃棄する事にした。
 31日に6月中続く大量な仕事が入るので置き場所を少しでも広くしたいがため、機械だけでなく長年使わないようなインキも整理すればあるのでそれらを廃棄すると収納していた棚2台が整理できる。少しでも場内を広げる事が出来る。
 我が社のみならず私の「なんでもくん」ユーザーも忙しい所が多く、消耗品の発送の量が増えている。また数年振りかでドクターブレードや版治具を多数注文して来た窯元もあった。
 世間ではパッド印刷では出来ないような仕事が増えているのかも知れない。最近お客さんになってくれた方々に聞くとやはりパッド印刷と言うのを知らなかったと言う人が多い。「なんでもくん」をネットで探し当てたのを望外の喜びとしている人も多い、新しい仕事に挑める事は嬉しい事の始まりとも言える。世の中には色んな仕事がある、パッド印刷の伝道師を自称しているが最近は特にお客さんが増えて有難い事だと思っている。






 

パッド印刷の可能性は増すばかり。

 当社の「なんでもくん」の消耗品のリピート注文が増え続けている。ある会社などインキを小分けして使うプリンカップや撹拌用のヘラなどを大量に発注してくる。それだけ「なんでもくん」を活用している証左だと思う。
 世の中には色々な製品があるがそれらにパッド印刷する事で差別化できる。印刷の持つ高付加価値性を発揮させられる。
 このところ印刷試作を依頼されたものが量産して欲しいと依頼される件数も増えている。中にはシルクスクリーン印刷のものがあるが、圧倒的にパッド印刷のものが多い。
 先日ザンビア共和国の大使が見えた時、米粒に印刷したのを見て驚いていましたが、形のあるもの何でも印刷が出来てしまうのがパッド印刷なのです。
 毎日のようにパッド印刷についての問い合わせがある。印刷したいものが皆違うもので、それら一つづつ印刷する方法を説明させてもらう。同じものばかりだったら飽きてしまうが皆違うものだから退屈しない。
 昨夜は「あだちものづくりゼミナール」の総会があったが、このゼミは足立区の活性化に寄与している。足立で雪合戦が始まったのもこのゼミが開発した雪玉製造機が切っ掛けになっている。
 居酒屋での総会だから少し飲み過ぎた。いつもより起きる時間が遅くなってしまって、ブログを書いている時間が少なくなった。

ザンビア共和国の大使館から印刷注文が入りました。

 昨日の私のブログにザンビア共和国の大使が来られた記事を書きましたが、足立区の公式ホームページの「広報・報道」のニュースリリース欄でもザンビア共和国の大使が足立区の中小企業を訪問した記事が紹介されました。
 当社とトミテックさんを訪問した記事がつぶさに紹介されていて嬉しいニュースリリースになりました。特にコーディネーターの古川さんが電話で娘に話してくれましたが、帰りのバスの中では当社の「なんでもくん」の話でもちきりだったと言ってました。
 大使をはじめ参事官の方々にもジリリタのスラックレールに乗ってバランステストをして頂いたのですが、ムティテイ大使のバランスの良さにには驚きました。そのスラックレールに3人に印刷体験をして貰い、自分で印刷したスラックレールをそれぞれお土産として持ち帰って頂きました。
 参事官のお一人が私の顔写真を印刷したゴルフボールを見せたら甚く関心を持ち、自分の顔写真を印刷したゴルフボールが欲しいと言っていたので写真が有れば直ぐ出来ますよと言っておいた。
 そうしたら昨日メールで注文したと言って電話が入ったらしいのですが、メールが入ってないと娘は言っていましたが、娘が上手く対応していると思います。
 リリースされた記事の中でムティティ大使の談話に「日本ではどの製品もスケールの大きい工場で作られていると思っていたが、視察したいずれの工場も、狭い空間で最先端の素晴らしい技術を活用している。この経験をザンビアに持ち帰り、自国で活用できる技術はぜひ導入させたい。」と有りましたが、ザンビアから我が社に「なんでもくん」研修に来る人が増えたら面白い事になるなと思ってはいます。
 昨日は他所でまるで印刷になってないものが有り、それを我が社で印刷テストをして欲しいとものがありました。大小のプラスチックケースの蓋部分なのですが、深い皴模様で通常のシルクスクリーン印刷ではインキが乗らないのは直ぐ分かる。スクリーンメッシュを考え厚盛印刷が出来る版を製版し、2度刷りをしたらほぼ完璧な印刷が出来た。このテスト印刷が採用されると大変な量の印刷になる、2か月は掛かるだろう。
 家具屋さんの木片に印刷したのも色指定のパントン色に調色するのに時間が掛かったが、OKが出た。これも我が社の仕事になるだろう。
 また、昨日は数か月前に「なんでもくん」研修をした所が導入が決まったので振り込みしたいと電話が入った。昨日はよいニュースが多く、嬉しい話ばかりだった。

ザンビア共和国特命全権大使が工場見学に来た。

 昨日はザンビアの大使が来られる予定ではあったが、女性の大使とは聞いていなかった。とにかく背の高い人で、私がこれまでにあった女性で一番背の高い方で2メーター近くは有ったろうと思う。
 町工場HUBの古川さんが通訳役で対談が始まったが、娘が私が元証券マンだったことや「なんでもくん」開発に至った経緯などを話し、パッド印刷は米粒にまで印刷出来ると米粒に印刷した現物も見て貰った。アンビリバボーと言っていたが私が分かった英語はこれだけだった。夕方のMXテレビのニュースで紹介されていたが、米粒が良く映りだされていた。
 大使館員含め4人が見えていたが、大使をはじめ一人づつ「なんでもくん」でスラックレールに印刷体験をして貰った。また、スラックレールにも乗ってもらったが大使が一番バランスよく立っていられた。
 公使参事官の一人の方が私の顔写真がゴルフボールに印刷されているのを見て、何ダースか自分の顔写真を印刷して欲しいと言っていた。後で写真を送ってくると言っていたが本当かどうかは定かではない。
 兎に角この4人以外の報道人が多く、MXテレビのスタッフは6名以上何人も来ていた。足立区の広報部も見えていたし、足立百景の鈴木さん迄見えていた。店頭が人で一杯になっていたが、我が社のような小規模な会社をザンビアから良くお出で下さったとお礼を述べさせてもらった。報道陣が多かったのは我が社にとっては幸甚です。それだけ世間に我が社を紹介してくれるからです。
 大使は日本の小さな町工場企業が大変な技術を持っていることに驚きの声を報道陣に述べていたが、エスコート役の娘も大変だったろうが、私も皆さんが帰った後どっと疲れを感じた。
 その後、仕事の打ち合わせに見えたお二人がいたが、大勢が居た時の落差の静寂感が何とも言えなかった。仕事の打ち合わせは娘が仕切ってくれていたが、何か月かかかる大仕事になりそうで今日その試作印刷をする。

パッド印刷でなければ印刷不能なものがある。

 今こればかりはパッド印刷でなければならないものが2点持ち込まれている。一つはティファールのミキサーのボディの一部に2色印刷の名入れ、もう1点は爬虫類の革への印刷です。
 ミキサーの方はモーターの駆動ボディのスウィッチ部とミキサー部の接合するところに小さなロゴ2色を印刷する。狭い所だが平面ではなくアール面になっているのでパッド印刷でなければ印刷は不能です。
 もう一点は大きなトカゲの皮を鞣したもので、表面は凸凹した模様が不定形な立体模様のようになっている。平面だがシルク印刷は不可能なもの、大きなパッドで印刷するしかないものになっている。
 ミキサーの方は位置を確定する受け治具を作るにはかなり工夫が要る。横置きするのだが背面にはコードが有るので、そのコードを逃がす置台に加工しなければならない。位置を確定するには接合ガイドの溝を利用する。その細い溝にはまる板を加工して植え付け、ボディが動かなくする治具を作る、結構面倒な作業になると思っているが、構想は出来たので今日出社したら早速作業に取り掛かろうと思っている。
 革の方は不定形なので木工の板に革を張り付ける事が出来るように、何度でも貼ったり剥がしたり出来るスプレー糊を塗布し治具とする。
 パッド印刷には受け治具が必要不可欠なことになる、その治具を如何に作るかで印刷精度や印刷効率印刷の完成度に関わる事になる。私はその受け治具を考えるのが大好きで楽しんでいる。米粒に印刷するにも受け治具が無ければ出来なかった。来社した人にその受け治具を見せると皆関心する。
 我が社の場内はこれまで造った受け治具が瓦礫の山のようになっている。再注文が来るのもあれば何年も使われないものまである。新しい仕事に流用できるものも有ったりするから捨てられない。

今日はブログはお休み

 昨日は「あだち異業種連絡協議会」の総会が有って、懇親会で飲み過ぎました。2次会には大勢が参加して更に酔ってしまい、何時に帰宅したか覚えていない。今目が覚めたがブログ更新だけはしておきたい。

「なんでもくん」のレクチャーは楽しい

 昨日は「なんでもくん」を引き取りに来ながら「なんでもくん」の取り扱いをレクチャーする事になっていた。3人の社員の方が見えたが個性が一人づつ違うのもよく見える。先ず版を作るためのポジ製作について説明した。持って見えた方のデータを見たらフォトショップで作られた絵柄データだった。フォトショップデータだとポジ製作には向いてない事も説明した。イラストレーターデータに作り替える事を娘は説明しながら一応ポジは出来た。
 そのデータを40ミリ角の版に焼き付け、製版の仕方も覚えて貰った。その版でブラシの柄に印刷するのだが、その絵が長いので横置きにセットする必要が有った。その時絵の上下どちら向きに種れば良いか版を左右に向けなければならない。そんな時重宝なのが40ミリ角の版で、版の出来を見る時にセットしたのは縦方向にセットして版が上手く出来ているのを確認したが横向きにヘラを使って入れ成すことが出来る。40ミリ角の版の版治具が版との間に隙間が有るように造ってある。ヘラの先を鑢で薄く削ってあるので簡単に版が取り出せ、方向を変える事が出来る。
 横置きのヘラの印刷位置を確定するには透明の薄い糊付きのフィルムを張り付け、その上に印刷し、位置が確定するまでIPアルコールで拭き、何度も位置を変えながら位置を確定する。決まったらその絵に沿って位置が確定できるような当て治具を張り付けて、次々印刷する。
 3人ともが一人づつが納得するまで印刷してもらった。インキ返しやドクターブレードの取り付け方、ドクターの引き方も練習してもらった。昼食をとる事も忘れて3人とも練習していたが、3人とも印刷が面白くなっていた。今までやったことも無い事が出来るようになるのは誰でも楽しい事になる。あの3人は帰ったら直ぐ印刷を始めるだろうと思う。
 昨日の午後は東京電機大学の産学交流センターの方が見えて娘と何か打ち合わせていた。私はシルクスクリーン印刷を手刷りでやっている所も見て貰った。特殊なUVインキで印刷するのを見て何を感じたか分からないがその印刷したものが特別な機能を発揮するものに変化する。手動でそんな仕事が出来るのがアナログ技術と言うものだと知って貰った。
 その後都市計画同人の親子が見えた。足立ブランドの今後について話し合った。昨日は帰宅するのがいつもより遅くなった。

昨日は社内で「なんでもくん」が大活躍

 昨日は数点の少量の印刷依頼が有った。量産機にセットすると大きな版を使わなければならないが、昨日のは小さな40ミリ角の版で済むものが有った。場内で使う大きな148ミリ角の版も「なんでもくん」用の露光機で昨日は製版した。
 小さなゴム部品は印刷する凸面のアールが極端でしかも上下左右が高い壁に囲われている。通常の40ミリ角用のバッドでは印刷データが大きいので入らない。そこで通常用使うパッドなく一段柔らかいパッドで印刷したら上手く行った。
 人気のペーパーナイフの鞘に印刷するのもあったが、版は100×148の版を使う。これはボールペン用の通常のパッドで印刷が綺麗に入らない、一段硬いパッドでだったら綺麗に出来た。
 もう一点は印刷面は小さいがかなり精度を必要なもので10瀬僖い龍望のパッドで印刷せねばならない、通常は手で塗っていたものらしいがそれをパッド印刷で出来ればと言う依頼だった。
 今日は刷毛製造の会社が来るがどんな製品にどんな印刷をするのか来てみなければ分からない。「なんでもくん」でだったらそんな形状のもにでも印刷が出来るだろう。その製版から印刷のセットまでレクチャーする。持ち帰ったら直ぐに印刷出来るようになって帰ってもらう。
 

パッド印刷の可能性

 このところパッド印刷での印刷依頼が増えている。今抱えている印刷依頼だけでも5種類以上は有るだろう。また難しい形状のものへの印刷依頼もあるがそれにもチャレンジする。はたしてパッド印刷が可能かどうか、パッドも通常の形状のパッドでは不可能でパッドの改造を考えなければ分からないものもある。改造してしまうと次に使う事が出来なくなってしまう、何個かのパッドを消費してしまうことになる。しかもインキは先方が持っているもので現在は手塗りで対処していると言う。手塗りだとはみ出してしまう部分があると手直しするのも大変に厄介らしい。それにその塗料がはたしてパッド印刷に適う物かもやってみなければならない。断ってしまえばそれまでだが、そう言う相談も受けてしまうのが私の悪い癖かも知れない、いつも他の者から非難される。
 今まで何処でも出来ないと断られたようなものでもチャレンジして出来るようになったものも数多くある。パッド印刷の可能性と言うのは奥深いものだと思っている。
 パッド印刷に縁がなかったような方も当社に来れば色んな可能性を見付ける事が出来る。ネットの検索窓に「パッド印刷の伝道師」と入れて頂くとこれまで我が社にお出でになって頂いた方々の感想や体験談を見る事が出来ます。特に私が開発した手動式卓上印刷機「なんでもくん」への評価を拝見すると私の胸が熱くなります。パッド印刷を永年追及していて良かったと思う時でもあります。
 15日には最近「なんでもくん」を購入された方が引き取りを兼ねて社員を連れて研修を受けに来られます。そこでパッド印刷の可能性や機能性を理解してもらいますが、社員教育の一環にもなります。
 世の中にはパッド印刷と言う印刷技法やパッド印刷と言う言葉すら知らない人が多くいます。パッド印刷が可能になって事業が大きく展開し始めた会社も数多くあります。パッド印刷にはそう言う可能性があると知って貰いたい。それが私の生き甲斐、遣り甲斐になっているのです。
 
 

土日の大阪も暑かった。

 土曜日の朝東京駅10時発の新幹線に乗り新大阪に着いた。新大阪から御堂筋線の終点中百舌鳥駅に着いたら娘の亭主が迎えに来てくれ、深井の娘の家に着いた。孫たちもサッカーの練習を終えて家に居て会う事が出来たが中学2年の孫は私より背が大きくなっているのには驚いた。孫たちは二人ともガンバ大阪のリトルチームに属している。兄の方は先日イタリーに1週間のサッカー留学行ってきたばかりだったが、国内でも色んな所へ遠征して試合しているが、かなり強いチームになっているらしい。
 夕食に昨年も行ったお好み焼き屋に行ったが、お好み焼き屋と言うより飲み屋のようになっていた。明るいうちから満席で予約を入れて置いたので席は確保できていたが、目の前でお好み焼を焼きながら食べる事は出来なかった。トマトサワーと言うのが有りそれを飲んだら妙に美味くて何杯かお代わりをしてしまった。
 昨日は亭主が天満橋のキャスルホテルまで車で送って呉れた。去年までは車はシトレーンだったが、今年はルノーに代わっていた。何故か亭主はヨーロッパの車にこだわりを持っているらしい。キャッスルホテルの6階で12時半から始まる光亜証券のOB会「近畿光和会」に間に合った。
 昨年までと違って立食でなくテーブル席になっていた。立食だと高齢者にとっては辛かろうと言う配慮から変えたらしい。総勢29名の出席者だが、車椅子で参加しているのが一人いた。概ね元気な高齢者ばかりだが、一人90歳の人が居た。私が入社した時庶務課長だった人で川野伴一さんで、社員の面倒見が良いので伴さん、伴さんと皆に慕われていた。
 その伴さんが中座して席を立って出た行ったので付いて行ったらその歩くスピード姿勢の良さには驚かされた。今でもゴルフに時々行っていると聞いたが、行った先は喫煙室だった。私も喫煙者なので後から入ってタバコを吸いながら喫煙室で色んな話が出来た。彼はボランティアで若い人達の面倒を見ているらしかった。あの様子では彼はあと何年生きるか分からない、世界一、日本一の長寿者も皆喫煙者だと知っている。光和会も後何年続くか分からないが、去年一人亡くなったと報告があったが、元気なのが多いので毎年参加するのが楽しみになる。
 女性で会の面倒を見ている人は絵が趣味で東京で個展を開く事もあったが、最近はそのグループが無くなってしまったと言っていた。女性4人は殆ど若い人達で皆元気そのものだ、一人から私のインソールの注文が入った。
 去年健康法で「踵落とし」を紹介したが、伴さんも調子が良いので今年もそれを皆に再度紹介してくれと言われ舞台の上で一日30回やるよう見本を見せた。
 私が5時の新幹線で帰ると言ったらホテル内の喫茶店で時間調節に大勢集まってくれた。昨夜8時半過ぎには家に帰れた。楽しい二日間だった。
 
プロフィール

パッド印刷の伝道師

なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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