なんでも印刷日記

パッド印刷って何だろう?曲面印刷って何?身の回りにある物にはほとんど印刷がほどころされている、どうやって印刷するのだろう? そんな疑問に答える日記です。 最近このブログを読んで印刷の体験の無い方でも名入れ印刷のプロ並の印刷を体験する方が増えてきております。 形のある物何にでも印刷できる楽しさを仕事に生かしています。 長年の印刷経験から生み出した手動式パッド印刷機、文字入り線香などの技術が認められ19年度「足立ブランド」として区から認定されました。全国各地から手動式パッド印刷機「なんでもくん」の研修者が年々増え続けています。  

「なんでもくん」研修場所が変わります

 試作工場
株式会社安心堂の店頭が大きく変貌した。
 

来週から楽しみが更に増える。

改装工事
一変する店頭
 今週中には事務所の改装工事が終わる。改装後の「なんでもくん」研修の予約が入り始めている。また再研修に来たいという方もいる、再来する方はその変貌ぶりには驚くだろう。印刷屋のイメージは全くなくなる、一見何を商っているか分からない店頭になる。
 手動式パッド印刷機「なんでもくん」を発売して10年にはなるが、その間何千人の方が見えたかわからない。職場体験に見えた小学校、中学校の子供達や親御さんが見えても玄関先の猫の額にもみたないような場所で「なんでもくん」を見て頂いていた。観光バスで来た人達も何組は居た、小学生が70人以上も来た時もある。何組かに分けて見学体験をしてもらったこともある。
 狭い店頭でも大方の方には満足してお帰り頂いた。狭くても要は中身だろうと思っていたが、娘が入社してイメージチェンジを考えるようになった。娘なりの人脈が有り、クリエイティブな仲間も大勢いいる。今回は店舗改装では実力、実績では大活躍している若い人たちが応援してくれている。昨日で床張りや天井の張り工事、照明器具等が終わった、今日は壁紙の張りも終わる。ガラスも透明な素通しなものに変わり店内が見えるようになるだろう。
 当社の前を毎日通りすがる人達も何が始まったのだろうと最初は訝る人が多いだろう。その内馴染んでちょっと寄ってみようかと思う人も増えるのではないかと思っている。
 全国からお見えになる人達も従来とは違った印象を持つに違いない、商談するにも靴を脱いでスリッパに履き替え上がって頂いていたがその面倒がなくなった。今までは狭くて汚いところにようこそお出でくださいましたと挨拶していたが今度からはその余計な挨拶が要らなくなるだろう。
 金曜日には改装が終わると思う、終わろうが終わらなかろうが時間の都合上どうしても土曜日に「なんでもくん」研修に来たいと言って見える方が居る、その方が改装後の初めての方になる。事務所がまだ整ってないので事務処理がままにならないが、今週はお客さんには不自由を承知していただいている。
 今日の私は5時半からの「あだちものづくりフェスタ」の説明会に出る、その後「あだちものづくりゼミナール」の例会に少しは遅れるだろうが出る。今日は来賓があり、北海道の工場試験場の高官の方が見える。「あだち新製品開発講座」の大塚講師と縁の深い方で「あだちものづくりゼミナール」を見学がてらお出でになる。私も何度もお会いしている方で、以前足立の産業振興課の係長と大塚講師と一緒に招聘され北海道に行ったことがあったが、その時お会いした。その時は課長さんだったが、今では出世されて工業試験場の要になっている。東京に出てきた時は足立区に寄ってくれ、一杯飲みながら親交を重ねている。この方との縁があってのことだと思うが来月大塚講師は北海道に出張して講演会をすることになっている。北海道のものづくりも盛んになっているが足立区のものづくりに対する政策が参考にはなっているらしい。
 

私が病気をしないわけ

血液と健康の知恵
私が30数年前に出会った医学博士 千島喜久雄著の「血液と健康の知恵」
 私はこの本を読んで人の体のメカニズムを知り、千島博士の言う通りに生活を実践しているからか、体の具合が悪いと言って30数年仕事を休んだ事がない。どんなに世間でインフルエンザが流行っていても1度も罹患したことはない。
 あと二日29日の夜7時「腸管造血」と言うサイトで現代の医療とは全く違う新生命医学の話が聞けます。リンクしていますので腸管造血をクリックして下さい。千島学説を継承している森下敬一医師は現在も存命で現役御茶ノ水クリニックで活躍しています。
 私は怪我以外は医者にかかることは先ず有りません。人に依頼して病気を治してもらうと言う依存心は全くありません。
 私とブログやフェイスブックで知り合った方々に見て頂き、健康とは何かと言う知って頂きたいと思ってお知らせしているのです。
 私は歯医者に行って抜歯しても痛み止めや抗生物質の薬は飲みません。薬は毒以外の何でもない事を知っているからです。痛みはちょっと我慢していれば自然に治ることを知っています。自分の治癒力を信じているからです。
 皆私は生まれつき丈夫に育っているという人が多いのですが、この本に触れるまではちょくちょく胃痙攣を起こしたり、胃弱でした。子供の頃は虚弱体質で母親の手を煩わしていました。肺炎で学校を一月も休んだこともあります。人混みに行くと必ず頭が痛くなり、銭湯に行って湯当たりして倒れたこともあります。母親が三ノ輪の蛇屋に連れてゆき青大将やマムシの生き血を飲ませたり、上野の村上スッポンに行ってすっぽんの血を飲ませたり、なんとか丈夫な体にしようと一生懸命でした。
 大人になってサラリーマンの時は風邪引きで医院に行き会社を休んだこともあります。痔を患って手術したこともあります。
 それが千島博士のこの本を読んで体の仕組みを理解してから病気など怖いものだとは思えなくなりました。癌は病気でなく生理作用なのだということも知りました。私は癌になることなどないと思っていますが、喩えなっても自分で治せると思っているから何の心配もしていません。
千島博士の印鑑
私の千島博士の本には何故か千島とハンコが押されています。千島学説を当時は広めようと一生懸命だったのでしょう。現代の医療システムは千島説を無視しています、私のように病気にならない人が増えると商売にならないからでしょう。今の医療は「医は仁術」でなく「医は算術」になっています、自分の健康は自分で守るようになって欲しいと思います。

今週1週間は店頭の改修工事

 今週は今の事務所を奥に移し、ショウルーム化する。この二日間足立ブランドのyouthの有志に片付けを手伝ってもらい、廃棄するものを纏めてもらったらしい。らしいと言うのはこの二日間娘は私に一切手を出さないでくれと言うので会社に顔を出してない。今日会社に出てみないとどんな状態になっているか分からない。
 廃棄するものには長年の間の私の思いの滲みたものも多くあるだろうと思う、広い工場であれば残しておきたいものも多々あるだろう。だが、いずれ娘に全てをバトンタッチする時が来る。娘なりの新しい行動を起こす決心を損なうことは避けたい、一新できるものは一新させたいと思っている。
 最近は娘は色んな他区のイベントにも参加し、新しい交流も始まっている。そんな交流から自分なりの新しい事業展開も学習したものと思っている。
 私も新しい技術を開発出来、これから如何展開して行くかも考慮している。「なんでもくん」研修も今まで以上にやり易い環境になる。全国からお出でになる方の事業展開の役に立つものと確信している。
 娘は近隣や地方のクリエイティブズが活用しやすい場として展開するだろう。全国からお出での方たちに新しい何かを掴み取ってお帰りいただきたい、我が社にお出で頂いたのを切っ掛けに新しい行動を起こすのを期待したい。
 パッド印刷の「なんでもくん」「どこでもくん」だけでなくシルクスクリーン印刷の「じざいくん」「ことまるくん」もおいでになれば見てもらえる。
 最近は平らな物への印刷よりも「ころまるくん」が主体になってしまったシルクスクリーン印刷屋さんもある。もちろん「なんでもくん」も「どこでもくん」導入している、最近は大学から体験学習をしたいという申し出が有ったくらい盛んになっているらしい。
 最近は特に平らな紙媒体だけでなく、凹凸のある形のあるものに印刷の手を伸ばしたいと言うオフセット印刷屋さんが来ることもしばしばある。形のある少量多品種のものへの印刷ニーズは無限にあると言って良いだろう、それらに対応する能力を持ってないと仕事を失いかねない、そんな時代になっている。
 パッド印刷のニーズは増えるばかりだが、パッド印刷を教える場は当社以外にはないだろう。「なんでもくん」と言う印刷システムを学習に来た方にはどんな素材にでも印刷するノウハウも伝授している。
 今週は電話だけの対応しかできないが週明けには今まで以上の研修ができるだろう。最近は多人数でお出でになる所が多いので研修し易い事になるだろう。私も今から胸がワクワクする。
 

健康に生きるとは?

 私はある意味では健康そのものです、毎日自分の好きがってに生きているからかも知れません。ところが好きがってと言いながら実は健康には人一倍気を使っているからかも知れません。
 人は何で生きているのか、何によって生かされているのか、それを毎日考えない日はないのです。生き続ける毎日に感謝することを忘れてはいません。サムエルウルマンの詩に人の青春とは生きてるある時期をいうのではなく、年とは関係なく青春とはその人の心の中にあると言う、私は今や青春の真っ只中にいると思っています。
 人の体は年と共に老いてゆくことは否定できませんが、人の心は決して老いてゆくとは限りません。高齢者のスポーツ大会をテレビで見ましたが、99歳の方が60メートル競争に参加している姿を見て、そのチャレンジ精神には驚かされます。100歳になってもこの大会に出たいとコメントしていましたが、私は100歳まで生き長らえるか分かりませんが、人の寿命は人によって違うので何とも言えません。
 今や日本は長寿国で100歳以上生きている人は5万人以上も居ると聞きますが、中には自分で食べることや歩くことも出来ない状態で生きている人もいます。胃瘻や点滴で生きてる人もいます、全く自分の意志で何かをやれると言う事もなしに生きている人もいます。自分の力で呼吸も出来なくなってしまっても生かせれている、こう言う状態なってまでも生きていたいと私は思いません。自分の力で生きていけなくなったらさっさとオサラバするつもりでいます。
 健康に生きるためには自分の意志で、力で生きることが全てだと思っています、ですから健康に関する書物は人一倍読んでいるかもしれません。古代の医学の父と言われている医師ヒポクラテスの言うことを信奉しています。医者は人の病気を直せない、自分の免疫力で健康に生きることを教えています。
 中でも「食は医なり、医は食なり」と言う事には一番気を使っています。ヒポクラテスは人は自然に生きれば120歳までは生きるとも言っていますが、現代のように人は自然とは程遠い生活環境になっています。健康に生きることは難しい時代とも言えますが、高齢者はますます増えています。だけど老衰で死ぬ人は少なく医療に関わって生きている人が多いのには驚かされます。
 私は今の医療に関わることなく生きています、だから健康なのではないかと思っています。今の医療とは全く違う医療の世界もあります、免疫力が病気と縁遠いことになると言う医師も増えています。どちらかと言うとそう言う医師の意見をなるべく参考にしています。
 昔から千島喜久雄さんの医学書を読んでいます。この医学書によって身体のメカニズムを理解するようになってから病気とは縁遠くなっています。千島博士の医学書はヒポクラテスの言うことに通じていると思っています。
 
 

昨日お見えの方は大変な技術者だった。

 昨日宮城県からお見えの方には驚かされた。全国から色んな方が見えますが、時々江北駅から来る道で迷う方がいます。ですからなるべく江北駅に車で迎えに行くことにしてますが、時々降り口を間違え飛んでもない所に迷い込んでしまう人もいます。
 比較的若い方はスマホナビで迷わず来られますが、中年くらいの方が迷うことが多い。駅から我が社まではクランク状態で大人の足なら8分くらいで来られるのですが、曲がりくねっている道なので道なりに歩くことをせず違った方向に入ってしまう方がたまにはあるようです。
 昨日の方は途中で電話が入ったが、私など滅多に入ることのないところに迷い込み、近くに何があるかを聞いても聞いたこともないような店や建物名を言われて見当がつきませんでした。
 そこで今居るところの番地を言ってもらい、そこに動かずいてくれと車のナビでそこまで迎えにゆくことにした。ナビで行ってみたら私が行ったこともない都営団地の中にいました。人に道を聞いて歩いたと言いますが、ショートカットするつもりで飛んでもない所に入ってしまい、私の車で抜け出すのに気を付けなければならないような路地を抜けてきました。
 会社に来て印刷テストをすることになりましたが、5ミリ×20ミリくらいの薄い小さなセラミック板ですが厚さが30ミクロンと薄いもので、しかもその板に数ミクロンの筋が何本入っており、その上に精細な印刷をしたいと言って、インキも二種類持参していた。
 持って見えたインキは我が社にもあるインキでパッド印刷するには適しているものでしたが、通常のパッドで押すと直ぐ壊れてしまう薄さの板なので、パッドの柔らかいシリコンゴムと形状も変えたものを使って印刷は成功しました。我が社には100倍の顕微鏡があるので印刷が出来ていることは見ることができた。
 何に使うものかは分かりませんが、この方は元大手電機会社に居た大変な技術者で今いる会社もその技術を買われて在籍していますが、いわゆる正社員でなく、研究員として臨時的に居るらしい。
 精細な印刷は10ミクロンの線で0.4ミリ経のガラス管に目盛印刷をしたこともあるので、印刷自体は問題ないが、ちょっとしたことで壊れるので印刷の受け治具に工夫が要るだろうと思うと話した。それは直ぐ飲み込んでくれた。
 帰りは車で駅まで送りましたが、3分も掛からない距離で本当は近いのですねと言っていたが、住まいは仙台泉市らしいが、会社で震災に会い、危機一髪で助かったと言っていた。駅に着いたら、また変な方へ行こうとするので声をかけて教えた。ひょっとするとこの方は方向音痴なのではないかと思った。
 
 

今日は朝から会社訪問

 今日は午前から「あだち新製品開発講座」に参加している企業を大塚講師と訪問する。およそ一日中掛かると思う。何事も留守中は娘が対応することになっている。
 生物園のハンコのワークショップは大盛況だったらしい。

人手不足を痛感する一日だった。

 一昨日群馬県渋川市にある介護施設に行った。この施設には私の兄の子が19歳から入所している。父親の兄が平成9年にすい臓がんで亡くなり、離婚を2度もしているので身元引受人が私以外いないので私がなるより他なくなっている。足立区の障害者年金継続に必要な手続きがあり、本人の印鑑が必要なので急遽出かけた。
 19歳の時ある事故により四肢麻痺と脳障害があり、19歳以前の記憶はあるがそれ以降の記憶はほとんどない。脳の成長は19歳で止まり、しばらくぶりで行っても時の経過を少しも感じてない。また本人も19歳当時のままで55歳になっても少年時代と容貌もあまり変わってない。何のストレスもなく毎日呑気に過ごしているせいか病気をすることも無さそうだ。
 この施設の理事長は素晴らしい方で、広大な敷地にキリスト教会はじめ何箇所も養護施設を併営している。職員の方々も皆親切でいつも行けば頭が下がる思いをする。社会問題にもなっているが此処も年々介護職員の減っているようで、一人当たりの負担は大変だろうと思う。邪魔になってはと思い早々に引き上げてきたが本人はあっけらかんとしているのが救いでもある。
 たまに伊香保温泉の近くに行くのでどこか温泉旅館に泊まってゆっくりしてきたらと言って、娘がじゃらんで「横手館」と言う老舗旅館を予約してくれた。築100年と言う木造建築で歴史的にも評判で料理も美味しいと言う旅館にはなっているらしい。ところが行ってみて驚いた。
 伊香保は階段の湯が有名だがその更に奥の山道で、急坂を上って行き、その旅館に行くのに細い山合いの路地みたいな道で車一台しか通れない。まず建っているところが狭く駐車場が無く、車のキーを預けて遠く離れた所に駐車することになっているらしい。
 評判通り木造の建築は写真通り素晴らしいものだったが、フロントに人がいなく、宿泊の手続きするにも中居さんがするのだが中々ことが運ばない。だいぶ待たされたが娘の期待にそぐわない素泊まりだという。
 料理も評判で娘は美味しいものを食べて来いと言ったが、急な申し込みなので食事は用意出来ないと言うではないか。一人二人分くらい出来なのかと言ったら、人手不足で予約を頂いるて分しか作れないと言う。
 部屋も新館だと言って木造の三階の上に三階増築したもので、木造りの部屋とは程遠い。1階に行くには迷路のようでビジネスホテルの方が気が利いている。
 来る直前にチェックインが4時半以降というので時間つぶしにお土産屋に寄ったりして土産物を数点買ってあったり、夜食にビールとおつまみは買っておいたが冷蔵庫はビールや酒、ソフトドリンクがびっしり入っていたが一本づつしか入らない仕組みなっていて、買っていった好きなビールやお土産やつまみ類も冷やせない。
 サービスの悪さについに頭にきた、その場から帰りたいと思ったくらいだった。名物の風呂もいくつかあったが、入浴時間が男女が夜中の12時で分かれていて、入りたい時には入れない。部屋に風呂は有ったが、これがまた手桶もなければ洗面器もない。部屋に置いてあるお茶も緑茶の色も無く、いれてみたら上手くもなんともないお粗末なものだった。
 伊香保温泉ではいろんな旅館に行ったことがあるが、皆良いところだった。食事も遅くなってもしっかり用意してくれた。我が生涯でこれほど酷い旅館に泊まったことがない、朝起きてすぐに帰ろうと思ったが、7時過ぎにならないと運転できるものが来ないと言う。
 7時半頃下に降りていったが新館から本館に歩いていったら、廊下が水浸しになっているところが2箇所もあった。5時頃に豪雨とも言える程音を立てて雨が降っていた、築100年と古いので雨漏りがするのだろう。人が居ないのか何の手当もしてないので泊り客が廊下に出たら驚くだろう。
 こんな旅館に泊まったことがない、じゃらんなどでの口コミでは大褒めで星5つ付いているのが随分あった。廊下が水浸しだったとフロントに告げようと思ったが余計なことは何一つ言うまいと黙っていた。じゃらんのサービスポイントで安くなっているのに支払い2万5千円は高過ぎだろう、ビジネスホテルの素泊まりの方がはるかにサービスが良く安い。
 駐車場まで旅館の車で送ってもらったが、文句ひとつ言わなかったが流石に運転していった男は申し訳なさそうな顔をしていた。
 昨日夕方会社に行ったら娘が孫と生物園のワークショップのハンコの用意をしていた。昨日一日で用意していったハンコが無くなってしまう反響の良さで喜んでいた。今日も完売すると言って張り切っていた。
 娘が何か美味しいものを食べたかというので、高速のサービスエリアで食べた塩ラーメンが美味かったと言ったら、何それ?というので実情を話した。それって酷い、じゃらんに文句言ってやると言っていた。私ら夫婦はこんな目にあったのも語り草になる、忘れ得ない一生の思い出話になると慰めた。
 
 

今日は作業場内の不要の機械を整理する。

 作業場内には大量生産時の名残のような機械が色々ある。この数年稼働することもなくただ置いてあるような機械を全て廃棄することにした。シルクスクリーン印刷機3台、パッド印刷機1台、中型熱風乾燥機など大量印刷時に役立ったものばかりだが、思い出深いものばかりで気持ち的には淋しい気がしないでもない。
 安心堂の土台を支えていた時代もあったが、昨今のような少量多品種の物への移行に対応する時代には使いづらい物になってしまっている。
 それに事務所を奥に引っ込め、ショウルームのように改装する。これまでの「なんでもくん」研修を玄関先でやっているような感じを失くし、広い所でゆったり研修できるようにしたい。
 最近は「なんでもくん」研修に多人数で来られる企業も多くなっている。今やどんな企業でもこれまでの事業をただ継続していれば良いと言う訳には行かなくなっている。
 昨日もギフトショーで出会った人が来られたが、中国で造ったインキジェットプリンターを販売していたが、メンテナンスが不能になってしまったらしい。形のあるものにも対応するような機能があるのでよく売れたらしい。ローランドやミマキのインキジェットプリンターを持っているところも多いが、何処でも持っているようなものが増えてしまって結果的には価格競争になってしまい面白くない。
 その点パッド印刷と言うのはあまり良く知られてない、ましてや我が社の手動式「なんでもくん」が高機能を持つパッド印刷機だとは想像もしなだろう。ただ、我が社の「なんでもくん」は使う人のアイデア次第でとてつもない高付加価値なものを開発でき、新マーケットを創造できるものになっている。それがアナログ技術の面白いところで、知恵と工夫次第で面白いことが出来る、それにこの世の中ロングテールには無尽蔵の需要があるという事を知らない人が多い。隙間(ニッチ)にはいくらでも仕事があることを知らずにいる。
 時々我が社においでになり購入した人によく言うのが、この機械で印刷しているところを他人にはあまり見せないほうが良いですよと言っている。簡単に出来ると分かればお金を取りにくいだけでなく、見た人も欲しくなって我が社に買いに来てしまいますよとも言っている。私は我が社に来て「なんでもくん」研修を受けた人にしか販売しないことにしているし、宣伝してでも多くの人に販売しようとは思ってない。インキジェットプリンターのようにどこもかしこも持っているようになったら価格競争に陥り世の中面白いことにはならない。「どこでもくん」や「ころまるくん」はネットでは見えないようにしている。「ころまるくん」で大稼ぎしている印刷所もある。
 それに若い人だけではないがマニアル書は無いかと問われることがある。そんな時私はマニアル通りにやれば何処の誰とでも同じことが出来て面白いですか?と言わせてもらっている。「なんでもくん」は自分独自の使い方で時給2万5千円になった人もいる。また、毎月版を2000版も消化している会社もある。自分のアイデア次第で自分のマーケットを創造出来る。「なんでもくん」ユーザーにはそんな人や企業がいくらもある。
 オーストラリアでレストラン経営している人や大企業の駐在員でカルフォルニアで成功している人もいる。本業をよそに違ったマーケットが出来てしまう。
 とにかくパッド印刷は面白い、面白いことをやっているから私は病気になることがない、と話したら昨日見えた方は私の健康方法を聞いて驚いていた。人の体のメカニズムを知ってしまうと病気など少しも怖くない、医者と言う他人に頼ることなどしない、仕事も健康も人に頼ることなく自分で創るものだと言う話に感動していた。
 
 
 
 

人の生き方は様々。

 長年取引が続いていたプラスチック成型会社社長が見えて廃業の挨拶に見えた。我が社の文字入り線香の「焚経香」のケースやアクリル銘板を毎月納入してもらっていた。
 かつては女性向けのアクセサリーで大儲けしていた時期もあった。頭も腕もよく成型の型等も自社で造り、他の成型屋では出来ないような型づくりが出来る。
 型代も他で造るより何分の一と言うくらい安く造り、一時「未来クラブに」に入会し「足立ブランド」に認定されたこともある。仕事が忙しく「足立ブランド」のイベントなどにも参加できなくなりブランド認定を返上しているが、忙しくなる切っ掛けはブランド認定でギフトショーに出展し、良いクライアントに恵まれ今日まで忙しく過ごせたと礼を言われた。
 成型を引き継いでくれる人も同道してのことだったから後を引き受けてくれる業者も紹介された。その成型屋も私が古くから付き合っているファイルメーカーの人とも親しくしているらしく安心して頼める人だった。この人は父親の仕事を継承し、5年目だと言う。これから長い付き合いになるだろう。
 廃業する人は成型業を引き継ぐ後継者も無く、目の衰えはじめ職人仕事に疲れを感じるようになり、長野あたりに引き込み第二の人生に踏み出したいと言う事だった。長野に広い土地や家屋も既に手に入れているらしい。そこでちょっとした商売をボケないようにやってのんびり暮らしたいとのことだった。
 若い時は私などともゴルフによく行ったものだったが楽しい時間を共有した親しい人が去ってゆくのは寂しいもんだ。ただ彼は心臓に難がありステントを6箇所も埋め込んだりしているので健康面だけは心配していたが今は痛風もなくなり調子は良いと言っていた。元気に余生を楽しんでもらいたいと思っている。
 そんなところにギフトショーで出会った人が見えて、「なんでもくん」研修ではなく靴のインソールに印刷をしてもらえないかということだった。何種類ものインソールがあり中には凹凸の激しいものもあったが、パッド印刷が出来るものも何種類かはあった、量も多く印刷依頼をされたが、我が社では量の多いものは敬遠している。量産に追われると少量多品種への仕事が出来なくなり困っている人を喜ばすことが出来なくなってしまう。わざわざ足を運んで頂いたのに申し訳なく思ったが、印刷を内製化するお手伝いはいくらでも出来るが下請け仕事は丁重にお断りすることになってしまった。
 その後私が頼んでいた我が社のオリジナルインキでのフレキソ印刷の試作が出来上がり、それ手配してくれた会社の社長が見えて、今後について諸々話し合った。その後懇親を深める名のもとに大黒鮨でカラオケを楽しんだ。
 

ギフトショー効果

 ギフトショーが終わってから連日のように「なんでもくん」研修を申し込む方が増えている。ギフトショーでは毎回石に印刷していますが、パッド印刷と言う印刷技法を知る切っ掛けにはなっている。今週も来社する人が続いているがギフトショー効果といっても良いだろう。
 パッド印刷と言うのが一般的だが、タコ印刷、タンポ印刷と称しているところもある。私がパッド印刷を知った頃はタコ印刷と言うのが多かったが、今はパッド印刷と言うところが多い。
 昔は今のシリコンパッドなど無くゼラチンをお椀のような型に流し込み、今のパッドのように使っていたが、毎日朝作って一日使ったらおしまいで毎日新しいゼラチンパッドを作っていたようだった。それが1970年代になるとシリコンゴムが開発されゼラチンに変わるものとして普及し始めた。特にドイツのタンポ社のシリコンパッドを活用した量産印刷機が輸入され高度成長時代に全国にかなり普及した、それでタンポ印刷と言う名称が広がったのだと思う。タンポ社の印刷機はカムを利用しているのが特徴で、カム次第で印刷をコントロール出来る優秀なシステムになっている。
 今はカムでなくエアーシリンダーでパッドを上下運動するものが大多数といっても良いだろう。我が社にある半自動機はエアーシリンダーで可動するものだが、我が社なりにカスタマイズしている。
 ただ今普及しているパッド印刷機はインキの粘度調節や版のセットにも手間がかかり、印刷の調子だしにもかなりの時間が掛かる。だから現在のような少量多品種のものへの対応がし難い、ある程度量があるものに印刷したいと言うことになっている。
 私が開発した手動式パッド印刷機「なんでもくん」は量産機の面倒なところを排除し、版替えや色替えも簡単にし、製版も自分のところで分単位で出来ようにしている、印刷のクオリティーもカムのような機能も持っているので高いものになっている。印刷精度も信じられないほどあるのも特徴で、大手企業の開発部や研究室にはかなりの台数が利用されている。腕時計のメーカーで量の少ない目盛印刷にはかなりの台数が利用されてもいる。
 我が社にお出でになって印刷経験のない方が「なんでもくん」研修を受けると、整版から印刷までの技術を短時間で習得できてしまう。その技術を持って新しい事業展開に役立っているところが増えている。
 「なんでもくん」ユーザーで印刷屋として大繁盛しているところが増えているが、我が社の「なんでもくん」「どこでもくん」「ころまるくん」を駆使しているところから昨日電話があり、最近印刷を教えてくれと大学からの依頼が有ったりしているらしい。印刷を教えることも始めたいと言うことで、相談に来たいと近く来ることになった。パッド印刷の伝道師の2代目が誕生することになるかも知れない。
 

胸が弾む一日だった。

 昨日は先週のギフトショーにお見えになった方で、ギフトーの直前に「なんでもくん」を是非見てみたいと問い合わせがあった方だった。娘が自分は九州に出張するが、私がギフトショー「なんでもくん」のパフォーマンスしているので機械は見られるとメールしていたのだった。
 その方の会社はお父さんが元々紙媒体の印刷会社を長野県で展開している会社だった。娘さんは殊のほか美しい方で東京で事業会社を展開している。縁は異なもので今足立の「あだち新製品開発講座」に参加している丸子ラベルさんとも取引関係にあるらしい。
 長野本社も東京の事業所もインキジェットプリント、レーザー加工機なども導入して紙媒体だけでなくアクリル加工などにも手を出しているらしい。昨日は長野の製造責任者と東京事業所の方二人づつが見えて、「なんでもくん」の研修をすることになった。
 インキジェットプリントでポジを作成するところを見てもらおうと思ったが、プリインターが突如故障してポジ作りを見てもらえなかったのは残念だった。研修が終わる頃には娘がいろいろいじくりまわし直ったようだったが、要領だけは知ってもらえたと思う。
 東京の娘さんはある意味異能の持ち主のようで風水や四柱推命の長けていて中国製のパワーストーン等も商品化しているらしい。その石に金や銀の印刷ができるのを喜んでいた。
 もう一つ驚かされるのが一緒にに見えた方の一人が女性のキックボクサーで今年引退するらしいが、その世界では「グレッシャー亜紀」と言うリング名で大変な功績を残している方だった。知る人ぞ知るボクサーで今年38歳になると言っていたがどう見ても二十歳代にしか見えない人だったが、今年もう一試合して引退すると言っていた。
 「なんでもくん」の研修を一通り終え。その後同じライトボックスで「じざいくん」用のシルクスクリーンの半を造るところも見てもらった。
 ギフトショーでは「なんでもくん」のみならず「元気源」のバランステストをして早速ネットでお父さんお母さん用に2足購入してくれたらしい。長野の責任者に「なんでもくん」を持ち上げてその重さを知ってもらい、今度は「元気源」の敷いてあるスリッパに履き替えてもらって持ち上げたらその重さの違いに驚いていた。何度も繰り返して持ち上げていたがその差を確認できたらしい。自分の重心で持つと物を持つと軽くなるし、歩いても走っても疲れが違い、躓いたり転びにくくなる。会社の全員が履いて作業効率が良くなったとい話も聞いている。長野では皆履くことにしたいと言っていた。
 その話を聞いてかグレッシャー亜紀さんが一足購入してくれた。パンチ力もキック力も増すかも知れない。その効果についてはぜひ聞きたいと思っている。
 帰りハ駅まで皆さんを送りましたが、皆ご機嫌で帰って行ってくれた、お陰さまで私は胸が弾むような一日を送れた。
 

ギフトショーは終わった。

 今回のギフトショーは駐車場が従来の駐車場と違って西棟に行くのにかなりの距離があり、30分近く歩くことになっていた。初日は8千歩、二日目は9千歩、三日目は1万歩を超えていた。歩くことについては「元気源」を履いているので疲れるという事はなかった、むしろ健康には良い歩数だったと思う。
 三日目は初日二日目より接客数は少なかったようだが、既に顧客になっている方たちが何人もお見えになり再開を楽しんだ。中には上手く使えてないような方もいましたが、再度レクチャーにお出でいただくことを勧めた。
 今回は購入希望の方が従来のギフトショーより倍以上は居られたと思う。時代の変わり目と言う感じも感じられた、パッド印刷を知ることでこれまでの事業をとは違った方向へ一歩踏み出すことに意を決する人も数人いた。
 印刷の持つ高付加価値性に気が付いた人がそれだけ多くなった証だろう。我が社に研修にきたいという人が多く、年末に向かって新しい事業に取り組める人が増えそうだ。
 三日目は夕方の五時から「あだち新製品開発講座」があるので早めに会場を後にした。九州博多で展示会を行っていた娘が午後には来てくれたので、搬出を任せられた。16日には九州の長崎の方が「なんでもくん」研修にお出でになると言っていた。印刷屋が出展しているとは思わなかった人が多かったようだったが、それなりの反響はあったらしい。
 会議棟の1階で開催されていた「クリエーターズ2106」に行って出展作品の一部の写真を撮ってきた。「なんでもくん」で画鋲に印刷しているのには驚かされた。綿密なデザインが印刷されている、デザイナーならではのものだろう。
 石に印刷してみせるのはやはり楽しい、自分で石に印刷してみて側面にまで印刷ができてしうのには皆驚く、パッド印刷という言葉も知らない人が多い、サンプルに展示してある金属、ガラス、色んなプラスチック、ゴムやシリコンゴムにまで印刷してあるのには驚く人が多い。革や布にまで印刷ができるのにはさらに驚く。「なんでもくん」と命名してるのに異を唱える人はいなかった。だから展示会は楽しい。
 

効率の良い商談が出来た。

 長年ギフトショーに出展してきたが、今回ほど中身の濃い商談が出来たことはないのではないかと思う。これも長年出展していた事の結果かも知れない。中には6年前に「なんでもくん」を見て何時か購入したいと思っていたと言う方も居た。
 初日も「なんでもくん」研修を受けに来たいという方が5,6件あったが、昨日はもっと有ったような気がする。具体的に週明けに来て複数台購入したいと言う方もいた。
 私は長年毎日のようにブログを書いていたが、私のブログを読んで頂いて方も何人もいて、購入して具体的に使ってみたい、自分の事業に役立てたいと言う方もいる。長年の努力が無駄ではなかったと思わしてくれる方も何人もいて、今回は「足立ブランド」コーナーに来ることを目的としてギフトショーに来たという方も居た。有難い!、嬉しい!と声を上げて喜びたい思いすらさせられた。
 今日もこの二日間のような状況で仮に具体的に注文が発生したら、何十台も在庫しているわけはないので在庫が払拭してしまう、注文に製造が間に合わなくなってしまうような状態になるかも知れないと思いたいが、こればかりは現実の厳しさもある。ただ今回ほど高く評価された件数が多いことは無かった。
 「元気源」はバランステストをした人の7,8割の方は、直ぐ履いてみたい、卸して欲しい、販売させて欲しいと言う方が何人もいた。
 もうひとつ嬉しい話がある、北海道のデザイナーの方が来てくれたが、私が接客中だったので顔で挨拶しただけだった。接客の区切りがあったのでそこにいるかと思ったが、姿が見えなかった。
 「なんでもくん」のユーザーだがギフトショーを見に来たのだと思ったが、ミユキアクリルの社長が東棟の1階で別格の「2016 アクティブ クリエーターズ」と言う展示会があると教えられ、そこに北海道の菊池さんが「モンメッチ」を展示していると知らされた。
 ちょっと席を外して早速覗きに行って驚いてしまった「なんでもくん」で印刷した見事な精緻で美しいものをたくさん展示していた。そこで話を交わそうと思ったら携帯が鳴り「なんでもくん」を購入したいという方が見えていると言うので話する間もなく戻ることになってしまった。慌てて手渡されたのが北海道のおみやげだった。今日は午前の来客が少ない間に行って礼を言うのと作品の写真を撮らせてもらおうかと思っている。ギフトショーにはクリエーターの展示場があるとは知らなかった、87社も出展者がいるのには驚いた。
 今日も忙しいことになりそうだ。
 

私の予言通りに台風は来ない。

 昨日は今日の天候を危ぶむ人が多かったが、私は今日は台風は来ないと何人かに予言していた。根拠はと言うと晴れ男の私が来るんだからと冗談のように言っているので信じた人は恐らく居なかったろう。だが朝には温帯低気圧に変わってしまったので私の予感の通りに台風は無くなってしまった。
 区も警戒態勢を敷いて備えていたようだが朝には解除されるだろうから、産業振興課の皆さんも安堵していることだろう。
足立ブランドブース

 ビッグサイト・西1ホールT18-04(生活雑貨フェアエリア)は昨日と同じくらいに賑わうことになりそうだ。昨日は初めて「なんでもくん」を見る人が多かったが、何年も前から見て知っている人も何人もいて今回は絶対買うと確約するような人もいた。
 毎回のように石に「ツキを呼ぶ福石」と印刷してもらうのだが、一様に凸凹した面に綺麗な小さな文字まで印刷できてしまうのには皆驚く。しかも安価な版もすぐ出来て少量多品種のものへの名入れ印刷ができると言う説明に納得する人も多い。
 バランスインソール「元気源」もバランステストをすると皆驚き、仕入れさせてくれと言う人も何人もいた。接客を手伝ってくれている甥も接客に追われていたので一日が短く感じたと言っていた。今日も張り切って多くの人に接客するつもりでいる。

 福岡の【NISHII PAINT SHOW 2016】で娘は一人で頑張っている。
ニシイ ペイントショー2016
福岡での安心堂ブース

今日からギフトショーに出展参加

 今日から3日間ビッグサイト国際展示場西ホールの「足立ブランド」ゾーン内で「なんでもくん」の実演と「元気源」のバランテストで対応する。
 娘は2日間福岡の国際ホールで「ニシイ ペイント ショー」に出展し「なんでもくん」のパフォーマンスをすることになっている。
 今回の「足立ブランド」の出典はこれまでと違いかなりユニークな形の出展形態になる。ゾーンを「足立ブランド」企業で囲み、入口、出口もあり、中央部に島状に数社が配置されパフォーマンスすることになっている。囲むといっても内部は見通せるようになっており、見学者が入って見たいと思うような囲い込みエリアになっている。
 既に「なんでもくん」を見に行くというお客さんの連絡もあった。昨日の午前朝一番で「なんでもくん」研修に九州福岡から見えた方は福岡のギフトショップの店長で、毎年ギフトショーには来ているらしく、「なんでもくん」の実演は何度も見ている人だった。
 今回もギフトショーを見に来るついでに昨日は社長命令で「なんでもくん」の導入をするために研修を受けに来たのだった。版を一緒に作り、印刷も自分で持って見えた、ステンレス板、ガラスコップ、傘、木製の名刺入れ、革製の財布のようなものに、金色と黒の印刷をしていた。
 「元気源」のバランステストや「なんでもくん」を持ち上げてみて「元気源」を敷いたスリッパとそうでないスリッパを履いた時の重さの違いには驚いていた。履いた途端に足が床を掴むような感触に驚いていた。高齢者がこのインソールを履くとバランスが良くなり転びにくくなり、よく歩くようになり、杖なしで歩いたり、元気になり、車椅子から解放されたような人の例も話した。
 午後からお見えの方はゴルフ用具のメーカーの方で、先日ゴルフシャフトにMADEinJAPANと印刷するテストに見えた方の紹介だった。クラブヘッドに印刷したり、ゴルフボールに印刷して見たりしていたが、私がかつて「シントミゴルフ」と言う製造販売をしていたところのクラブ開発を手伝っていたことも話したら話が盛り上がって、4時を過ぎてしまった。

今日はギフトショー搬入日

 今日は朝一番に「なんでもくん」研修に見える方がいる、羽田に7時に着くらしい、また、東京には慣れてないらしいので電話で道順を説明した。JRの日暮里まで来て羽田方面からなら一番前で降り、日暮里舎人ライナーに乗り換えて、10分少々で着く江北と言う駅で降り、西口を出たら、そこに私が出迎えていると話した。
 地方から見えて言っていた時間に見えない方が時々ある、道に迷って1時間近く遅れてくる方もいるのでなるべく迎えに行くようにしている。
 午後1時半に「なんでもくん」研修で見える方もいる、この方は特に電話してこないので迷わずお見えになるだろうと思う。
 大方の方がパッド印刷と言う印刷技法を知らない場合が多い、覚えてしまったらこんな重宝な印刷技術はない。昨日も場内ではこのところずっと印刷機を占拠していた印刷が終わり、午後から少量のボールペン、USB,ペンケース、ノートと4種類のものへの会社ロゴを印刷した。
 同一の超有名な会社ロゴだが版の大きさ、素材はそれぞれ違うが、皆パッド印刷で印刷できる。ノートは表紙の色によって銀と黒と印刷色が違う、量も多少多いので、昨日は銀どまり、今日の朝一番で黒は仕上がってしまう。版のセットから金属インキ、プラスチック用インキ、紙用インキまで皆一女性職員がやりこなしてしまう。この女性もそう長い経験をしているわけでもないが、何でもよく覚えてくれるから家内も楽になっていると思う。
 今日みえる方々も初めて経験するパッド印刷だと思うが、遠方から見える方のやる気がこちらにも刺激になる。

 平櫛田中さんの語録にこんなのがある「人間は思ったら直ちに実行せねばいけない、実践実践また実践、挑戦挑戦また挑戦。修練修練また修練、今やらねばいつできる、わしがやらねばたれがやる」「なんでもくん」研修に見える方はこんな気持ちで来られるのだと思っている。
 私も田中さんの言葉に刺激されている、「60,70は鼻垂れ小僧、おとこざかりはひゃくからひゃくから、わしもこれからこれから」 私も私の人生はこれからだと思い、常に自分に言い聞かせている。

 午後の研修が終わったら時間の余裕が有ったらビッグサイトへ向かう、明日からのギフトショーの飾り付けに間に合うかも知れない。間に合わなければ明日早めに出かけて陳列すればよいだろう。機材等は区の産業振興課が既に持って行ってくれている、チラシや印刷サンプルなどの手荷物を持ってゆくだけ良い、区の支援があるから助かる。
 昨日はギフトショーで「なんでもくん」を見たいという方から連絡が入っている、ご希望なら我が社にお出で頂いて「なんでもくん」研修を受けてもらうつもりでいる。
 娘は今日の午前に博多に向かう、120社くらいの「ニシイ ペイントショー」と言う展示会だが福岡では集客数が多い展示会らしい。三菱化学の菱晃さんの隣に展示するらしい、質の高いお客さんが多いらしいので娘も緊張を覚えるとも言っていた。
 同じ時期に展示会が重なって娘ひとり旅だがやる気まんまんだからなんとかなるだろう。私は毎度のごとく家内の甥に手伝ってもらう。

今週はギフトショーがある。

 金曜の夕方は「足立ブランド」の拡大交流会があった。他区の企業も参加してバスで足立ブランド企業の会社訪問する人達もいてバスが帰ってきた頃から「足立ブランド拡大交流会」にも参加して頂いた。「世田谷ものづくり学校」の方も、他区の産業振興課の方、紙メディアの方も参加してくれたりして、「足立ブランド」認定企業も出席率が高く他区の参加者の紹介もあったりして盛大な交流会になった。
 懇親会も大勢参加して賑やかな交流が続いた。二次会にも誘われたが、さすが朝からこの会に出るため来客対応や印刷治具作成などに追われ疲れも生じていたのだろう、シメの挨拶が終わった後帰ることにした。
 私が2次会に出席しないと言うのは初めての事だったかもしれない。土日に仕事外のことを処理しなくてはと言う予定が詰まっていたので無理しないで帰ってきた。
 土曜日には今週予定されている仕事の版や治具を作った後、仕事でなく、亡くなった兄の嫁さんが一人で暮らしていたが、その義姉が数年前から患っていたが認知症になり、家に戻ることが出来ない状態で、家の家財などを処分しなければならなくなったので、業者が出来ない処理の一部を私がやることになっていた。
 仏壇や位牌などは菩提寺の住職に相談して処理することになったが、仏壇は私が壊すことになった。一部お位牌は我が家で引き受けることになったがあまり縁遠いものはお寺で預かってもらい、時期が来たらお焚き上げすると言うので昨日お寺へ持っていった。
 住職とは普段あまり落ち着いて話をすることがなかったが、部屋に通され、寺の事情や「願行寺」の来歴なども話してくれたが、私より一回り近く若い今の住職よりお寺のことは古くから知っていて、先代の住職はよく知っている。
 私の母親が私が生まれて直ぐ父親が亡くなったので、小さい頃からお父さんの所へ行きましょうとお墓参りによく行っていたので、私はお寺の坊さんをお父さんと言うのだと思っていた。
 先代の住職は声がよく、読経すると本堂に朗々と響き渡る声を今でも忘れない。人柄もよく兵役も務めたらしいが頭が良く将校になるまでになったらしい。私は今でも今のお寺に行くとなんとなく心が落ち着く、正月やお彼岸には寺に行くのが慣わしになっている。
 普段自宅では正座して食事していたりするので、お楽にとも言われないので昨日も一時間近く正座して話を聞いていた。家内なども足が痺れるかと心配していたらしいが、二人ともどうと言うことはなかった。
 今週は「足立ブランド」としてギフトショーにでるが、これまでとちょっと違った趣向で出展するので成功するかどうか、興味津々。
 

話題の隠岐島海士町からの来客

 昨日は古い友人の紹介で見えた方に金属製のボトルとポリ瓶に印刷する見積を依頼された。「なんでもくん」でポリ瓶に有り版半で印刷してみせたり、我が社の色々な印刷サンプルを見て瓶に印刷したものを見つけ預かって依頼先に見せたいと言って持ち帰った。
 その後に娘と交流のある隠岐の島の海士町からアロマを事業としている方が親子で見えた。アロマオイルを入れる瓶を東京で見つけていずれその瓶にパッド印刷をお願いしたいと言って呉れている。この方の親御さんが海士町出身だと言うことですが、海士町で生まれた人ではない、単身で海士町に移住しているようだった。
 海士町と言えば今や今後の地方行政のあり方のサンプルみたいなもので、離島でありながら新規移住者も増えている。
 この方はアロマのセラピストで我が社の近くに住む人が隠岐の島に観光で訪れた人がいて、その人もセラピストなので話が盛り上がり友人関係になったらしい。そこで住所を見たら足立区江北と我が社と同じ奇遇に喜び、その方の弟が経営する近所では有名なレストランで昨日は会食することになったらしい。話が面白くついてゆきたいくらいだった。
 隠岐の島の人は関西の毎日放送の「ちちんぷいぷい」という番組でも紹介され有名人になっているらしい。足立区の産業振興課に海士町に関心を強く持っている課員が居て、今日は産業振興課に寄ってくれるらしい。足立区と海士町の交流が何らかの刺激になれば良いのだがと思っている。

パッド印刷の実験のような研修

 昨日お出でになった企業の方は商社の方で扱い商品の中にヘルメットがあるが、シルクスクリーン印刷は社内でやっており、ユーザーの希望通りの印刷が難しい部分がある。パッド印刷であれば曲面になる部分にも印刷が出来ると思いやって来たのだった。
 送ってきてあったヘルメットを取り出しましたが、当然のごとく通常の「なんでもくん」では大きすぎてセットできません。ところが我が社には印刷物をセットする部分をカットし、「なんでもくん」を嵩上げしたものがある。それを持ち出し、セットしようにも高さが少し足りない。それでもパッド印刷がどんなものかを経験は出来るのだが、残念ながらこのヘルメットの内側にセットしてある顎紐や断熱材などが外すことができない、そのままの状況で印刷するしかない。側面ならば高さは充分間に合うのだが如何せん内部にパッドで押した時に凹まない治具を入れることが出来ない、押した力でヘルメット全体が歪んでしまう。従って印刷も歪んでしまう、結局まともな印刷ができないことを理解してもらった。
 ヘルメットの外側全体を抑える治具を作れば歪まないだろうと予測できる、そんな受け治具を創ることも依頼されたが、「なんでもくん」もヘルメット専用に作り直さなければならない。特注の「なんでもくん」と言う事になる。それらの見積をすることになった。印刷面積が大きくパッド自体も特注しなければならない印刷面がある、これも見積依頼された。
 また、今会社の社長さんは「元気源」にも関心を持ち、連れてきた社員二人に「なんでもくん」を持ち上げさせ、「元気源」を貼り付けてあるスリッパを履かせて持ち上げさせると二人とも軽くなると体験させた。
 商社だから「元気源」も販売したいと言う事で、これは娘に契約ごともあるので商談してもらった。どんな展開になるかこれも面白いことになりそうだ。
 私はサンダルにテスト印刷する事で限界点を探っていたが、昨日はサンプルを送っておいたが、どんな返答が来るかは分からない。
 今日はギフトショーで展示するものを区の産業振興課に搬入しなければならない。ギフトショーでは「なんでもくん」のパフォーマンスと「元気源」のバランステストをすることにしている。毎年のことだがまたまた色んな方たちとの出会いがある、ギフトショーで出会った方たちが「なんでもくん」ユーザーになってくれる人が毎年何人かはいるのが、楽しみにもなる。会社案内もリニューアルしてチラシとして配布する。
livedoor プロフィール
なんでも印刷日記
今パッド印刷に革命が起ころうとしております。
私のパッド印刷機は「なんでもくん」と言います。
形のあるものでしたら何でも印刷できるからです。
誰でも何処でも素人がまるで印刷職人のようになれる。
ある人は曲面の魔術師とも称しております。
興味のある方は安心堂の丸山に連絡下さい。

Profile
パッド印刷の伝道師
東京都足立区千住生まれ,小中高は区内です。
法政大学法学部法律学科卒業後証券界に身を置くも10年後、子供の時からものづくりに憧れがあり、生涯現役でいられる仕事を求め徒手空拳のまま全く経験の無い印刷業を開始し今日に至る。
株式会社安心堂として手動式パッド印刷機「なんでもくん」を開発し、販売している。またパッド印刷技術を活かし文字入り線香「焚経香」を発売している。
「なんでもくん」も「焚経香」も足立ブランドとして認定されました。
   自称「パッド印刷の伝道師」
現在あだち異業種交流会「未来クラブ」会長
「あだち大好き人間」を自認している。
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